001


トライバース・北の国イヴェールの駐屯地内十三階

 そこは、縦に長い部屋だった。
 入り口から反対側の隅まで引きつめられた金色で刺繍入りの赤を基調とした絨毯。
 それは部屋の主の地位を表している。
 少年の数メートル先で椅子に鎮座しているのは煌びやかな衣装を身に纏った男性。
 絨毯と同じく赤を基調としているのは、イヴェール(このくに)の象徴だからだ。
 少年はすらり、と剣を抜く。
 その表情は憎悪に満ちていた。
 一方、男性は嘲笑っている。実に楽しそうに。
 少年が動こうとしたその時、おもむろに男性が立ち上がってゆるり、と近づいてきた。
 少年は警戒して先ほどよりも鋭い眼光で睨みつける。
 それでも男性は歩みを止めない。
 言い知れぬ恐怖に襲われた少年は動けなかった。
 ついには距離が零になって耳元で囁かれたのは。
「お前の――」
 呪いのような言葉が脳内で反響する。
 この日、少年は自分の非情な運命を痛いほど思い知った。
 いや、思い知らされたのだった。

* * * * * * * * * *

無垢なる絆・王都レグヌムの城門前

 ユベールは飛び起きて、それから心を落ち着かせるために深く息を吐いた。
(くそ、やな夢見たな……)
 深呼吸しても動悸が止まらず身体も重い。
 これは単純な旅疲れではなく、確実に夢見が悪かったせいだ。
 首を左右に振って気持ちを切り替えてから立ち上がった。
 ユベールの眼前に広がるのは存在感のある巨大な門。
(すげぇ。さっすが王都って言われるだけあるよな……)
 ユベールは昨晩からそんな門の前で野宿をしていた。
 別に王都レグヌムの宿屋が満室で泊まれなかった訳ではない。
 手持ちがあまりないため節約したのだ。
 門に感嘆は示したものの、それ以上の感想はわいてこず足早にくぐり抜けて街に入った。
 なぜなら、目的があってここに来た訳ではないからだ。
 ユベールは現実から逃げてきた。
 軍に強制的に入隊してから約二年。
 あと約ひと月で訓練生卒業というところで駐屯地を飛び出した。
 誰にも告げず無断で出て来たため、駐屯地では今頃大騒ぎになっているかもしれない。
 しかし、ユベールには関係なかった。
 もう二度と、あんなところに戻るつもりはないのだから。
 目的がないため、とりあえず適当に街を見て回る。
 すると、どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってきてユベールの鼻をくすぐった。
(とりあえず、何か食べるか)
 目の前でおいしそうに並んでいる食べ物―ホットドックというらしい―を指差した。
『おじさん。これ、ひとつちょうだい』
『まいど〜。ケチャップとマスタードはサービスするかい?』
『あー…じゃあ、ケチャップだけ』
 ユベールは辛い食べ物が苦手だ。
 だから、マスタードは遠慮してホットドックを受け取った。
 まだ温かいそれを口に入れて咀嚼すると、ケチャップの甘みやソーセージの肉汁などが広がる。
(ん、おいし――)
 思いかけたところで強い、衝撃。
 ユベールが何だ、と考えた時にはもう手遅れで食べかけのホットドックが地面に落下した。
 彼は一瞬固まって、それからぶつかってきた相手に鬼のような形相を向ける。
『てめぇ、ふざけんなよ……』
『うるせぇ! それどころじゃね』
 最後まで言わせず、一発殴ることで地面に沈めた。
 食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
 それだけではなく、謝罪の一言もなかったのがユベールとっては非常に許しがたかった。
 殴り倒したおかげで多少は気が晴れる。
『おい、テメェがやったのか?』
 低い声が怒りの感情を物語っていた。
 ユベールは緩慢に振り返る。
 一メートルほど先にいるのは若草色の髪を持つ少年。
 雰囲気から察するに、どうやら仲間らしい。
 ユベールは自分の不運を呪った。面倒なことになりそうだ、と。
 結果的にユベールは問答無用で喧嘩を吹っかけられた。
 少年は二刀流の剣士で動きも素早く、攻撃を防ぐので精一杯だ。
 ユベールは軍で厳しい訓練を受けてはいたが、明らかに少年の方が経験も勝っている。
 そもそも、人相手の実践は初めてで躊躇があった。
 勝てる見込みもなければ逃げる隙もなく、ユベールは追いつめられていく。
(どうする…!? 隙を突く方法ならあるけど、魔術は使いたくないっ…!) 
『おらおら、逃げてばっかかよ!? 情っけねェなあ!!』
 剣が強い力で弾かれて後方に吹っ飛ばされる。
 何とか受け身は取ったものの、二対の剣がユベールに迫っていた。
『スパーダ! 兵士だっ。早く逃げろ!!』
 その声に反応した少年が双剣を収めて、あらぬ方向へと走り出す。
 あまりの引き際のよさにユベールは尻餅をついたまま呆気にとられた。
『ほら、お前も!』
『え、ちょっ……』
 残っていた仲間に無理やり引っ張られてユベールも走らされる羽目になった。
『――は〜、なんとか撒いたか……』
 安堵のため息を吐いたのは少年だった。
 もちろん、ユベールも後方を見て追手の姿がないことに安心していたが。
 彼の意向とは関係なく始められた喧嘩は街のど真ん中だった。
 そのため、街の住民に兵士を呼ばれてしまったようで強制的に逃走、今に至る。
