※『壊れた今に、幸せを』の続き
※ヤンデレ要素





とある街の近辺の山奥。
大きな館が、そこには佇んでいた。
暗い森林が辺りを多い、光さえも遮ってしまうかのような木々達は、まるでこの館を隠しているようにも思える。
そんな館内の2階で隅の部屋。閉じられたカーテンのほんの隙間より零れる微かな木漏れ日を浴びる、蒼い長めの髪を靡かせた少女が、そこにはいた。
少女の名はアイチ。元天界の住人であった、人ならざる者である。
誰もいず、そして部屋も暗い。唯一の灯りは木漏れ日のみだが、アイチはどこかそれを嬉しげにでもするような、そんな不安も無い安らかな表情をしていた。
アイチはふと、カーテンの隙間よりちらりと、外を窺う。外には誰もいない。あるのは、陽光のあまり届いていない為に、宵闇のようなほの暗さの中で咲く花々や、木々だけだ。
そして今度は、小さく深呼吸する。息苦しくもないし、むしろ楽に呼吸ができる。最初人間界へと連れてこられたときは、大量の障気で溢れかえっていて、自分がもう天使でないことも忘れて思わず咳き込んでしまったものだ。まあ尤も、そんなものもすぐに解消されてしまったが。

(そういえば、エミやお母さんはどうしてるのかな)

慌てているだろうか。それとも、もうアイチのことを忘れて今の生活を謳歌しているのだろうか。
まだアイチがあそこにいた頃は、『カミサマ』にアイチのことなど誰も覚えてはいない、だからお前も家族を忘れろとよく言い聞かせられていた。あのとき、アイチの関係する者達の記憶に『アイチ』は存在していたかどうかは、今でも分からないけれど。だがあの頃のアイチは、嘘だ、絶対そんなことあるはずないとよく泣いていた。しかし結果的に、今こうして家族のことを忘れようとしているし、実際忘れかけているのだから、あの頃のアイチからしてみれば皮肉なものだろう。

もう二度と、天界になど帰らない。
アイチはそう決意していた。ずっと櫂と共に。それに決意が揺らいだところで、アイチにはどうすることもできない。今ではもう、アイチの魂は櫂のモノだ。アイチがたとえどう抵抗したとしても、魂が囚われている以上は誰にもどうすることはできないのである。たとえ、『カミサマ』であろうとも。










そもそも、アイチは一介の何の変哲もない天使だった。
アイチ自身、何故『カミサマ』に娶られたのか分からなかったのだ。


いつものように綺麗な青空を飛んでいると、『カミサマ』直属の部下だと言う大天使アサカに急に呼び止められた。
話しかけられたことだって、ましてほんの少ししか見かけたことのない崇高で高貴なる大天使様に呼びかけられたのだ。アイチは緊張してしまうが、アサカは気にしたふうもなく言った。

「『カミサマ』がお呼びよ。来なさい」

それはもう命令だった。
仕方なくアイチはアサカに着いていくと、『カミサマ』の居城である『FF』に着いた。選ばれた者しか入れないというその居城に、アイチはますます緊張してしまう。
真っ白な扉を潜り、奥へ奥へと進んでいくうちに、アサカは「ここから先は一人で行きなさい」と、より大きな扉を目の前にしたアイチを置き去りに行ってしまった。

「入りなさい」

そう重々しく言ったあの『カミサマ』の声は、今でも忘れない。
アイチが震える手で扉を押すと、そこにはいっそ禍々しいくらいに神々しい魂の輝きがアイチの視界を覆った。これだけ透き通った魂は見た事がなかった為に、アイチは動揺したが、とうの本人である『カミサマ』は、優しいそうな笑みを浮かべていた。

