どんよりとした、曇天。
それを窓越しに見つめ、アイチはそっと溜息をついた。

「どうした?アイチ」

名前を呼ばれ、アイチは振り向く。そこには、金髪の青年がココアを持って立っていた。
金髪の青年__三和は、そっとテーブルにココアを置く。それを見たアイチは、三和に駆け寄り、三和が座り込むのと同時にアイチも三和と向かい合う形で床に座った。

「ん、」
「ありがとう、三和くん」

ココアを渡され、アイチは素直にそのココアを飲む。甘いチョコレートが、アイチの口内に広がる。甘ったるいその味に、アイチは優しい笑みを浮かべた。

「お気に召したか?」
「うん、美味しいよ!三和くん」

アイチの微笑みに、三和も優しく微笑んだ。

アイチが三和と付き合うようになってから、約数ヶ月が経った。もともと、この付き合うというのは単なるノリとでも言うようなものでしかなかったが、意外と波長があったのか、この関係は脆くとも長く続いている。
数ヶ月かけて遂に日課となった三和の家へのお泊まりは、もはや同棲と言われてもおかしくないほどに、アイチは三和の生活に溶け込んでいた。(余談だが、三和の家族にももう顔は完全に覚えられ、嫁として扱われている。)

アイチと三和が付き合うきっかけとなったのは、三和のとある嘘が原因だったりする。
その嘘は、周りにあっという間に広がった。唯一、櫂を除いて。
櫂は三和の親友でもあり、無愛想でありながらもアイチに過保護な男だ。バレては殺されると、暗黙の掟か何かのように、誰も櫂にこの話はしていないという。だがアイチは、きっとバレているのだろうと、なんの根拠もない確信を持っていた。本当に、理由も分からないのだが。
アイチはそのまま、もう残り僅かとなったココアをテーブルの上に置く。そして三和のそばに近づくと、三和の膝へと自分の頭を乗せた。

「アイチ?」

困ったように、三和はアイチの名前を呼ぶ。
今きっと自分の顔は真っ赤なのだろう、とアイチは思った。現に顔が熱い。
三和がそっと、アイチの髪を撫でる。それは、カードキャピタルにいるときにいつもやってくれていた少し荒くとも豪快な撫で方ではなく、壊れ物でも扱うような優しい慈悲に満ちた手つきだった。

「ねぇ、三和くん」
「なんだ?」
「もう櫂くん、僕達の関係知ってるよね?多分」

そう言うと、微かに三和が笑ったような吐息の音を、アイチは聞いた。三和の笑った顔が見たくて、アイチは顔を捻る。そうして見えた三和の顔は、困ったように笑っていた。
どうやらバレていると見て間違いなさそうだ。

「うーん…。なんでもお見通しってか?」
「そうじゃないよ。ただ、そう思っただけ」

そう言い、アイチは困ったように笑った。

「なんだか櫂くん、いつもはそばにいてくれたのに、妙に距離を取っていたから。何かあったのかな…って」

櫂は何かと行動で示すタイプだ。距離をとったのは、きっと何かあったからなのかもしれない。それがあったのは、一ヶ月ほど前からではあるが、そのことは黙っておくことにする。
三和は「なるほどなー」と苦笑したまま言う。未だにアイチの髪を撫でる手は、優しさを伴ったままだ。

「あぅ…擽ったいよ、三和くん」

飽きずに撫でられ、アイチは頬を赤く染めながら三和にそう言う。
すると三和は、いたずらでもするかのようににやりと笑うと、強めにわしわしとアイチの髪を掻き乱した。

「ん?もっとやってほしかったりするか?」
「ちょ…、ちょっと三和くんってば!」

アイチはガバッと起き上がり、掻き乱された髪を整えようと自分の頭を触る。髪の毛がひょこひょことはねているのが分かる。
ふと三和の顔を見れば、にやにやといたずらげ笑いを堪えていた。

