※エミちゃんマジ主人公
※天使と悪魔パロシリーズの続き
※先に『壊れた今に、幸せを』を読むことを推奨します。
(イメージ力が高ければ多分平気)











エミが最初に視界に映したのは、都会の町並みだった。
空気が合わないのか、エミは咳き込む。通りすがる人々がちらりとこちらを見ているが、気にしてられなかった。
漸く収まった咳。エミは今自分がおかれている状況を整理しようと、近くのベンチに座る。

どうしてここに?ここは、どこだろう。
あ、そうだ。私は、私は。『カミサマ』に、姉を、アイチを捜しに行きたいって願ったんだ。
そしてそれを、『カミサマ』は叶えてくれた。
アイチを、連れ戻すために。人間界へと。
ここは、人間界だ。天界じゃない。『カミサマ』が気紛れに創りだした世界という、種類豊富で多彩な生物が共存して生きている下界。
まさかこんなに、天使にここの空気が合わないなんて、思わなかった。
天使が行く学校で、前に先生が言っていた。『人間の空気は天使には合わないから、ずっといたら死んでしまうかもしれません』『精々保って人間の時で言う一ヶ月。それまでには、天界に戻らなければいけません。天使は天界に戻る権利があります。だから、一ヶ月経たないうちに、天界に戻ってくるんですよ?』


『早くしてくださいね?』


『カミサマ』の最後の声が、酷く鮮明に聞こえた。
エミは、自分には一ヶ月しか猶予がないことを悟る。一ヶ月経ってしまえば、自分は天界へと帰らなくてはならない。諦めなくてはならない。
エミはそれだけは避けたかった。なんとしても、捜さなくては。
エミはその意気込みを胸に、そっと立ち上がる。
一体、どこにいるのだろう。



__アイチ






**






それから、約一週間の時が過ぎた。
見た目的にはまだ10歳程度な幼いエミが、この大きな世界を見回ることなど、不可能に限りなく近かった。
だが、エミは諦めることはなかった。むしろこの町のどこかにいると、意味のない確信を持っていた。
探索する度に沸いてくる確信。
一週間も捜しているのだから、別の町へ行っても可笑しくはない。時々、エミも別の町なんじゃないかと思った。けれど、それは駄目だとその度にいつも頼りにしている警鐘が鳴り響くのだ。
この町から出てはいけない。そうしたら、もう二度と彼女には会えない。
町の出口で、言いようのない不快感にぞわりとした会えない恐怖が背中に這い寄ってきたのを、エミは鮮明に覚えている。
だが、この町は広い。広い故に、どこにいるのか分からないのだ。
本来なら、アイチが天使であるのならば、天使が去った痕が残っているはずなのだ。あの、綺麗な光の曲線。星屑を掻き集めて、それを自分が舞う度に落としていくような。そんな風にしてみえるアイチの残すその痕は、非常に美しいものだった。だから、すぐに分かるはず。そう思っていたが、その痕は一切見えなかった。見える気配も見せやしない。これでは位置も分からない。
このときから、何となくだがエミは予感し、予想し、そしてどことなく悟ってはいた。
だがそれでも、捜さないといけなかった。
『カミサマ』の命令だから。『カミサマ』は、絶対。
天使ゆえのその性に、エミは言いようのない何か、後悔にも似て、憎悪にも似て、天使が持ってはいけない感情を、持ってしまった感覚を覚える。
ここで、穢れがあるかと『カミサマ』に判断されるわけにはいかない。
エミはお金を持たない。天使であるゆえにか、下界に来てからはお腹も空かない。けれど、天使とて疲れないわけではないのだ。だからこそ、その疲労は弱くなったエミの心を容赦なく襲う。
取り敢えずその場から立ち上がろうと、エミは足に力を込める。だが、足に十分な力が入ることはなかった。どうやら、疲労が身体全体に廻ったようだった。
立ち上がろうとすることは今は無理だろうと判断し、エミは再び毛布へとくるまる。
ここは路地裏。お金もなく、人間界で言う『ホテル』というのには泊まれそうもない。だからこうして、路地裏へと来て、捨てられていた毛布にくるまって寝るという動作を毎日繰り返していた。
尤も、環境の全く異なるこの世界で、エミの身体が休まる時などこれっぽちも訪れなかったが。
エミは再び目を閉じる。夢を観ることはない。ただ広がるその闇を甘受することで、偽の安らぎに意識をたゆたわせることしか、エミにはできない。

