ハートに火をつけて


それは、そろそろ梅雨入りするかなあ、いやだなあ、あたらしい靴を下ろしたばっかりなのに、っていう、そんなころ。
幼馴染の渋沢克朗くんと近所のコンビニでばったり会った。


「なまえ?」
「かつろーくん」


そのときわたしは色気のかけらもないかっこうで(しかもスッピン!)アイスを物色している途中だった。


「久しぶりだな」
「だねえ」


いやなところ見られちゃった。
どうせ久々に会うならもっとかわいいかっこしとけばよかった。
だってもう夜遅いし、完全に油断してたんだもん。

この渋沢克朗くんというひとはなかなかすごいヤツで、そのサッカーの上手さは小さいころから有名で、中高とサッカーの名門武蔵森に行って、大学は茨城のサッカー名門大に行って、そんでやっぱり大学サッカー界でブイブイいわせているらしい。
わたしは克朗くんほど頭がよくないので都内の女子大に通っているけど、
近所といえど顔を合わせるのはほんとうに久しぶりだった。
そういえば、克朗くんは中高は寮生活だったんだっけ。


「変わってないな」
「それ、馬鹿にしてんの?
今はたまたまこんなんだけど、普段は超かわいいんだからね!」
「ごめん、いい意味だったんだけどな」


ふっと笑った顔がほんとうにかっこいい。
もう今更克朗くんに恋心なんて抱いたりしないけれど(わたしには分不相応だ)、
それでもちょっとドキドキしちゃうくらい。


「買い物か?」
「なんか、無性にアイス食べたくなって。克朗くんは?」
「俺は今日発売の雑誌買い忘れたのに気づいてさ。もう買い物終わるのか?」
「うん」
「じゃあ家まで送るよ。いくら近所といってもこの時間じゃちょっと心配だから」


ほらね。
こんなわたしをちゃんと女の子扱いしてくれるのです。
ほんとうにできたお子さんですよ。



帰り道を歩きながら、久々に会ったお互いの近況報告なんてしてみる。
今彼女いないんだ、ふうん、意外だね、やっぱり忙しいの?
わたし?わたしは無理だよ、女子大だし、出会いないし。
大学でなんの勉強してるの?え、意外!
でも似合うかも、でも将来はプロになるんでしょう?


「実は、もうプロになるんだ」
「え??」
「まだ正式に発表してないけど、特別強化指定、決まったんだ」


特別強化指定、ということは、現役大学生Jリーガーってこと!?


「ええ!すごい!おめでとう!!」
「はは、ありがとう」
「克朗くんはやっぱりすごいねえ、そういえば関東選抜とかも選ばれてたもんね」
「よく知ってるな」
「えへ、実はお母さんから聞いただけなんだけど」
「……そうか」


夏というにはすこしひやりとする空気がわたしたちを包む。
克朗くんは背が高いから、隣にいるとすごく安心する。
中学生の頃から大きかったけど、また背が伸びたみたい。
あの頃はひょろっとしたイメージが強かったけど、
今は筋肉がしっかりついて男の人、という感じ。


「なまえ」
「なあに」
「今の時期は公式戦ないんだけど、でも今度試合見に来いよ。
プロとする練習試合とか、9月頃からまた大学サッカーの公式戦が始まるし、公式試合は都内のグラウンドでもやるから」
「うん、見に行くよ!友達連れてくよ。あの人幼馴染なんだよって、自慢しちゃう」


そう言うと、克朗くんは少し困ったように笑った。


「さっき、さ」
「うん」
「変わってないって言ったけど、あれ嘘」
「うそ?」
「ああ。かわいくなった、っていうか、綺麗になったからびっくりした」
「え、」
「なんか、大人っぽくなったよな」


はにかんだように言う克朗くんの表情が街灯に照らされている。
その頬が少し赤い気がするのは気のせい?


「やだなあ、私だってもう大人だもん!
でもいきなり言うからちょっとドキドキしちゃったよ、もう」
「試合見に来るときはちゃんとおしゃれして来いよ。
 さっき言ってた超かわいい姿とやらを見せてもらおうじゃないか」
「……そう言われるとハードル上がるんですけど」
「そうしたら俺もチームメイトに自慢してやるよ。
 あのかわいい子、俺の幼馴染だって」
「もうっ!恥ずかしいからやめてってば!!」


そんなことを言いながら歩いていると、もう我が家の目の前。
近所のコンビニで会ったことが悔しく思われる。もっと家から遠い場所で会えばよかったのに。


「じゃ、おやすみ」
「うん、送ってくれてありがとう」
「なまえ」
「んー?」
「……いや。また連絡するな」
「うん!またね」


またね。

また、今度はかわいいかっこうしてるときにね。


今更恋心なんて、って思っていたけど、
もしかしたら、もしかしたら今更なんてこともないのかもしれない。

 

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