「やーぎゅ、好いとうよ、と仰ったので私も仁王くんが大好きですよ、と答えました。本当のことですもの、戸惑うことなどありましょうか。私たちは相手になりすますことが出来る程お互いをよく理解出来ましたし、誰にも言えない気持ちや本音も共有していました。性格は真逆なのにおかしいでしょう?でも私たちは確かにひとつだったんです。二人でいるのが自然で、これが親友というものなのだと、そう思ってました」 「……でも仁王くんはそう思っていなかったようです。私の手を握って違うの、やーぎゅ、俺はお前さんがいっとう好きなの、愛しいの、恋しいの、って迫ってきました」 「悪い冗談かと思いました。しかし視線を合わせない癖や朱に染まった顔や汗ばむ手、全てが本気であることを物語っていました」 「ひどいひと。私の掛け替えの無い親友を一瞬にして奪い去ってしまった」 「仁王くんのいない生活なんて考えられません。私、どうすれば……」 恋文 「サボタージュ……この私が授業をサボタージュ……」 「往生際が悪いぜよ、やーぎゅ」 「――仁王君。午前中には帰して下さるんでしょうね?」 「さー、どうしようかナ」 「〜〜〜今直ぐ私を自転車から降ろして下さい!!」 「イイけど、お前さんの恥ずかしい写真をバラ巻くぜよ?」 「……本当に貴方、私のそんな写真を持っているのですか?」 「さあ?」 「嗚呼、何故私はこんな危険な人の事を忘れてしまったのでしょう」 「記憶が戻ったとしても撮ってないかどうかなんて判らんじゃろ」 「ですが、貴方が恐るるに値しないホラ吹きは否かは判断できる筈です」 「どうかのう?ま、大人しく俺について来んしゃい。悪いようにはせん」 「……どうだか」 「ブツブツ言わんと。ホラ、俺の腹に手を回すんじゃ。もっと身体を密着させんと落ちるぜよ?」 「あ、はい」 「んー、いいのう、柳生さんの感触。俺、勃ちそう」 「な!!」 「うわ、やーぎゅ!いきなり手を離すんじゃなか!!」 うわああと悲鳴を上げながら、二人は自転車と共に若葉の生い茂る土手を転がり落ちた。 「仁王は居るか――ッ!?」 「弦一郎か。奴ならいないぞ。比呂士を自転車の後部シートに乗せ学外にエスケープした」 「……蓮二。何故B組にいる」 「その二人が気になったのでな。様子を見に来たのだが無駄足だったようだ」 「まあ真田、座れよ」 教室の主である丸井がそこ、そこ、と前の座席を指した。真田は溜め息をつき、促されるまま腰掛けた。 「やはりか。柳生がいつまでも教室に戻ってこないので仁王絡みだと思っていた」 「まあ多めに見てやれよ真田。余裕そうに見せてるけど、必死なんだろうぜぃ」 「む……」 「ショックだよなあ。好きな子が自分のことだけ忘れちまうんだもん」 何でなんだよ比呂士ぃ――っ!!と丸井は机に突っ伏した。 「それ以外の事はきちんと覚えているのだがな。ダブルスを組んでいたことも覚えているようだが、相方が仁王だと告げると首を捻る」 「なあ、柳よう。何でこんなことになったかカガクテキに解明出来ねェ?」 「『カガクテキ』な事象は関係ない……メンタルの問題だ」 丸井の後ろで壁に身体を預けていた柳はしばし思案した後、こうなっては仕方ないか……と口を開いた。 「仁王。比呂士が仁王を忘れてしまった原因は仁王自身にある」 雲ひとつない青空の下、カラカラカラと車輪が空回りする。ひしゃげた自転車の横で、二人は目を回し転がっていた。 「イタタタ……」 「やーぎゅ!大丈夫!?」 「大丈夫な訳ないじゃないですか……って貴方、肘から血が出てる!!」 ギャ!!と柳生は慌てて跳ね起き、仁王を座らせその左袖を捲くった。 「おん。本当じゃ」 「利き腕なんですから気を使ってくださいよ全くもう!!」 そしてポケットからハンカチを取り出し仁王の腕に巻いた。 「完全に清潔とも言い難いですが、川の水で洗うのも不安ですし……動きます?痛くありませんか?」 「大丈夫ぜよ。心配性じゃな」 「もう……学校に戻りましょ。消毒しなくては」 「柳生もココ、擦りむいてるぜよ」 「え」 仁王は柳生の左手を掴むと、その甲に舌を這わせた。 「ちょ!仁王君!!」 「しょーどく、しょーどく」 手を引こうとする柳生を離さず、仁王はちゅ、ちゅ、と口付けを落としながら舌を指先へと絡めていく。 「あっ……」 「……感じた?」 「〜〜〜離したまえ!!」 柳生はかあっと頬を朱に染めると仁王の手を振り払った。 「ケチ」 「何ですかケチって……全く、貴方はさっきから変なことばかり言って」 薬指が糸を引いてテラテラと光っている。それを服で拭くのも躊躇われ、かといってハンカチは先ほど仁王の処置に使ってしまった。どうしたものかと眺めていると、仁王が指を絡めてきた。 「貴方……一体何なんですか」 「だから最初っから言ってるじゃろ?柳生さんの彼氏の仁王雅治君ナリ」 「嘘です」 「即答か」 「だって……私たち、男同士じゃないですか……!」 |