 現在地は街の隅に当たるようだ。
『で、なんでこいつも連れて来たんだよ?』
 じろり、と少年に睨まれるユベール。
 なぜ睨まれるのが自分なのかが納得いかない。
 あらゆる意味で巻き込まれたのは彼の方だったのに、だ。
『だって、捕まったらかわいそうだろ?』
 当然のように言われて、迷惑極まりないな、と思うユベール。
 そもそも、喧嘩を吹っかけられなければこんな目には遭わなかったのだ。
 文句を言いたい衝動に駆られるが、また喧嘩に発展したら面倒なので我慢した。
『まあいいか。ほとぼりが冷めるまで秘密基地にいようぜ。
仕方ねぇから、お前も入れてやるよ』
『……そりゃどうも。けど、今移動するのはあんまり……』
 形だけの礼を述べて、兵士に見つかる危険を示唆しようとしたが。
『下、下』
 少年の仲間に言われて下を見ると円状の物体があり、触れてみるととても硬い。
 故郷では貴重な物質である鉄だろうか、と思ったところで少年がそれをずらし始める。
 中は空洞になっているようだ。
 少年とその仲間が梯子を降り始めたのを見てユベールもそれに倣った。
『ここ…、何?』
『だから、秘密基地だって』
『っていうか、スパーダの家な』
 ユベールは驚愕する。こんな地下に住んでいるのか、と。
 空気がじめじめしており、外と違って気温が低いため少し肌寒い。
 どう考えても衛生的に問題があるだろう。
 こんなところにわざわざ住居を構える理由なんて多くはない。
『もしかして、孤児か…?』
『いやいや、スパーダは名門の生まれだぜ』
『それを言うならお前だって同じだろ、ダリル』
 二人に明るく返されてユベールは心底脱力した。
『お前ら、マジ帰れよ……』
『なんだと?』
 平家生まれのユベールには帰れる家があるのに帰らない理由が理解出来ない。
 自分には帰りたい場所があるのに、もう帰れないのだから。
 名門の出生なら苦労なく生きられるはずなのが余計にそう思わせた。
 しかし、ユベールの言葉に頭が来たらしいスパーダとまた喧嘩になりそうになり、
一触即発のところでダリルが間に入ってくれた。
『まーまー、そう怒るなって。ところでさ、お前の名前は?』
『……ユベール』
『そっか。よろしくな、ユベール!』
 笑顔のダリルに対して微妙な表情をするユベール。
 スパーダと違って友好的なのが馴染めなくて居心地が悪いのだ。
『こんな奴に「よろしく」なんて必要ねーだろ!』
 ユベールもこれには同感だった。
 別に仲良くしたいとは思わないし、これっきりの間柄だろうから。
『それより、外に放置した仲間はいいのか?』
『は? なんのことだよ?』
 スパーダに意味がわからないという顔をされる。
『だから、俺が地面に沈めた奴』
 説明するも首を傾げられてしまった。
『あ〜、なんか地面に転がってるヤツがいたなぁ。オレらとは関係ないけど』
 ダリルの答えに今度はユベールが首を傾げる。
『じゃあ、何で俺に喧嘩吹っかけてきた?』
『お前がオレの獲物を横取りしたからだろ』
 つまり、ユベールが殴り倒した相手はスパーダに追いかけられていたところで彼と衝突したのだ。
 その後、それを発見したスパーダと喧嘩になった。
 仲間だったら兵士に捕まっているかもしれないと思っての発言だったが、全くの杞憂に終わった。
 ユベールは頭痛がして額を押さえる。
 スパーダが想像以上に面倒な少年だったからだ。
『なぁなぁ。お前こそ、どこに住んでるんだ?』
『……王都じゃなくて、遠くの方』
 ダリルが興味津々というように質問してきたが、曖昧な答えを返した。
 まさか異世界に故郷があるなどと言えるはずがない。
 なんだそれ、とスパーダには呆れられたが、あえて無視しておいた。
『もしかして旅行者か? レグヌムの宿代は高いぞー?』
『だから野宿だよ』
『え、独り…じゃないよな?』
『いや、独り』
 初めにからかうように言われてユベールがあっさり答えていくと、
ダリルに何とも言えない顔をされてしまった。
 軽いからかいに対してはまったく気にしていないので彼は平気な顔をしている。
『……スパーダ、泊めてやったら?』
 ダリルからすれば同情だったのだろう。
 しかし、スパーダはあからさまに嫌そうな顔をする。
『はあ!? なんで、こんな奴……』
 やはり気が合わないようで、ユベールもそれには同感だった。
 これ以上馴れ合う気はないから、さっさと歩き出す。
『じゃあな』
『……ま、待てよっ』
 焦ったように引き留めてきたのは意外にもスパーダの方だった。
『…………泊めてやるくらいなら……構わねぇ、から……』
 俯き加減で視線を逸らしながら言ったスパーダは何だか可愛らしかった。
 外よりは安全か、と打算的な考えに辿り着いたユベールは言葉に甘えることに決める。
『じゃあ、改めてよろしくな、スパーダ』
 ユベールはスパーダの目の前まで近づいて右手を差し出す。
『…ああ。よろしくな、ユベール』
 顔を上げたスパーダがその手を取って、お互いに軽く微笑み合う。
 こうして、ユベールはスパーダの世話になることになったのだった。


To be continued.

2015.02.21.



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