「ねぇ、」

暫くして、誰か女性の声が聞こえた。
エミの瞼が微かに震える。そして、ゆっくりと目を開いた。
視界に映る、心配そうな女性の顔。女性はエミの身体を撫でると、もう一度口を開いた。

「大丈夫?」

大丈夫と聞かれれば、大丈夫ではない。だが、それはあまり悟らせたくなくて、エミは沈黙を保ったまま、立ち上がろうとした。だが、休んで間もない身体を急に動かすというのは無理があるということで、エミの身体は傾いていく。

「ちょっと…?!」

抱き留められる感覚を最後に、エミの意識は再び途絶えた。









**









ちゅんちゅんと、小鳥の囀りが耳に入る。
その囀りをきっかけに、エミは目を覚ました。視界いっぱいに広がる、太陽の輝き。
左右を見てみれば、温かな布団に大きな毛布。天界にでも帰って来たような懐かしさが、エミの中で芽生える。
温かな布団で寝ていたからか、疲れはあまりなかった。取り敢えず上半身を起き上がらせると、近くから扉を開ける音が聞こえた。

「目、覚めた?」

さっきの女性だった。手にはホットミルク。温かな甘い匂いが、エミの鼻孔を擽った。

「あの、貴方は?」

エミの問いに女性は笑うと、ホットミルクを差し出した。
エミはホットミルクを受け取ったが、顔を合わせる気にはなれず、俯くことしかできない。

「私は戸倉ミサキ。あんた、道端で倒れてたんだよ?」
「…え、と」
「…取り敢えず、名前は?」

言える?と訊ねられ、エミは漸く顔を上げる。

「エミ」
「エミちゃん…か。どうして、あんなところにいたの?」

エミはホットミルクをそっと口に含む。そして、ぽつりと告げた。

「姉を、捜しているんです」
「お姉ちゃん?」
「はい」
「お母さんやお父さんは?」
「いません」
「警察…お巡りさんには、言った?」

『警察』、『お巡りさん』。どういう意味なのか、よく分からない。考えてみるに、天使での警備隊のようなモノなのだろう。
そんな者に言ったところで、天使である彼女を見つけることなど叶わない。
エミは首を振り、否定を示した。

「そっか…。…どうしたの?」

エミはミサキの袖を握る。もしかしたら、この人なら。

「あの、暫くここにいさせてもらえないでしょうか?」

エミは必死に頼む。ミサキも驚いたようにこちらを見ていた。
寝床だけでも確保しておきたい。そうすれば、きっと疲労もそうは溜まらないだろう。そしたら、アイチを捜すのにも捗るかも知れない。
エミはそんな思考を働かせ、ミサキに頼み込んだ。

「お願いします!今月だけ、今月だけここに。寝床だけ、貸してください!烏滸がましいことは分かっているんです!お願いします!私、お姉ちゃんを、お姉ちゃんを見つけなくちゃいけないんです!」

必死に頼み込んでいるうちに、エミは涙をぽろぽろと零し始める。
ずっと不安だったという感情が、言葉にしたことで溢れ出てしまったのだろう。
止まらぬ涙に、エミは些か混乱状態に陥ってしまう。
そんなエミを宥めるように、ミサキはエミの頭を撫でた。

「…うん。いいよ。すごい事情があるのは分かったし。エミちゃんが話してくれるまで、何も聞かない」

そう言い、ミサキはエミをこの家に住まわせることにした。






ミサキは『カードキャピタル』という店を、家族である叔父の新田と運営しているようだった。
エミはそこを手伝いながら、その近辺を中心にアイチを捜し回った。
そんなときが過ぎて、一週間から更に二週間。合計で三週間が経とうとしていた。
あと、一週間しか猶予がない。
焦りがエミを、早くしろと駆り立てる。
四週間目突入の朝。ミサキはエミに訊ねた。