「こちらに来なさい」

そう言った『カミサマ』の声に、その頃のアイチは逆らうなどという選択肢はない。
素直に従い、『カミサマ』に近づき、跪く。
すると『カミサマ』は立ち上がり、アイチのそばへとゆっくりと歩み寄ると、下を向いていたアイチの顎を掴み上を向かせた。よってアイチの視線は、床ではなく『カミサマ』の方へと注がれる。
ずっと見ないようにしてたのに。そう思っていた。神々しい魂を見た瞬間、アイチは自分の魂が穢れてみえた。このままでは、負の感情でもっと穢してしまう。そう思って、見ないようにしていた。
『カミサマ』のこの行動により、アイチは『カミサマ』の素顔を目にする。
真っ赤な髪に、鮮血のように深紅の瞳。綺麗だと、その一言に尽きるとアイチは思った。だがそれと同時に、怖い、とも思ってしまった。まるで、自分も真っ赤に染まってしまいそうな。そんな感覚が芽生えたのだ。
絡みつくかのような視線の攻防が暫く続くと、『カミサマ』はにやりと笑った。

「やっと来てくれましたね、アイチちゃん」
「…え?」

最初、アイチは何を言っているのか分からなかった。
なぜ、自分の名前を知っているのだろう。どうして、こんなに視線が絡みつく?
アイチは金縛りに遭ったかのように動けない。迫ってくる深紅の瞳。

そして、アイチはそのとき初めて、キスというものを知った。

「!」

絡みつく舌と舌。そのねっとりとした感触に、アイチは何もできなかった。いや、動こうとはした。さすがに、抵抗しようとはした。だが、身体が石にでもなったように固まり、動けなかったのだ。
キスを堪能する暇など与えてくれやしなかったが、『カミサマ』の唇は、とても冷たく、まるで氷のようだとアイチは思った。そんな率直な感想しか、アイチはその時抱かなかった。

「…ぁ!」

漸く離された唇。どのくらい口付けられていたか、アイチには分からない。
『カミサマ』は妖しい眼差しでアイチを見る。アイチは遂にその眼差しが改めて異常なことに気が付いた。

「…いやぁ!」
「抵抗なんて無駄です。どうせ君は、僕に娶られるんですから」
「…ぇ」

言っている意味が理解出来ない。娶られる。嫁?
アイチの脳内で、訳の分からぬ単語が並び立つ。
そのとき、『カミサマ』の瞳が光彩を放つ。妖しいその光は、どんな炎よりも妖艶に煌めいていた。
その光を視た瞬間、アイチの身体全体の力が抜けていく。そして、糸でも切れた傀儡人形のように『カミサマ』に倒れ込む。力は入らない。
アイチの蒼い髪を、『カミサマ』の白い手が梳いていく。

「やっと、手に入れた」

歓喜に満ちた艶美な声音が、アイチの耳に入る。そしてこれから耳に入る言葉を、アイチは一字一句全て脳内に刻みつけられるかのような感覚を覚えていく。

「君は僕に娶られ、君はそれを受け入れる」

「これから、君の家族たちにそれを報告するのです」

「そして再び、僕の前に現れるのです」

「今度から、僕のことはレンと呼ぶことを赦します」

「いいですね?アイチちゃん」

そうやんわりと言うその声は、念を押すという名の、命令のようだった。
アイチは力なく、頷く。その頷きに満足したのか、『カミサマ』__レンはやんわりと微笑み、ほぅ…と悩ましげな吐息を漏らした。

そこから、アイチは自分でも何をしたのかよく覚えていない。
家にいつの間にか戻っていて。そして、エミや母であるシズカにとても喜ばれていて。そこで何を話して、どうやって居城『FF』に戻って来たのかも覚えていない。
ただ、本当にいつの間にか、再びレンの下へと戻って来たのである。
婚礼の儀は、密やかに行われた。なんでも、レンが目立ちたくない、というなんとも斬新な意見になったからだ。
『カミサマ』の言うことは絶対。
それを知る天使達は、速やかに彼の要望を叶えた。
婚礼の儀が終わり、遂にレンに身体を開かされた。
夫婦となったのだから、結果的には当たり前のことである。だがしかし、アイチは抱かれたというショックよりか、何故自分がここにいるかも分からなかった。
天使は何よりも『カミサマ』が大事なはずなのに、愛しいと思えない。その事実が、重くアイチにのしかかった。
とある日のことだった。ずっと居城から出ていなかったアイチは、エミやシズカに会いに行こうとした。だがそれは、レンのアイチの腕を引く手によって遮られた。

