見よ、愛の足元


「買うものメモしてきたか?」

休日のホームセンターで、巨大なカートを押しながら裕也が言った。

「してきたよ。まず、バスグッズコーナーから行こう」

私の苗字が風見になって、二人の住所が同じになって。
けれど、家の中はまだカラッポだ。
昨日は入居と家電の搬入で終わってしまったので、今日は日用品を買いに来たのだ。

「あの家、シャワーヘッド使いにくくなかった?付け替えたいなあ」
「そうか?俺はそんなに気にならなかったが」
「手元で水を一時止めておけるのがいいんだよね。ほら、これとか」
「…こんなものがあるのか」

手元で水を止められる!シャワー穴が小さいので節水しても水流はしっかり!
…とパッケージに書かれたシャワーヘッドをまじまじと見つめる。
きっと裕也は、これまでシャワーヘッドを自分で替えられるなんて考えたこともなかったんだろうな。

長く付き合っていても、実は気づかなかった小さな価値観の違いというものはたくさんあって。
そういうもののすり合わせをしていくことが、きっと家族になるということなのだと思う。

タオルは柄物がいい私と、無地がいい裕也。
ソファーを置きたい私と、座椅子でいいという裕也。
…まあ、大抵の趣味は私に合わせてもらいますけど。
家電選びでは裕也に全面的に譲ったので、インテリアは私に主導権を握らせてほしい。

バスグッズから収納グッズ、食器、調理器具ときて、リビング用品コーナーにきた。

「あっ、ねえねえ、寝室の枕元にスタンドライトあったら良くない?これとかどうかな。アジアン風で」

竹を編んだデザインのルームライトを裕也に見せると、あまり好みではなかったらしい。
裕也は眉を寄せた。

「…なんとなく虚無僧っぽくないか」
「こっ…」

虚無僧!?
言われてみれば、虚無僧が被っている深編笠に見えなくもない。
言われてしまうともう虚無僧にしか見えなくて、箱をそっと棚に戻す。

「買わなくていいのか?」
「…枕元に虚無僧を置く趣味はないからね」

そのままカートを押していると、スリッパコーナーに行き当たった。

「あっ、スリッパ買わなきゃ。あの家フローリング冷たくて」
「そうだな。なまえ、どれがいい?」

先ほど私のセンスを虚無僧と切り捨てられたので、今度は慎重に選びたい。
その時、目に留まったデザインがあった。

「――これ!これお揃いで買おうよ」

私の申し出に裕也はまた眉をしかめた。
とことん趣味が合わんようだな貴様。

私が差し出したスリッパは男女ペアになったデザインで、男性用がグリーン、女性用がピンクでそれぞれ左右の足に文字が刺繍してある。
男性用は、左右合わせて"You're mine"。女性用は"I'm yours"だ。

「そのデザインはちょっと…」
「なんで!?新婚ぽくていいじゃない『私はあなたのもの』だよ?」
「なまえはいいかもしれないが…」

自分のキャラではない、と言いたいのだろう。
確かに、泣く子も黙る鬼刑事(と言われているらしい)が、家では『君は俺のもの』と書いてあるスリッパを履いているなんて結構面白い。
でも、だからこそ裕也に履かせたい!という思いがある。

「それに、裕也こんな色のスーツ持ってたじゃない?トータルコーディネートできるよ、あの苔みたいな色のやつ」
「それはわざとけなしているんだよな?」

裕也はじっとりした目つきで言うと、私の手からスリッパを取り上げて棚に戻してしまった。

「なまえの分だけなら買っても良いぞ」
「私だけ買ってどうすんのよ。お揃いで使わなきゃ意味ないでしょ」

ぷう、と軽く口を尖らせて不満を表明したがあっさりスルーされた。

その後、クッションを買い足したり次のシーズンの寝具候補を見たりして会計すると、すっかりいい時間になっていた。
まだ自宅で料理するほどキッチン環境が整ってはいないので、外食して帰宅する。
重い荷物を持って帰宅すると、二人してソファーに崩れ落ちた。

「新生活を始めるって大変だね…」

この後、買ったもののタグを切ってそれぞれ所定の場所に収めていかなければならないし、調理器具や食器やタオルは使う前に一度洗いたい。
想像しただけでため息が出そうだ。

「コーヒーでも淹れるか」
「えっ、裕也淹れてくれるの?優しい〜」

ケトルとマグカップは前の家から持ってきたのですぐ使えるのだ。
裕也がキッチンに立っている間、今日買ったものを袋から出していく。

――その時。

「……!」

見覚えのある二足のスリッパ。
あの時、裕也が棚に戻したはずの。

「なんで…?」

コンロの前にいた裕也が、私を振り返って照れたように言う。

「…そのデザインが良かったんだろう」

いつの間に入れたの?
私に気づかれないように、こっそりかごに入れてレジまで通して。
こそこそ私を驚かそうと画策する裕也を想像したら、可愛いやら面白いやら、いとしさで胸がいっぱいになった。

スリッパを放り出して、キッチンの裕也のもとへ駆け出す。
思いっきり抱き着いたら、裕也が呆れた声を出した。

「馬鹿。火元に立っているのにタックルする奴がいるか」

そんなこと言って、あなたはびくともしないでしょ。

「…裕也、大好き」

腰に抱き着いたまま言うと、私の頭をあたたかな手が撫でた。

「俺もだよ」

私は裕也がコーヒーを淹れている間、ずっと裕也に抱き着いていた。

その後、裕也が淹れてくれたコーヒーを飲みながらテレビをつけると、芸能人のお宅訪問番組が流れていた。
二人でそれを眺めていると、不意に裕也があっと声を上げた。

「なまえ、あのライト…!」
「え?あっ、あー!」

某芸能人のお宅のリビングに、今日私が裕也に虚無僧と一蹴されたのにそっくりなスタンドライトが置いてある。

「まさかあのホームセンターの…?」
「いや、芸能人があんな安物は買わないだろう…」
「えっ、じゃあもっと高いお金出してわざわざ虚無僧買ったってこと?」

二人で顔を見合わせる。
そしてすぐに――裕也がぷっと噴き出した。

「ははっ…高級な虚無僧か」
「ちょっと…ふふっ、やめなよ、本人は虚無僧と思ってないんだから」

そして二人で大爆笑。
お腹を抱えて笑う裕也、なかなかレアだ。

ねえ、夫婦になるって、こんなに幸せなことだったんだね。
こんな日々がずっと続けばいいな。
笑い転げる私たちの足元には、お揃いのスリッパ。

――私はずっと、あなたのもの。あなたもずっと、私のもの。



 

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