「お姉さんの名前、なんていうの?」

天使の名前を言ってもしょうがないと思いずっと隠してきたエミだったが、やはり焦りには勝てなかったのだろう、遂にその名前を口にした。

「アイチ、です」
「アイチ…?そのお姉ちゃん、どんな容姿をしているか、分かる?」

ミサキは何か考え込むようにエミに訊ねる。
何か知っているのだろうか。そんなことを思いながら、エミは質問に答えた。

「蒼い髪に、瑠璃色の瞳です。…何か?」
「…いる」
「え?」
「多分、私の店に来てる子だと思う」

その言葉は、エミにはかなり衝撃的で、言葉が出なかった。
ミサキは見てみれば分かると言い、エミの頭を撫でる。

ミサキは心当たりがあるというが、それは本当に『天使』であるアイチなのだろうか。
行方不明になってから、一ヶ月なんて絶対に過ぎている。それで『生きている』天使がいるなんて、いるはずないのに。
もしも、もしも本当だったなら。その人がアイチだったなら。きっと、アイチは…。
前々から悟っていたことが、本当だったとしたら。
ずっと自分が悟ってきたそのことから目を逸らしてきたエミにとっては、今の思考は現実逃避に近かった。このまま、現実とは向き合いたくなかった。
しかし、時は無情に訪れる。いつもエミが捜しに行っている時間帯、店の手伝いという名目で店内にいると、自動ドアが開く。
そこに立っていたのは。

「あ…ぁ…」

アイチだった。容姿も全てそっくりで、天界のところにいたままで。思わず抱き締めたくなったくらいだった。けれどそのアイチからは、天使の象徴である魂の輝きが感じられなかった。それどころか、魂さえも感じられなかった。
そして、その隣りにいる男からの魂の輝きは、なかった。皆無だった。輝きどころか、むしろドス黒い。禍々しい気配を感じ、エミは身震いした。
そんなエミに気付いていないのか否か、ミサキはその二人に話しかけた。

「いらっしゃい、アイチ、櫂」
「こんにちは、ミサキさん!」

アイチとそっくりな声音。もう、この人はアイチだと認めざるおえなくなってしまう。
ミサキはアイチの目の前にエミを押した。

「この子、見覚えない?」

アイチはよく見ようとエミと視線の高さが合う位置までしゃがみ込む。
その純粋で透き通った瞳は、どこか闇を孕んでいるように見えた。

「うーん…。分かんない、かな」
「!」
「ごめんね、ぇ、と…」
「エ、エミ!エミです!」

名前を必死で名乗るが、アイチは驚いたように首を傾げたまま。驚きはただたんに、エミが大きな声を出したからであったようで、エミの存在に驚いたわけではなかった。

「え、エミちゃんか。ゴメンね、分からないかな。ミサキさん、エミちゃんどうしたんですか?」

アイチが心配そうに訊ねる。黙っているエミに代わり、ミサキは答えた。

「お姉さんを捜してるみたいで、暫く家に置いてるんだよ」
「そうなんですか」
「それで、アイチとその姉を勘違いした、というわけか」

男はエミの行動を要約するように言った。
結局はそうなってしまったわけだがしかし、このアイチは今『カミサマ』が、自分が捜していたアイチなのだというのは何故か分からないが確信していた。
そして、このそばにいる櫂という男がいることで、アイチはもう元に戻らないことも、エミはもう悟っていた。
もう、前々から悟っていたことだ。きっとアイチは、この悪魔に、櫂に、魂を売り渡していたのだろう。どうやったのかなんて知らない。だって本来なら、堕天使にでもなったならば即座に『カミサマ』に知れ渡るから。それなのに『カミサマ』は知らなかった。それはつまり、余程強大な魔力で『カミサマ』に知れ渡るその波動を抑えたのだろう。ある意味、『カミサマ』の自分の目を欺いたというのは正しいかったのかもしれない。
彼の魂は、天使の清くもなく、また人間のように様々な色が映されているわけでもない。ただ、漆黒に塗りつぶされ、酷く禍々しいオーラを放っている、悪魔そのもののような魂。つまりは、高級な悪魔なのだ。
今この場で「お前は悪魔か」と問うても、意味はない。きっとはぐらかすだろう。
エミは泣き出したい衝動に駆られながらも、笑った。笑うことしか、できなかった。

「そう、ですね」

肯定した後、エミは暫くアイチと共にいた。
アイチは今、『ヴァンガード』というものをやっているようだった。とても楽しそうで、昔一緒にいた時のアイチの笑顔を思い出した。
そのたびに、エミは笑った。アイチが幸せで良かった。本当は連れ戻したかった、そのはずだったのに。今ではもう、どうでもよくなった気がした。
本当を言ってしまえばきっと、アイチの笑顔を見たかったのだ。幸せになっている姿、安否を知りたかった。今や、その思いはもう果たされた。
もう夕方になり、アイチと櫂は外に出る。エミは急いで、その後を追った。
外には、仕組まれたように誰もいなかった。すぐにこれは、この悪魔がやっていることに気付いた。

