もしも蔵馬の傍に同級生の男子がいたら 小ネタ集


■小ネタ1(一人称で蔵馬視点)

 四時間目、英語の授業が始まった。
 教壇に立った教師がベラベラと教科書をめくる。
「じゃ、七十一ページから。三河、英文を読んで和訳してくれ」
 指名された同級生を横目で、ちらっと見ると嫌そうな顔をしている。
 そういえば、『英語は苦手だ』とこぼしていたことがあったっけ。
 女子生徒に勉強を教えているところをよく見かけるものの、英語を教えているのは見たことがない。
 説得力を感じたことはないが、本人はそう思っているんだろう。
「‘It rains cats and dogs.’」
 きれいな発音だ。しかし、この後、三河は驚きの和訳をしてくれた。
「えーっと、‘それは、ネコとイヌを’……雨が降りますぅ!? おかしいだろっ」
 自分で和訳をしておきながら自身で突っ込みを入れる三河。
 おかしいのはお前だ。
 数秒の静寂の後、クラスの中で爆笑が起こる。
 オレは何とか堪えたが、肩が震えるのはさすがに抑えられなかった。
「あっ、‘It’から始まるから、‘それはネコとイヌを雨のように降らします’、か」
 ……そういう問題じゃない。
 十数秒経って、収まりかけていた笑いがまた込み上げてくる。
 それはもちろん周りも同じで。
 明らかに変なのに、至極真面目に訳しているせいでよけいにおかしい。
 根本的に間違っているということに気づいていないようだ。
 学年次位を守り続けている彼がこんな面白い和訳をしてくれるとは……。
「……お前、絶対予習してないだろう……」
「バレました? すみませーん」
 呆れている教師に口では謝りつつ、悪びれた様子はない。
 この英語力でどうやって盟王の入試試験を通過したのか不思議だ。
 しかも次席で。……気になるから後で聞いてみようか。
 そんなことを思いながら意識を授業の続きに戻す。
 しかし、三河の和訳のせいで笑いを引きずった生徒が何人かいて、この時間はまともな授業にならなかった。
 そして、昼食の時間になって、いつものように三河、葉山と弁当を広げる。
「なぁなぁ、‘ネコとイヌ’なのに‘土砂降りの雨’っておかしくないか?」
「おかしいのは三河の訳だよー」
 同感だ。思い出したのか、隣で顔を伏せて肩を震わせる葉山。
 声も抑え切れていない。
 授業中も相当ツボにハマってたからな。
「語源はね、北欧神話。ネコには雨を降らす力が、イヌには風を起こす力が、それぞれあると信じられていたからなんだ。
でも、あんな面白い和訳ができるのはキミくらいだろう」
 説明ついでにトドメを刺しておくことも忘れない。
 その言葉に落ち込んだのか、三河は頭をたれる。
「『さすが南野』ってほめようと思ったのに、ひっでぇ」
 ひどいのはお前の方だ。
 隣ではまだ葉山の笑いが治まっていない。
 このままでは彼が昼飯を食べ損ねる可能性がある。
 受験の話を聞こうと思ったが、この話題は終わりにした方がいいだろう。
 これにこりて、これからは予習してくれることを祈りながら、おかずの卵焼きを口に運んだ。


END.