「れ、レンさん?エミやお母さんに会いに行くだけですから」
「駄目です」
「ど、どうして」
「『カミサマ』の言うことが、聞けないんですか?」

その言葉に、アイチはびくりと肩を震わせる。なんだか、厭な予感がした。
刹那、アイチは足が鉛のように重く感じた。下を見てみると、自分の足は鉄製の足枷に繋がれていた。

「…ぇ」

そして、くい、と。
首が何かに引っ張られている。無理矢理にでも、引っ張られる。
何事かとレンを見れば、レンはいつもの優しそうな微笑みを浮かべながら、じゃらりと鎖を鳴らしながら手元に引いていた。

「あ…!」

苦しい。そう思ったけれど、口に出してはいけない。そう思い、アイチは口を噤む。
レンは微笑みを絶やすことなく、アイチを幼子に言い聞かせるかのように言った。

「いいですか?アイチちゃん。僕がみんなに魔法を掛けて、君はいなかったことになっているんです」
「…え」
「だから、家族も友人も、みんな君を覚えていません」
「…そ、そんな!嘘です!」
「嘘じゃないです。だから、君も早くあんな下級天使なんか忘れてしまいましょう」

嘘だ。嘘だ。その訴えに、レンは困ったような顔をする。

「僕が絶対なのでしょう?」

その瞬間、アイチは自分が完全に、籠の中の鳥となったことを漸く悟った。





それからアイチは、レンのされるがままだった。
身体を開くのも、口をきくのも、全てレンだけ。
もうあの足枷や首輪は付けられていないけれど、アイチの心に掛けられた鎖は解かれていない。
もうアイチの心は完全に崩壊してしまっていたと言っても、過言ではなかった。
絶望と虚無と。もう二度と逃げられない、袋小路。
そんな生活が続いたとある日。
レンは、アイチを魔界との会談へと連れて行った。どうやら、たまには気分転換もいいでしょう、とのこと。
久しぶりに見た風景だと言うのに、何も感じなかった。青いはずの空が、カラフルで綺麗なはずの風景が、白黒に、無色に見えた。

「ここで待っていてくださいね、アイチちゃん」

そう言って、レンは会議室へと入っていく。
そこは『カミサマ』と魔皇帝様しか入ってはいけないようで、アイチや他の悪魔の従属達は、天界と魔界の狭間『PSY』で待たされることになっていた。
アイチはゆっくりと草木の方へと腰を下ろす。そして、色の無い空を眺めた。
そして暫くすると、さく、と草を践む音が近くで聞こえた。アイチはその音の方へと目を向ける。
そこには、翡翠の瞳をした悪魔がいた。多分、今適当に降り立っただけなのだろう。
そう思っただけだというのに、アイチは彼に非常に惹かれた。
理由など分からない。ただ、運命的だという言葉はこの時だけために存在するのではないかと思うくらいに、アイチはそれほどに彼に心惹かれたのだ。
そして急速に、アイチの心から色彩が戻っていく。

「あの、」

アイチは恐る恐るとでも言ったかのように、悪魔に話しかける。
悪魔は最初きょとんとしたが、すぐに「なんだ、『カミ』の付き添い」と返した。

「君は、僕の願いを叶えてくれますか」

何故、こんなことを言ったのだろう。アイチにはまだ分からなかった。
悪魔だというのに。邪悪な存在に触れたらどんな目に遭うかも、知識としては知っているのに。
悪魔はアイチの言葉に、にやりと笑みを浮かべた。

「ほう、天使がこの俺に頼み事か」
「…はい」

言ってみろ。そう言われ、アイチは口を開く。
だが、『PSY』にゴーンと言った、この世界の花畑には相応しくない音が響いたことによって、アイチは再び口を噤んだ。これは、会議が終わった合図なのだ。
悪魔は忌々しそうに鐘に対し舌打ちすると、漆黒の翼を広げた。
そして、一瞬のうちにアイチのそばに寄ると、アイチの右手を取り手の甲へとキスを落とした。

