※天使と悪魔パロディ
天使=アイチ♀、悪魔=櫂
ほぼエミちゃん主人公。
※ヤンデレ
『カミサマ』に嫁いで、『カミサマ』の居城に入った私の姉は、もう戻ってくることなんてなかった。
あのときのことを、今でも忘れない。
私の姉は、俗に言うドジッ娘だったけれど、それでも誇れる姉だった。何しろ、天界で一番偉い『カミサマ』に気に入られて、娶られた唯一の存在だから。それ以前に、私は姉のことは大好きだったけれど、『カミサマ』の件に関しては特別嬉しかった。姉も嬉しそうに笑っていたし、これが姉の幸せなんだと思っていた。
良かったね、って言えた。姉は時間が在れば会いに来るねって言ってくれたけれど、いつも私に笑顔をくれた姉だから、大丈夫!アイチは『カミサマ』と幸せになってね!って私は言った。だって『カミサマ』に普通の天使が娶られることなんてそうそうないんだもん。『カミサマ』は優しいから、きっと大切にしてくれる。そう信じてた。私達天使は、『カミサマ』が絶対なんだから。
でもやっぱり、私は寂しかった。きっと心配性の姉のことだから、絶対に会いに来てくれるだろう。そんな姉の性格を理解していたからこそ、そう思っていた。それなのに。
姉は、アイチは、『カミサマ』の居城に行ったっきり、会いに来てはくれなかった。
最初は、やっぱり忙しいのかな。って、少し寂しい気持ちが募っただけだった。お母さんも、きっとすぐに来るわって励ましてくれたから、そうは気にしなかった。
でも、何日も。何日も。月日は、あっという間に流れてしまって。
姉が行ってしまった日のとき、まだ私は人で言うなら小学生だったけれど、今ではすっかり人の言葉で言う高校生くらいまでになっていた。それなのに、姉は会いに来てくれなかった。忘れないように、姉との思い出の写真も眺めた。そんな月日を過ごしてきた、そんなある日のことだった。
「大変だよ!エミちゃん!!」
外に出て、近くの公園で空を眺めていると、親友のマイちゃんが、翼を広げて飛んでくるのが見えた。その顔は、私はどうしてマイちゃんがそんなに慌てているのか、分からなかった。
「どうしたの?マイちゃん」
「アイチお姉さんが…!」
え?
ぽかーんとした口は、閉じることができなくて。
姉に、アイチに何かあったのだろうか。
「『カミサマ』の居城から、いなくなったって…!」
マイちゃんの言葉に、私は目の前が真っ暗になった。
それから家に急いで帰ってみると、お母さんが待っていた。
「エミ…」
「お母さん、アイチはどこに行ったの!?」
私の問いに、お母さんは首を振った。
「分からないわ。…どこに行ってしまったのかしら」
涙ぐむお母さんに、遂に私も心配のあまり涙してしまった。
本当にどこに行ったのだろう。どうして、私達には何も言ってくれてなかったのだろう。
悲しい気持ちだけが、心に募った。
それから暫くすると、『カミサマ』に仕えていた大天使様のコーリン様、スイコ様、レッカ様が訊ねてきた。
「アイチがどこに行ったのか、本当に知らないのね?」
「知らないです。ずっと、帰って来てないんです…」
お母さんが俯きながら言う。その様子に、コーリン様は顔を顰めた。
それから、お母さんに立て続けに質問する大天使様達に、私はついに口を開いた。
「コーリン様、どうしてそんなにアイチを捜しているんですか?」
私はコーリン様に訊ねる。
だって、可笑しかった。アイチを、本当に血眼になって捜していて、それはこちらから見ても異様なくらいで。何か、重要なことにでも関わっているんじゃないかって、私は践んだ。
「そ、それは機密事項よ!」
コーリン様は突然激昂し、私は思わず身を竦める。すると、スイコ様は優しくコーリン様を宥めるように言った。
「いいじゃない。話してあげましょう」
「でも!」
「仮にも、アイチはここの人達の親族であったのよ?…話すべきだわ」
そう言って、スイコ様は淡々と話し始めた。
