そしてそこから、また


笛の音とともに、チームの全員が泣き崩れた。


あんな克朗を見るのは初めてだった。
4年に一度のワールドカップという大舞台、
共にメンバーに選ばれたベテラン選手を差し置いての抜擢だった。

背番号1番。

紛うことなき、日本の守護神。



大学を卒業して、彼は特別強化指定を受けていたチームにそのままに入った。
在学中から注目されていた克朗は、あっという間にレギュラーとなり、
オリンピック代表、A代表を経て、23歳という若さで初めてW杯代表に選ばれ、
そして2度目の招集となる今回、初めてW杯で背番号1番を背負った。


グループリーグではファインセーブを連発し、失点を最小限に抑えた。
PKだって止めた。
決勝トーナメントに勝ち上がり、誰もがその背中に日本を託した。
それが。

PK戦で終わってしまった、日本のW杯。
誰も彼を責めはしないだろう。
それでも、今きっと彼は自責の念でいっぱいのはず。
地球の裏側で起こった出来事を、私はテレビを通して見ていた。


現地時間の夜にKOだった試合は、延長になり、PK戦にもつれこみ、中継を見ていたらもう夜明け近かった。
それでも私はなんとなく眠れる気がしなくて、電気をつけたままぼんやりと横になっていた。
眠らなければ、明日も仕事があるのはわかっていても、それでも彼のことを考えると眠れなかった。


朝日が差す頃、私の携帯に着信があった。
ディスプレイに表示されたのは、「番号通知不可能」の文字。

直感で、克朗だ、と思った。



「…もしもし」

『もしもし。なまえ?』

「おはよう」

『…あ、そっちは朝だったな。悪い。寝てたか?』

「ううん、起きてたよ。克朗、試合お疲れさま」

『……ありがとう』


それ以上は何も言えなかった。
惜しかったね、とも
すごかったよ!とも
私には何も言える資格がないと思った。


『明日、仕事じゃないのか?』

「仕事だよー。でも、きっとみんなこんな感じじゃないかな?」

『はは。そうかもな』

「…ねえ、克朗」

『何だ?』

「おつかれさま」

『さっき聞いたよ』

「知ってるけど、もう一回言いたくなったの」

『ありがとな。…勝ちたかった、けど』

「うん。」

『勝てなかったよ』

「……うん。」



それから、お互いなにも言わない時間が続いた。
国際電話なのに。
電話代勿体ないな、なんて思っていたとき。


『なまえ』

「うん?」

『会いたいな』

「そうだね。いつ帰ってくるの?」

『日本時間の明後日かな』

「そっかあ。でも、帰っても忙しいんだよね」

『記者会見とかあるからな。でも、終わったら速攻会いに行くよ』

「えー?来なくていーよ。しばらくファンサービスしてなよ」

『なんてこと言うんだ。身も心も疲れ切った彼氏に向かって』

「そんなこと言ってる元気があるうちは大丈夫だって!」


いつもの克朗らしくなってきたので、すこし安心した。


『なまえ』

「なに?」

『こんな時に言うのもなんだが。四年後のW杯、俺は32歳で、運が良ければまた代表に選ばれるかもしれない』

「うん。私もそう信じてるよ」

『その時は、なまえも現地まで応援に来てくれないか』

「そうだね。でも次の会場も遠いよねえ。仕事がなー」

『だから、その頃までには、俺の扶養家族にしたいと思ってる』

「……は?」

『それじゃあ、そろそろ切るな。日本に着いたらまた連絡するから』

「え、ちょ、かっ、」




切りやがった。


こういうの、言い逃げ、っていうんだろうか。
彼のこういう面は、付き合い始めてから知った。
時々意地悪で、ズルイ。
でも、そんなところも好きだ。


そういえば、ふと思い出した。
彼が高校生だった時のインタビューで言っていたこと。


『僕は、最高の勝利を得るためには、最高に悔しい思いをしないといけないと思う。負けた悔しさを知っている人だけが、勝つ喜びを味わえると思うんです。』


そうだね、克朗。
あなたは今、最高の喜びを得るための悔しさを噛み締めているんでしょう。
だから、きっと明日のあなたの眼に映る世界は今日までと変わっているはず。
どうか4年後、その喜びをあなたと分かち合えますように。


 

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