■小ネタ2

 今年も文化祭の季節がやってきた。
 南野秀一こと蔵馬は、現在かなり追い詰められている。
 クラスで劇をやることになり、その台本を海藤が考えることに決まったまではよかった。
 しかし、クラスメイトの一人が‘面白いから’という下らない理由でヒロイン役は男子にしようと言い出し、
白羽の矢が立ったのは蔵馬だった。
 確かに中性的な顔顔立ちである自覚はあるものの、彼からしたら大変不名誉な話である。
 何とか回避しようと言葉を重ねて抵抗するが、クラスメイトほとんどにまるで諦める気配がない。
 仕方なく、蔵馬はある提案をすることにした。
「…………そんなに言うなら、こうしよう。次の中間試験でオレ以外が首位になったらキミたちの望むとおりにする」
 つまり、蔵馬は成績で一位になれなかったら女装する羽目になるという訳だ。
 リスクはあるが、やって出来ないことはないだろう。
 一番の障害になるであろう次位の三河は今のところクラスに協力的ではないから。
「よーし、海藤ファイト〜!」
 蔵馬を積極的に説得していた一人である葉山が可愛らしい笑顔で――蔵馬にとっては悪魔の笑顔にしか見えないが――
これまた彼を積極的に説得していた一人である海藤の肩を叩いた。
 それに対して、海藤は表情を変えることなく眼鏡の縁を押し上げる。
「いや、頑張るのはオレじゃなくて三河」
「何でだよ」
 クラスで自分は無関係とばかりに唯一読書に勤しんでいる三河から抗議の声が上がった。
「オレは脚本書かなきゃいけないし、成績順で考えたら三河が妥当だろう。南野に勝ちたいと思わないか?」
「やだよ。勝ちたいとも思わないし」
 もっともらしい理由を述べた海藤を一蹴する。
「三河は南野の味方かぁ……」
 心から残念そうにこぼした葉山だったが、蔵馬はそれは間違いだと考えている。
「単に面倒なだけだろ?」
「正解。それに、勉強なら受験の時に死ぬほどしたから、もういい」
 本から顔を上げることなく答えが返された。
 それが分かっていたから安心してあの提案が出来たのだ。
 海藤は天才的頭脳の持ち主ではあるが、蔵馬から見ればまだまだ爪が甘い。
「へ〜、三河ってそんなに必死こいて受験勉強してたんだ。いが〜い」
「……英語だけな」
 面白そうに言った葉山に、三河がぼそりと呟いた。
「それは納得。……それにしても残念だなァ。
もしキミが南野に勝ってくれたら、クラスのみんなで昼飯のデザート代カンパしようと思ってたんだけど。ひと月くらい」
 海藤の台詞に三河が勢いよく本から顔を上げる。
 目を見開いて、その表情は明らかに色を変えていた。
「……乗った! 三河遊也、南野秀一を首位から引きずり降ろしてみせますっ!」
 立ち上がった三河が高らかに宣言してクラス中から歓声が上がる。
 蔵馬の味方は誰一人としていなかった。
 クラスメイト達はデザート代をカンパしてまで彼を女装させたいらしい。
 それにも驚いたが、それ以上に衝撃的なことがあった。
「…………三河がここまで単純だとは思わなかった……」
 海藤の方を見ると、得意気に笑みを浮かべている姿が目に入って額を押さえる。
 三河が甘党である事実は知っていたが、爪が甘かったのは蔵馬の方だ。
 彼は面倒なことになった、と深くため息を吐くのだった。


END.



■小ネタ3

 それは、夏休みが迫った部活動中のある日のことだった。
「ねぇねぇ、‘夏’と言えばー?」
「海、かな」
「……花火」
 生物部の実験レポートを書きながら思い出したように質問した葉山に、読書をしている蔵馬は答えた。
 隣で雑誌をめくっている三河も集中していたためか一瞬遅れたものの答えを返した。
「二人共ふせいかーい」
 口をとがらせた葉山に、蔵馬は軽く顔をしかめる。
「千差万別の答えに‘正解’も‘不正解’もないと思うけど」
「だよなー」
 当然、三河からも同意されたが、葉山には首を横に振られる。
「俺が言って欲しかったのは‘肝試し’! というワケで、夏休みに生物部主催の肝試し大会をやりまーす!」
「活動と関係ないコトやんな」
 すぐさま三河から反対の声が上がった。
 生物部部長の葉山はたまに部活動とは関係のないイベントをやろうと言い出す癖があり、
周りが反対したとしても大抵は決行される結果となる。
 だからこそ、蔵馬は何も言わなかった。
「いいじゃん。どうせ夏休みヒマでしょ?」
「いや、めっちゃ忙しいし」
「あれ、さっきヒマとか言ってなかったっけ?」
 何気なく言った蔵馬。
 しかし、鋭く反応した三河に激しい眼光で睨まれる。
「南野、空気読めっ!」
 焦ったように責められて、蔵馬は目を大きくしてからかうように言う。
「……もしかして、こわいんですか?」
「そ、そんなワケッ……!」
 どもりながら否定しようとする三河はどう見ても動揺している。
「実はさー、面白い話があって学校の裏庭に……」
「うわぁぁあああ」
 葉山が語り出そうとしたところで、三河が大きな叫び声を上げた。
 次の瞬間、蔵馬の腰辺りに重い衝撃が襲って椅子から倒れそうになるものの、何とか堪える。
「ッ……何!?」
 衝撃の正体は三河だった。
 ガタガタ、と震えながら蔵馬の腰に強い力で抱き着いている情けない姿が目に入る。
「……葉山。オレのためにも肝試しは中止にしてくれないか?」
「あ、うん……」
 目を丸くしたまま頷く葉山に、蔵馬は心の中で安堵の息を吐く。
 こうして三河の意外な弱点が明らかとなった。
 それはどうでもよかったが、この後なかなか離れてくれなくて蔵馬は大変困る羽目になるのだった。


END.

2014.03.23.



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