休日の朝に


目が覚めると、ベッドの隣は空だった。
まだ眠っていた私に配慮してなのだろう、カーテンは閉じられたままだったが、隙間から覗く光を見れば太陽がもうだいぶ高くなっていることが察せられた。
だるい体を引きずってリビングへ行くと、ソファーの上に人影がある。
コーヒーを傍らに置き、推理小説のハードカバーを片手に、レースのカーテン越しに差し込む柔らかな日差しを受けて、私の恋人は美しい彫像のようにそこにいた。
私が現れたのに気づいて振り返る。
その仕草もまた、優雅で美しかった。

「おはようございます」
「…おはよ」

読んでいた本に栞を挟むと、安室さんは私を手招きした。

「調子はいかがです?」
「良くはないよ。体があちこち痛いし、変なところが筋肉痛」

軽い抗議を込めたつもりだったが、彼は屈託なく笑う。

「すみませんね。僕も久々で加減ができなかったみたいです」

そう言って私の首筋に手を伸ばす。
撫でた箇所に昨晩の跡がいくつも残っているのには気づいていた。
甘い時間を懐かしむように、首筋に咲いた花を繋ぐようにして優しいタッチでそこをなぞる。

「ねえちょっと、どうしてくれるの、これ」
「2、3日もすれば消える程度ですよ。これでも気を遣ったつもりです」

本当はもっときつくつけたかったんですけど、と微笑む顔は、蜂蜜のように甘い。
私は彼のこの顔にめっぽう弱いのだ。

珍しく二人の休みが重なった。それも三日間も。
どんなことをしようか、どう有意義に過ごそうかいろいろ考えていたのに、昨夜の影響で初日の予定はすっかり狂ってしまった。

「今日は遠出したかったのに。せっかくの平日休みだから、休日だと混みそうなところに行こうと思ってたのに、誰かさんのせいで台無し」
「まあまあ。そんななまえのために、とっておきの朝食を用意したので許してくれませんか」
「…とっておき?」

思わず喉が鳴る。
安室さんの料理は、正直、私より上手いのだ。
手の込んだものから、冷蔵庫の余りものでさっと作ったものまで。
そういえば、昨日うちに来るなり何かを冷蔵庫に仕込んでいたようだ。
その後すぐに始まってしまって、そんなことは今の今まで忘れていたのだけれど。

「リコッタチーズのパンケーキに、トッピング各種。バナナにいちごにキウイ、クリーム、はちみつに黒蜜に抹茶。甘いのに飽きたらハムエッグ。どうです?」

ちょっとしたカフェよりも豪華な提案に、単純な私の胸は喜びに弾んだ。
本当に、そのマメさは尊敬に値する。私には逆立ちしても無理な芸当だ。

「機嫌治りました?」

ポーカーフェイスを保ったつもりだったが、ばれてしまったらしい。

「…でも、時間かかるんじゃない?」
「なまえが寝ている間に、生地を仕込んでおきました。フルーツはここに来る前にカット済みです。後は焼くだけですよ」
「何それ!もう、どんだけ有能ー!」

肩口を小突くと、その手を掴んで引き寄せられてしまう。
正面には、安室さんの優しい瞳があった。
優しさの奥に昨晩の熱が燻ぶっているのを見つけて、心臓が早鐘を打ち始める。

「何をするでもなく、なまえとこうしていることが僕にとっては一番の贅沢なんですよ。遠出も良いけど、今日はなまえを存分に堪能させてください」

…どうして、こんなに甘い言葉が息をするように出てくるのだろう。

端正な顔が近づいてきたと思ったら、唇が重なってゼロ距離になった。
柔らかな唇、その隙間から舌が差し入れられて私の舌を絡めとる。
安室さんの手がパジャマのボタンを外しにかかっているのに気づいて、私は慌てて彼の胸を押した。

「ちょ、あの、パンケーキは…」
「だめですか?」
「だめっていうか、あの、お腹すいたんだけど」
「僕もなまえを食べたくてずっと飢餓状態ですよ」
「え、やだ、っん」

首筋にサラサラの髪が触れる。
ああ、もう、今日は一日こんな感じなんだろうな。
どうにでもなれ。
パンケーキは朝食からブランチに変更だ。

押し倒された時に視界の端に映った床には、カーテンのレース模様に影ができていた。
休日の朝なのだ。

二人の休暇が、始まる。


 

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