「待ちなさいよ!!もう会わないってどういうコト!?」 女が金切り声を上げ腕に縋る。涙に目を貯め悲劇のヒロインよろしく顔を作っちょるがマイナス三十点じゃ。その必死さが俺を萎えさせるの、判らんかの。 「彼氏に別れ話を切りだしたって噂、聞いたぜよ。」 「その通りよ。だって私、マサハルの事を本気で好きになったんだもの……!」 「そういう面倒臭いの、ヤなの。第一、浮気相手に乗り換えるような尻軽女の告白なんぞ真にうけると思う?」 「そんな事言わないで!こんなに人を好きになったの、初めてなの!!」 「ふーん。『マサハルを連れてる時の、周りからの羨望の眼差しが快感なの』」 「!!」 女の顔が醜く歪む。丸で般若じゃ。 「ビンゴ?」 「そんな事、思ってないわ!私を信じてよ!!」 pi pi pi…… 「あ、俺だけど。今から会える?うん……」 俺は携帯で次の女と遊ぶ約束を取り付けながら、呆然とするソイツを置いてその場を後にした。 信じる、なんて無償を説かなければもうちょっと付き合ってやっても良かったがの。 「仁王くん。此処に居たのですね」 真っ青な空の下、奴は爽やかな笑顔で現れた。それは一枚の絵画のように清楚で美しく、女生徒ならば悲鳴を上げて喜ぶのだろうが――俺にとっては不快以外の何物でもない。 「丸井君から聞きました。前の授業、サボタージュしたんですって?」 「だから何?」 「駄目ですよ、授業に出ないと」 「ハイハイ」 「誓えますか?」 「しつこいのう」 「だってこの間も貴方、そんな風に答えて又サボったじゃないですか」 そして奴は俺の顔を覗き込んだ。 「どうして授業に出席しないのですか?」 怒る風でもなく、首をちょっと傾げ不思議です、と言わんばかりに俺の目を見て問う。 どうしてって……嗚呼、やはり俺はコイツが苦手だ。つい先日、部長が俺にあてがったテニスのダブルスパートナー、柳生比呂士。 たかが部活の相方。なのに何を思ったか、コイツは部活を飛び越え俺のプライベートにズカズカ入り込み、とうとう俺の生活空間、屋上まで侵食した。 (屋上は立ち入り禁止なんじゃがのう、優等生さんよ) 食事を摂れとか早く帰って身体を休めろとか言うのは判る。試合に影響するからのう。だけど授業とか勉強とか、 「お前さんには関係ないじゃろ」 俺は軽く交わしその場を去ろうとした。しかし奴は尚も食い下がる。 「何故ですか?授業中に理解してしまえば家での勉強時間が節約出来て、部活その他好きなことに費やす時間が増えて得じゃないですか。先生に叱られる事もなく、煩わしさもなくなります。それが判らない貴方ではないでしょう?なのに貴方はこうやって屋上で時間を潰す。私には理解出来ません」 ウザい。ウザ過ぎる。俺は奴を壁際に追い詰め凄んだ。 「構うんじゃなか。利き腕潰されたいんか?」 しかし柳生の表情は変わらない。怯えもせず、眼鏡の奥の瞳は俺を真っ直ぐ捉えたままだ。 俺は壁に拳をぶつけた。古いそれの表面が崩れ、柳生の肩にパラパラ落ちた。 ――気味が悪い! これ以上奴と関わる気はない。俺は屋上を後にし、裏門から学外に出た。しかし。 「何故ついてくるんじゃ、柳生」 「どうして外に出るのですか?まだ授業は残ってますよ?」 誰じゃ、コイツを模範生と讃えたヤツは。授業ほっぽり出して不良にノコノコ付いてきたぜよ。 「放課後には戻る」 「あのぅ、私と会話して頂けませんか?」 「人の話を聞いていないのはお前さんの方じゃろ!」 さっき脅された癖に何故何事も無かったかのように話し掛けてくるんじゃ?コイツ馬鹿だ。馬鹿決定。 「ついてくるんじゃなか。さっさと教室に戻りんしゃい」 「仁王くんが戻るなら戻ります」 「は?」 「一緒に帰りましょう、仁王くん」 柳生はニコニコと屈託のない笑みを浮かべ曰う。 「ほら、仁王くん。早く教室に帰らないと、私が先生に怒られてしまいますよ?良いんですか?」 ――また何を言い出すんだコイツは。 「良いんですかも何も、お前さんが叱られても俺は痛くも痒くもないんじゃが」 「本当に?」 まただ。またあの瞳だ。心の中を見透かすような真っ直ぐな眼差し。何なんだ?俺が良心を痛めるとでも思っているのか? 他人の事なんぞ放っておけばいいものを、コイツは俺の内面に食い込み追い込み逃がそうとしない。無邪気にお節介を焼いているだけなのか――裏があるのか。内申書の為?しかし不良を更正させたくらいでプラスになるとは思えない。寧ろ関わった事でマイナスになりはしないだろうか。 コイツは俺に尽くす事でどこから、どんな見返りを得ようとしている? 「仁王くん、帰りましょう?」 奴は俺の右手を取った。 「……」 どうやって見抜いてやろうか。コイツに手懐けられたフリをして近くで観察するか、この手を振り払って更に反応を見るか。 「仁王くん」 微笑む柳生に、俺もにこりと笑い返した。 ――嵌められてなるものか。 |