いっぱい食べる君が好き


帰宅すると、家の中にあたたかな空気と美味しい匂いを感じた。

「ただいまー」

玄関から声をかければ、奥から「おかえり」という声がする。
キッチンに行くと、透くんがコンロ前でお鍋の世話をしていた。

「ご飯できてるよ」
「嬉しい〜!わっなにこれ美味しそう、ミートボールシチュー?」
「そう。ポアロのモーニングに出してるやつのアレンジ版」

透くんは、私より帰りが早いときはこうして食事を作ってくれる。
それが私が作るよりオシャレだったり手が込んでたりするもんだから、嬉しいやら女として悔しいやら。
今も、お鍋の中身がくつくつと煮える心地よい音とともに、食欲を刺激するたまらない香りを放っている。

「お店で出してるのと何が違うの?」
「店のはモーニングだからあっさりめの味付けだけど、夕飯ならもう少し濃厚な方がいいかと思って」
「はぁ〜、手が込んでるねえ」
「早く着替えておいで。商店街のベーカリーでバゲット買ってあるけど、ご飯とどっちがいい?」
「バゲット食べる!」
「了解」

ルームウェアに着替えてダイニングに向かうと、食卓は既に調えられている。

「何か手伝うことある?」
「大丈夫だよ。そうだ、ワイン飲む?」
「やだもう、至れり尽くせりで最高すぎる!こんな甘やかされたらダメ人間になっちゃう」
「そう、それが僕の狙い」

透くんは私の手を取ると、その甲にくちづけながら微笑んだ。

「なまえを甘やかして、僕なしじゃいられなくしてあげるから」



――そんなことを言っていたのも、そんな言葉に照れていたのももはや過去。
お風呂から上がってソファーで夜のニュースを見ていると、玄関の開く音がした。

「ただいま〜…」
「おかえりなさい」

出迎えに行くと、よれよれの零が靴を脱いでいるところだった。

「悪い、遅くなった」
「お疲れ様。今日は帰って来られてよかったね」
「これでも結構無理したんだよ。なまえの飯食いたくてさ」
「そう言ってくれる零のために、リクエスト通りにしましたよ」

昨日と一昨日は帰って来られなかったのだ。
その前は、やっぱり忙しくて家で夕飯を食べていない。
向き合って一緒に食事したのなんて、2週間以上前のことだ。
今日は意地でも帰ると連絡があったので、メニューは全部零のリクエストを叶えてあげた。

零がシャワーを浴び終わる前におかずと味噌汁を温めて、食卓を調える。
お風呂から上がってきた零が濡れた髪を拭きながら、テーブルの上を見て嬉しそうな声を上げた。

「あ〜いいなぁ。最近、牛丼とかカップ麺ばっかりだったからさ」
「もう30代なんだから、あんまり無理しないでよ」

ビールを勧めるのはやめておこう。
こんな疲弊状態で飲ませたらぶっ倒れそうだ。

私のものより二回り位大きい茶碗にご飯を盛る。
零は、こんなきれいな顔をしてびっくりするくらい食べる。
気持ちいいくらいにご飯が消えていくのだ。

「味噌汁の具なに?」
「旬のものがいいかなと思って、たけのこ」
「うわっ、嬉しい!」

嬉しそうに一口すすって「沁みる〜」と呟いている。

「…零って、意外と和食派だよね」
「意外か?」

筑前煮をぱくぱくと食べながら聞き返す。

「付き合ってた頃は、洋食を作ってくれることが多かったじゃない?」
「…あー…」

ちょっとばつが悪そうな顔をして、口の中のものを飲みこんでから言った。

「"安室透"はそういうキャラだったんだよ」

久しぶりに聞いた、その名前。
恋人が実は偽名で丸ごと虚偽の身分だと知った時は死ぬほどびっくりしたし、騙されていたのかと思って泣き暮らした時期もあった。

でも、私はもう一度"降谷零"に恋をした。
ちょっと胡散臭いくらいに理想の彼氏だった透くんと違って、零は年相応の普通の男の人で、下ネタを言うし安酒も飲むしワイシャツの襟は黒くなる。
そんな零だけど、私を大切にしてくれているのは透くんと変わらなかった。

同じ苗字になってもうすぐ一年。
私は仕事を辞めて、夕飯を作って零の帰りを待つ日々だ。
この生活になって、零は――"透くん"は、私の帰りを待ちながらこんな気分だったんだろうかと思うことがある。

「…どうかした?」

私が無言になったからか、零が不安そうに言う。

「ううん。零が私の作ったご飯食べてくれるの嬉しいなと思って」

頑張っているあなただから、甘やかしたい。
私の作ったご飯で、あなたを私から離れられなくしてあげたい。
私は、零が食べているところを見るのが好きだ。

「最近、一緒に飯食えなくてごめんな。もう少ししたら休めるから、そしたら俺がなまえの好きなもの作るよ」
「本当?それじゃ、久しぶりにあれ食べたいなあ…ミートボールのトマトクリームシチュー」
「了解。なまえ、あれ好きだよな」
「私はあんな手の込んだ料理作らないもん」
「俺はなまえのほうが面倒な料理作ってると思うけどな」

今でも、洋食は零の方が得意で、和食は私の方が得意。
お互いにお互いの好きなものが得意料理で、きっとうまくいっている。

いっぱい食べる君が好きだから。
明日も、君の笑顔を思い浮かべて買い物に行こう。


 

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