「もぅ…」
「そう怒るなって」

そう言いながらも、三和は笑うのをやめない。アイチはその様子に、頬を膨らませた。

いつだって彼はそうだ。
そうやって笑って、こちらを明るくしてくれる。
楽しくて、でもその笑顔が怖い時もあるのだけれど。
でも、それが束縛してくれているようで。






三和の笑みや感情に、アイチの心は左右されるようになった。

いつから、アイチは櫂ではなく三和を見ていたのか。
いつから、アイチは櫂ではなく三和に心を左右されるようになったのか。
それに関しては、アイチ自身にも自覚がないために分からない。
アイチにとって、今の櫂はただ憧れになろうとしていた。再会してからあったはずの執着と心の奥に募っていた恋慕、櫂に対するその想いは、いつしか隣りにいた者へと対象が変わっていたのだ。

だが敢えて言うならば、まだ櫂に対する恋慕が消えたわけじゃない。
そしてそれを、三和は赦す気はない。その想いを、その恋慕を、欲を言うならばアイチの持つ全ての関心と感情を、奪いたかった。櫂からも、先導家からも、ミサキからも、コーリンからも、アイチに関わる全ての者から。
アイチのその微笑みを見るたびに思った。
きっとこれほどに強欲な人間なことがアイチに知れたなら、軽蔑するだろうか。
三和はアイチの拗ねたそのあどけない顔を見ながら、そっと思う。
どうしたらいいのか。それはどうにも分からない。
少なくとも、アイチが自分に関心を向け始めてしまったのは、櫂が離れてしまったから。突き放してしまったからだ。
もしかしたら櫂は、アイチなら一途に追いかけてきてくれるとでも信じていたのかもしれない。今となっては、櫂にそんなことを聞くのも躊躇するが。だが三和は、櫂が心のどこかでそう思っていたのは確実であると思っている。
一ヶ月前より、アイチと三和から距離を置いている櫂。アイチの変わってしまった櫂への想いに、彼が気づいたときのあの表情は忘れられない。
あのときは、思わず素で笑みを返してしまった。きっとそのときに悟ったのだろうと三和は思っている。それ以来だからだ、櫂が距離を置き始めたのは。
最近は他の者達とも一緒にいるし、接し方はいつもと変わらないからきっと殆どの者が気がついていないだろうが(しかしアイチは勘づいていたようだ)、絶妙な距離を櫂は保っている。近すぎず、しかし遠すぎず。だが、どちらかといえば遠いその距離感に三和はどことなく感謝している。きっと櫂が近づいてしまえば、再びアイチの心は櫂へと移ってしまうかもしれない。そんな恐怖を、いつも三和は感じている。
アイチを信頼していないわけじゃない。だが結局この想いを、

(信頼していないって、言うんだろうなぁ)

未だ拗ねて膨れるアイチを宥めながら、三和は密やかに苦笑する。
この想いをアイチは知ったら一体、どんな顔をするのだろう。
いっそ手篭めでもしてしまえばこんなこと思わなくていいんだろうが、それはまるでアイチを信頼していないいい証拠のようで、だからこそアイチを自分のモノへとしてしまうことを、三和はどこまでも恐れていた。
ずっとずっと愛おしく、前まで近くとも遠くにあったモノが今、この手の中に存在するというのに。

嗚呼なんて。
嗚呼、なんて脆くそして、儚いのか。

すると、密やかな三和の嘆きをアイチは受け止めるかのように、拗ねた顔をやめて前は櫂に見せていたあの聖母の如き微笑みを浮かべた。
漸く機嫌を直してくれたかと、三和は安堵の表情を滲ませる。

「お、やっと機嫌が直ったかい?お姫様」
「三和くん、僕は女の子じゃないよ。……今度、」
「ん?」

アイチは一瞬躊躇うような素振りを見せる。そして、恥ずかしそうに言った。

「今度、で、で…」
「で…?」

言いたいことはなんとなく分かる三和だったが、それを敢えて何も言わずただアイチの言葉を待つ。
アイチは大きく息を吸った。

「で、で…デートにつれ、連れて行ってくれたら、ゆ、許してあげます」

(ツンデレで来るかと思いきや、案外違ったな)

