Birthday KISS


7月も下旬になると、学生たちは夏休みに入る。
世間では、学生が夏休みの間は職員も休めると思われがちらしいが、実際にそんなことはない。
むしろ、夏休みこそなまえの仕事は気を抜けない。
炎天下で部活を行う生徒たちが、熱中症で毎日のように保健室に運ばれてくるからだ。
今もまた、冷房の効いた室内のベッドに、生徒が一人寝ている。
サッカー部の生徒だった。


「先生、自分、そろそろ戻ります…」

起きだしてきた生徒が、少し掠れた声でなまえに告げた。

「大丈夫?もう一度これ飲んでおきなさい」

そう言って経口補水液を手渡した時、保健室のグラウンド側の扉が開いた。

「失礼します。松田の調子はどうですか?」

現れたのは、ユニフォーム姿の渋沢だった。

「ちょうど今起きてきて、戻るって言ってたところよ」
「キャプテン!わざわざ…」
「もう大丈夫なのか?戻れそうなら最後のミーティングから参加しろと、監督が言っていた」
「戻ります!先生、ありがとうございました」

思いがけず渋沢が現れたためか、松田と呼ばれた生徒はなまえに一礼してからつっかけるように靴を履いて飛び出していった。
後に残されたのは、なまえと渋沢の二人。

「…優しいのね。わざわざ2軍の生徒を迎えに来るなんて」
「監督が様子を見て来いと言っていたのは本当だよ。まぁ、俺が立候補したんだけどな」
「克朗は戻らなくていいの?」
「1軍のミーティングは終わっている」

一日練習して埃っぽくなったユニフォームに、微かな汗の匂い。
渋沢のこめかみに汗が一筋伝っていた。

「なんだか、ここ数日で急に日焼けしたみたい」
「ずっと練習だからな」
「克朗も、熱中症には気を付けて」
「そうだな。でも、松田みたいになまえに看病してもらえるなら倒れてもいいかな」
「…勘弁してよね」

長身の渋沢が倒れたら、担架で運ぶ生徒はさぞや大変だろう。
というか、キャプテンがそんな情けないことでは困る。

「…というか、なまえ、なんでわざわざ俺が来たのか気づいてくれないのか?」
「私に会いたいからでしょ?」
「いや、それはそうだが…」

口ごもる年下の恋人を、なまえは微笑ましく見つめた。
本当は、なまえも渋沢が来てくれて嬉しかった。
会いたいと思っていたのは、なまえも同じだったからだ。

「わかってるよ。7月29日だもんね」

そう言うと、その言葉を待っていたかのように渋沢の表情が綻んだ。

「克朗、誕生日おめでとう」
「…ありがとう」
「さんざん部員に言われたでしょ?」
「それでも、なまえに言ってほしかったんだ」

なまえを抱き寄せようとして、渋沢の挙動が一瞬止まる。

「…どうしたの?」
「いや、汗くさいと思って…」
「別に気にしないけど」
「それに、ユニフォームも汚れてるし、なまえの白衣が…」
「白衣なんて洗えばいいよ」

渋沢の胸元に、なまえの方からするりと潜り込んで腰に手を回す。
渋沢の首は高くて手が届かないからだ。

身長差があるから、なまえからキスはできない。
その代わり、少し首をかしげて渋沢を仰ぎ、じっと目を見つめた。
その眼差しに吸い込まれるように、渋沢が屈んでなまえと唇を重ねる。

躊躇いがちな渋沢の唇を、先に割ったのはなまえの方だった。
渋沢の舌を探り当てて、自分の舌と絡める。
恐らく、渋沢にとっては初めてに違いない。
唇を離して、硬直している渋沢に囁く。

「力抜いて。私の真似して…」

再び唇を重ねて渋沢の舌を探ると、渋沢の方からも反応があった。
舌を差し入れたり、入れられたり、唾液を交換するように何度も舌を絡める。
小さくリップ音を立ててなまえが離れると、渋沢は真っ赤になっていた。

「どう?一つ大人になった克朗に、大人のキス」
「大人の…って、なまえ…」
「感想は?」

しかし渋沢は、真っ赤な顔をして腕で口元を隠したまま何も言えない。
そんな初々しさも、なまえにとって好ましいものだった。

大所帯のサッカー部をまとめる人格者のキャプテン。
そういう渋沢の顔しか知らない人も多いのだろう。
サッカーをしている時の渋沢からは、大人のキスで頬を染める姿など想像もつかない。

「…あんまり子ども扱いしないでくれ」
「あら、怒った?」
「怒…ってはいないけど…」
「けど?」

なまえが追及すると、渋沢は視線を逸らしたまま呟いた。

「年下なのが悔しくなる」

その言葉に、なまえは思いきり渋沢に抱き着いた。
驚く渋沢の襟元を掴んで顔を引き寄せて、渋沢の耳元で囁いた。

「じゃあ、早く大人になって。来年はもっとすごいのをあげる」

その言葉に、渋沢は、再び赤面しながら頷いたのだった。

 

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