「あの!」
「なんだ」

男は無表情のまま、振り返る。アイチも一緒に振り返った。
エミはその様子に、ただただ、呆然とすることしかできない。戻らないと言う意志が、まざまざと感じられるから。
エミが黙っていると、アイチは困ったような顔をして口を開く。

「黙っていなくなって、ごめんね」

その言葉はまさしく、エミの前から消えたことを謝罪していることで。エミは我慢できずに、泣き出した。そしてアイチに抱きつこうとしたが、アイチに止められてしまう。

「こっちに来ちゃ、駄目だよ。エミは、エミの世界を生きなくちゃ」
「どうして?!私は、私は…アイチを捜して、天界に一緒に帰るためにここにいるの!…帰ろう?アイチ。『カミサマ』だって、心配しているんだよ?」
「…『カミサマ』、か」

アイチはどこか自虐染みた微笑みを浮かべた。
アイチはこっちへは来てくれない。もう分かっていることを、再確認させられている気分だった。

「僕は、戻らない。そう、決めたの」
「どうして…」
「天界にはもういられないんだ。だから、戻れない。僕自身も、帰りたくないんだ」

それは、連れ戻す可能性はもう0であると、知らされているようなもの。
分かっていたからこそ、エミに重くのしかかる。自分の予想を裏切ってくれる。この優しい姉なら、きっと。そんな期待を抱いていたけれど、それはきっと淡く泡沫のように儚い希望だった。『カミサマ』さえも断ち切ることを赦さない、強固な意志。死神にでも、死を宣告されているような感覚が、エミの中で廻る。

「アイチは拒絶した」

悪魔は、櫂は、アイチの身体を抱き寄せて言った。

「『カミサマ』の玩具になどならないと、な。だから、俺のモノになった、それだけのことだ」
「…」

見事に当たる自らの予感に、ますます期待を裏切られた気分に陥り、エミは心が崩壊していく音を聞いた。
その瞬間。

「ぇ?」

本当に、瞼をたった一度伏しただけだった。
視界に広がる風景は、異世界か何かのようで、様々な色が混ざり合った、なんともいえない世界になっていた。

『何故ですか』

『カミサマ』の声が、響く。
怒ったような声。その声を聞いた瞬間、エミは『カミサマ』に背いてしまったようなそんな罪悪感に埋め尽くされる。
アイチは怯えたように櫂の後ろに隠れ、櫂はそんなアイチを守るように前へ出ていた。

『何故逃げるんですか!アイチちゃん!!』

そこから姿を現したのは、赤い髪をした男。この人は『カミサマ』であると、エミは魂の輝きを見るまでもなく察した。
『カミサマ』は怒り狂った形相をし、怒鳴り散らした。

「魔界第一王権者、櫂…。貴方でしたか、アイチちゃんの魂を捕らえたのは」
「コイツが望んだことだ。お前がそうさせただけだろう?」

櫂の淡々とした声は、『カミサマ』を苛つかせるには十分なモノで。
『カミサマ』はアイチを懇願するように見詰めた。
アイチは櫂の後ろから前に出る。櫂は止めようとしたが、何かを察したのか途中で止めるのをやめた。
レンは否定して欲しいという期待を抱いた眼差しで、アイチを見る。だが、アイチはその瞳に答えようとはしなかった。ただ、闇を孕んだその双眸で、言った。

「レンさん。僕は、一緒に『カミサマ』なんてできません。『カミサマ』として、いたくありません」
「何故、何故ですか!君には、偉大なる『カミ』となる資格があるのですよ?!それなのに、何故!」

『カミサマ』となる、資格?
そんなものがあったのか。エミには『カミサマ』が何を言っているのか分からなかった。
アイチはただ一人分かっているのか、表情を変えることをしなかった。

「きっと現れますよ、レンさん。レンさんの代わりを担ってくれる方が」
「それが君であると、まだ分からないのですか!?」

アイチは小さく首を振る。『カミサマ』は呆然とした表情をするが、すぐに険しくなり、手を翳した。

「それなら、力尽くでも…!!」

無数の光を帯びた植物が、『カミサマ』の周りに現れる。そして植物たちは、アイチへと襲いかかった。

「アイチッ!!」

エミの悲鳴が異空間に響き渡る。アイチのいる場所から、土煙が巻き起こった。
すると、アイチの場所から焔が上がる。土煙は吹き飛ばされ、アイチがよく見えるようになっていた。
アイチは無傷。アイチを守るように、アイチの周りを火焔が渦巻いていた。