「!」
「まだ会議はあるだろう?また来い」

そう言い残し、悪魔は飛び去ってしまった。
アイチはその様子を見送り、そっとキスされた手の甲を自分の胸に当てた。
そのときのアイチは、正に天使本来の輝きを取り戻したと言っても過言ではないほどに、美しく輝いていた。
レンが無邪気にアイチに話しかける。そのときでさえも、アイチはあの翡翠の瞳の悪魔のことをずっと考えていた。
返事を疎かにしないように必死で気を配りながら、早く明日にならないかとアイチは祈っていた。

次の日。会議は昨日から連続で4日ほどあるという。
出会った場所に行けば、そこにはあの悪魔がいた。

「本当に来るとはな」

嘲笑うかのように、悪魔は笑う。
だがそれでも、アイチは構わなかった。自分の願いを、叶えるためならば。この悪魔に、逢えるためならば。

「だって、君にまだ願っていないもの」

そう言うと、悪魔は鼻で笑った。

「そうだったな。そう言えば、お前の名はなんだ」
「アイチ。君は?悪魔さん」

アイチが訊ねると、悪魔は翡翠の瞳を瞬かせた。

「櫂だ」

その一言は、アイチにとって酷く甘美に聞こえた。

「それで」

櫂は近くの並木に腰を下ろす。アイチもその横に座る。
悪魔はアイチの瞳を見つめながら、急かすように言った。

「お前の望みは、なんだ」

アイチは悲しげに顔を歪ませ、そして、遂に口にした。

「僕の魂を、君のモノにして。それ以外、何もないよ」

その言葉は、櫂を黙らせるには十分なものだった。

「…本気なのか?」
「…」
「お前は『カミ』の嫁だろう?そんなのは、俺の耳にも届いている。なのに、安全を保障された魂を俺に売ると言うのか」

全ての願いを、放棄してまで。
櫂にそこまで言われても尚、アイチは何も言わない。
いっそのこと、悪魔のモノにでもなってしまえたら。ずっとずっと、そう思っていた。
特に、この悪魔、櫂になら。身を預けてもいい。そう確信した。

「…なぜ、そんなことを思う」
「どうしてそんなことを?悪魔は、そんな理由興味ないって、聞いた事あったのに」
「別に、興味があっただけだ。どうせ俺のモノになる魂だ。聞いておいても特に損もないだろう」

面白半分。というよりか、単に興味があるようだけに思えた。
ゆっくりとアイチは、口を開いた。
今の今まで思ってきた、『カミサマ』のことを。

鐘のなるまでは、ずっとアイチの独白だった。櫂は黙って、聞いてくれる。ただそれだけだった。
だが、鐘が鳴れば必ず、「またここで待っている」そう言って、飛び去っていく。
櫂のその言葉が、行動が、アイチにはとても心地よかった。




それから、毎回待ち合わせをした。
幸か不幸か、レンと魔皇帝様の会談は長引いているようで、既に四日は経過している。
アイチは櫂に逢うなりそっと寄り添う。そして、櫂の肩へと頭を寄せる。
櫂はそんなアイチを、ただ撫でていた。

「…櫂くん」
「なんだ」

アイチがふと呟く。その声には、どこか哀愁が含まれているように思えた。

「僕と一緒にいて、嫌じゃない?」
「俺は俺の意志でここにいる。嫌だったらここにはいない」
「そっか」

その言葉に、アイチは微笑む。
そして、櫂はアイチの腕を引き、そっと押し倒した。アイチの上に覆い被さる櫂は、アイチの頬を撫でる。その手は若干震え、まるでアイチを傷つけてしまわないよう、細心の注意でも払っているかのように窺えた。

「愛してる。ずっと共にいろ、アイチ。『カミ』などはどうでもいい。俺と共に来い」

その言葉に、アイチはうっとりとした笑みを浮かべ、櫂の頬をアイチの手がなぞる。

「うん。ずっと、ずっと一緒に。どうか、ずっと愛して。僕の全部を、君に」

叶えてはならなず、まして叶えと願うことすら赦されない天使と悪魔の恋は、今ここに実を結ぶ。
アイチは今生まれて初めて、本当の愛を知り、そして本来のキスの味も知ったのだ。