そんなことを一瞬思ったのはさておき、三和はアイチの言葉に歓喜を覚え、アイチをそっと抱き竦める。それはあまりに繊細で、壊れ物を扱うかのようなだというのに、とても力強い、決して逃しはしないという意思が、三和のその腕には込められていた。
アイチの耳に唇を寄せ、そっと吐息を吹きかける。
アイチの顔が真っ赤になっていくのが分かり、三和はますます愛情を強めていく。
強い独占力と、それを抑えようとする何か。
愛情に飢える自分を嫌悪し、沈めるほどに募らせる。

「いいぜ、連れてってやる。珍しいアイチからのお誘いだからな」
「そ、そんなんじゃ…!!」

アイチは三和の発言に、思わず三和の腕を跳ね除ける。
「そういうわけじゃ…」と、アイチは恥ずかしげに俯く。今アイチが何を考えているのか、よく三和にはわからなかった。
恥ずかしいだけなのか、それとも、さきほどの発言に後悔を抱いているのか、はたまたその両方か。俯かれると、どうしたらいいのかわからない。
そんなことはあまり表に出さず、三和は「どういう意味だ?」と意地悪そうな声音で訊ねる。
アイチはもじもじとしながら、俯いた顔をほんの少しだけあげた。

「…最近、一緒に出かけてないな…って、思っ、たから……」

途切れ途切れに言われた言葉に、三和は軽く目を見開く。
思わずポカン、としてしまっている三和にアイチは怪訝そうな顔をする。

「三和く、」
「あーもう!すっげぇ可愛い!!」
「わっ!?」

三和はアイチをもう一度抱きしめる。アイチは抵抗せず、三和の腕の中で猫のように丸くなっている。
一体何度やったか分からない抱擁。それは二人のスキンシップでもあるが、三和の一番想いを伝えられる行動だと言っても過言ではないものだった。

「か、可愛いって…!」
「ホント、あざといよなぁ…」
「あ、あざ?」

(なぁ、アイチ)

そんな会話をしながら、三和はふと思う。

(俺は、お前を愛してもいいんだよな?)

親友から奪っておいてそんなことをいうのもおかしいかもしれないが、小さな不安はいつだって三和を脅かしている。ほんの僅かな感情であるというのに、それはあまりに大きなモノだった。

(いつか、櫂の方へ帰っちまうのかな)

そんなことをなんとなく思い、三和は軽く苦笑した。
なぜそんなことを思わなければならないのか。今更こんな後悔をしてなんになるというのだろう。
アイチはそんな三和の様子を不審に思ったのだろう、「どうしたの?」と声を掛けた。ふとアイチの表情を見れば、不安げなに陰りが差していた。三和がすぐに「なんでもない」と明るげに笑えば、アイチの表情も明るくなる。

自惚れてもいいのだろうか。

笑顔を裏で、三和は思う。



今こうして腕の中にいるこいつは、少なからず俺を見ている。
紛れもない、俺を。櫂ではない、俺を。
なぁアイチ。櫂じゃなくて、俺を見ていてくれよ。
櫂に向けていたその恋慕を、ずっと俺に。
なぁ、アイチ。



伝わったのか否か、それはわからないが、アイチはそっと三和に擦り寄る。
そして花が綻んだようなその微笑みを、アイチは三和に向けた。

「大好きだよ、三和くん」

アイチの言葉が、どれだけ三和の心に響いたのか。それは本人にしか分からない。
三和はそんなアイチを押し倒し、「俺もだ」と独り言のように言う。
アイチはそんな三和を、どこまでも透き通ったその蒼い双眸で見つめていた。その双眸に、切なげな、しかし嬉しげなその感情を煌めかせながら。








溢れてやまないこの想い、隠しきれてる?


そう呟いたのは、どちらでしょう。











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