「邪魔をするな!櫂!!」

『カミサマ』の口調が乱れる。
櫂という男は、魔界に於ける『カミサマ』である王の魔皇帝の血を引いた悪魔。つまりは、ある意味で最も『カミサマ』の力を引いていると言っても過言ではないのだ。
だからこそ、アイチを守ってあげられる。

「いい加減認めろ。『カミ』」
「…」
「俺達はもう行く。…この町より遠い、異国の地にでも行くとするか」
「そう、だね」

櫂がアイチに触れる。アイチの顔は、幸せそうだった。

「レンさん」

アイチが『カミサマ』に呼びかける。もはや、茫然自失と言ってもいい状態だ。反応も何もしない『カミサマ』に、それでもなおアイチは呼びかける。
『カミサマ』が「アイチちゃん」と返事をしたとき、『カミサマ』の身体が輝く。

「さよなら、です」

アイチが、無情に言う。『カミサマ』の顔は窺えない。だが、涙していることだけはエミには分かった。
『カミサマ』は消えていく。光の粒子となり、天へと舞い上がる。
異空間は消え失せた。
代わりに残る、夕闇に染まった道。戻って来たのだろう、この悪魔が創り出す空間に。

「アイチ、『カミサマ』に何をしたの?」

アイチは悲しそうに笑った。瑠璃色の瞳には、虹色の光彩が宿っていた。

「天界に、帰ってもらっただけだよ」
「どう、やって?」

さっきの会話を聞いていれば、なんとなく察しはつく。それでも、エミはアイチの口から聞きたかった。

「…『カミサマ』の力を使ったから」
「…そっか」

『カミサマ』になりたくなかった。だから、悪魔に魂を売った。けれどその悪魔は、アイチの愛した者でもあって。それはアイチにとって、とても幸せなことなのだろう。それは、あの悪魔も同じこと。
きっと、アイチがさっきの力を使う事は、あの悪魔が命じない限り、未来永劫使うことはないのだろう。
『カミサマ』になど、彼女はならないのだから。
エミは溜息を吐いた。もうこれでは、引き留める術も何もない。
…どうせ、同じ結果なら。
エミは笑った。その笑みは、今にも崩れてしまいそうな、泣きそうな笑顔。
アイチはそれを見ると、同じような笑みを返した。
その様子は、彼女達を姉妹であると裏付けていた。
櫂がそっと、アイチを抱き寄せる。
そして、それは合図だった。
二人は、消えていく。きっと、行ってしまうのだろう。誰にも悟られることのない、幸せを掴める場所へと。
エミは手を伸ばし、駆け出す。その幼い足では、彼女の手を掴むことなんてできない。それでも、エミは走った。

「アイチ…!」

そして、その瞬間。
アイチの消えそうなその手が、エミの頭に触れた。

「っ!」

昔やってもらった、何かあるたびに、エミが何かを我慢するたびに、エミが辛い目に遭っていたたびに、してくれた仕草。
ふとエミが見たアイチの顔は、優しそうに微笑んでいた。






「泣かないで、エミ。笑って…?」






そう、囁かれた気がした。
エミの手が、光となったその残像を掴む。だがそれはあくまで空を切っただけであって、ただの虚しい行動に過ぎなかった。
掴んだはずの光は、エミの手の中で消える。代わりに手の中に残ったのは、一枚の羽根。

「…ぁ、あぁ…」

アイチが天使であった頃の、綺麗な翼を象るうちの一枚の羽根。純白なその羽根は、アイチの心そのもののような気がして、困ったような顔をするアイチが見えた気がして、エミは我慢できずに泣き崩れた。

もう二度と会うことのないだろう姉。
これがもう最後であることを、もう知っていた。分かっていた。
だから、せめて。せめて最後でもいいから。いや、最後だからこそ。
姉を祝福してあげたかった。笑って、見送ってあげたかった。
どうせ、同じ結果。何を言おうと、もう帰ることなどない。エミがどんな行動を取ったところで、何も変わらないというのなら。
せめてこの願いだけは、絶対に叶えたかった。
これが自分にできる、最後の行動だと思ったから。
果たしてこの行動は、アイチに伝わっただろうか。この気持ちは、アイチへの感謝と祝福は、伝わっただろうか。
伝わったのだと、信じたい。
いいや、信じてる。
さよなら、アイチ。

大好きな、私のお姉ちゃんへ。
どうかどうか、幸せに。



天使の涙は夕日に染まり、羽根と共に煌めいた。







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