「本当にいいんだな」
「うん」

アイチは覚悟を決めたように、櫂の真剣な眼差しを見詰める。
櫂はアイチの覚悟を改めて悟ったのか、そっと頭を撫でる。
そして、二人は改めて、深く、甘く、そして誓いのキスを交わす。
その瞬間、アイチは自分の魂が震えるのを感じた。アイチだけの力が、アイチという存在が、櫂によって吸収されていく。融けていく。支配されていく。
キスを終えた頃には、アイチはその余韻に浸っていた。

「契約完了だ」

これでお前は、俺のモノ。天使でもなんでもない。俺のモノだ。
そう言い、櫂は手の中から美しい宝石を取り出す。それはイヤリング仕様になっていて、櫂の瞳の色と同じ色をしていた。

「お守りだ、受け取れ」

まるで、婚儀の時に交換するようで、謂わばエンゲージリングの如く。
櫂はアイチの右耳にそっと付ける。アイチは付け終わったイヤリングをそっと撫でて、無邪気に笑う。

「さっさと行こう。何があっても、俺が守ってみせる」
「うん」

櫂の魔法で、今はまだレンはアイチが悪魔の手に墜ちたなどと気付いていない。そして今出て行ってしまえば、今アイチは天使ではないから、レンに気付かれることもなくこの世界を去れる。
アイチは、人間界への扉の前で手を伸ばしている櫂の手を取る。
一瞬だけ家族や友人達のことが頭に過ぎったが、もう迷わない。
アイチは櫂の手をしっかりと握り、存在を確かめるかのように櫂に寄り添う。
櫂はアイチを横抱きにすると、扉を通過して行った。
それを見送っていたのは、そよ風に揺れる木花のみだった。











「…アイチ?」

櫂の声が頭に響く。
アイチはそっと瞼を開ける。どうやら眠っていたようだ。
今の今まで当たっていたと思っていた木漏れ日はもうなく、代わりに月光がカーテンの隙間から小さく降り注いでいた。

「悪い夢でも観ていたのか?」

泣いているぞ。と、櫂はアイチの流れ出ていた涙を舌で舐め取る。
アイチは擽ったそうに身を捩る。そして、櫂に無邪気に抱きついた。

「おかえりなさい」
「…あぁ」

櫂がずっと出かけていて、寂しかった。
こうやって泣いていたのも、櫂がいなかったからかもしれない。
アイチはくすりと自嘲でもするかのように笑うと、櫂の耳元でそっと囁く。

「放さないでね。放したりなんかしたら、赦さないから。僕以外の誰かを好きになったりなんて、しないでね」

そう。もうアイチには、櫂以外何もいらない。櫂さえいれば、それでいい。アイチにとって、櫂が全てなのだから。櫂がいてこそ、今のアイチが成り立つのだから。
櫂は、アイチのその台詞に密やかに微笑み、首筋にキスを落とす。
擽ったそうに再び身を捩らせるアイチに、櫂は逃がすまいとアイチの腰を掴み、椅子に固定する。二人分の圧力がかかったせいか、ぎぎ、と機械的で限界を訴えるかのように椅子は音を発した。

「それは俺の台詞だ、アイチ。悪魔である俺をここまで夢中にならせたんだ。他のやつなんかに好感を持つだなんて赦さない。もしもお前が俺以外を愛すと言うのなら、俺はそいつを焼き殺してでも、お前を奪い尽くしてやる」

たとえ何があってもだ。
それは歪な誓い。様々な事情が重なり合ったことで生まれた、歪んだ愛情。
だが二人はそれでいい。
互いが互いを好きであり、永久とも言えるほどに永い時の中で、枯れることも朽ちることもない愛の華を咲かせていられるのならば。
とっくに何かが壊れている。そんなことは、もうとうに分かっている。だが、分かっていたとしても、壊れたモノが元に戻るだなんてことは、もうないのだ。床に落ちて割れたコップが、もう二度と元に戻らないように。

この二人に祝福を。
二人の行く先を見守る自然達は、密やかに想い、揺れていた。










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