要約すると、アイチは『カミサマ』に相当気に入られたようで、『カミサマ』にとても愛されていた。それはもう、アイチを外にも出さず、すっと自分の隣へと置くくらいに。そんなときに、魔界の皇族悪魔と会談を交わしてから少し月日が経ってから忽然と、『カミサマ』が目をはなしていた隙にかアイチは消えてしまったのだという。それから、『カミサマ』はすっかりお怒りになり、原因は魔界にあると考えたそうなのである。『カミサマ』は魔界に行ったけれど、魔界の皇族悪魔は何もしていないと主張している。しかも、今度は悪魔側が、我々の王子を攫ったのはお前ではないのかと疑ってきた。何でも、皇族悪魔側では、悪魔皇族でも第一王位継承者である者も、天界と会談を交わして数日後に忽然と姿を消し、魔界でも騒然となっているそうなのだ。当然『カミサマ』はそんなこと知らない。そんなことがあり、今や魔界と天界が戦場になろうとしているのである。
だからこそ、『カミサマ』は一刻も早くアイチを捜し出すと言って止まず、彼女達が駆り出されているようなのである。
「これだけ捜しても見つからないだなんて…」
「でもでもぉ!魔界に天使は住めないから、天界しかないとおもうんだけどなー」
レッカ様は無邪気そうな笑みを浮かべて言った。
でもそう考えたら、魔界でいなくなったっていう王子も、天界には行けないから魔界にまだいると考えた方が妥当だと思うんだけれど…。
「魔界の皇族はそんなこととっくに気付いているわ。でも、今は『カミサマ』が躍起になっているから、結局戦争になっちゃうの。まあ、『カミサマ』が一方的に責め立てているだけなのだけれどね」
コーリン様が私の心中を見抜いたように、返事をした。すると、レッカ様がこっそりと言った。
「コーリンは相手の心中を見抜く目を持ってるの。だから、なんでもお見通し☆」
なるほど、だからか。
私は納得したあと、もう一度考えてみる。
天界にもいない、魔界にもいない。それではもう、
「人間界しかない…」
「何言ってるの?!」
コーリン様が再び叫ぶ。
でも、無理はない。人間界は、悪魔と天使が魔界と天界の狭間を除いた、唯一二つの世界の者が干渉できる世界だけれど、人間界は障気が溜まっていて、とても天使が長居できるところではないのだ。悪魔は別かもしれないが。
「そもそも人間界へ天使が干渉したら、すぐに『カミサマ』が察するわ。だから、それはないと思うのだけれど…」
「でも!」
そんなときだった。
『いえ、もしかしたらありえるかもしれません』
凛とした高めのテノールが、部屋に響いた。その声は正しく、『カミサマ』だった。
私は突然のことに目を見開き、辺りを見回す。私達以外に誰もいない。それなのに、部屋にはっきりと聞こえ、部屋に響いた。
『あの忌々しい悪魔族共なら、僕の目を欺くなど容易いでしょう。アイチちゃんをこれだけ捜してもいないのならば、その可能性が高いです』
考え込むように言う『カミサマ』に、私は思わず息を吸い込んだ。
「私に行かせてください!」
「え、エミ?」
皆は戸惑いの眼差しで私を見る。それでも気にならなかった。だって、だって、姉のアイチを捜せるのは、きっと私だけ。そう、確信した。
『おや、君がですか?』
『カミサマ』が不思議そうに言う。そして、そうですか、と感情を全く感じさせない声音を発せられた。
『いいでしょう』
「宜しいのですか?」
『いいです。アイチちゃんが側にいてくれるなら』
『カミサマ』の声音に、一瞬『カミサマ』は笑っているように思えた。そして、それはまるで狂愛じみているようで、少し怖い。
『それでは、今から人間界に送ります。安心して下さい、僕の加護で君の安全は保障しますから』
そう言い終えた同時に、自分の身体が光に包まれる。私は思わず目を見開く。
___まさか、本当に今?
「エミ!」
お母さんの叫び声が聞こえる。私が手を伸ばした時には、もう私の視界は真っ白だった。
『早くしてくださいね?』
そんな『カミサマ』の急かす声が、最後に響いて。
***
こつこつこつと、男の足音が屋敷に響く。
男は無表情に、ただ屋敷の廊下を歩いていた。そして、とある扉の前で立ち止まると、重々しく扉を開いた。
「櫂くん!」
男が扉を開いた途端に、少女の甘える声が男の耳に入った。
少女はそのまま男に抱きつき、男の胸板に頬ずりをする。
「おかえりなさい」
「あぁ」
男は少女を抱き締め、頭を撫でる。少女は嬉しそうに、無邪気な微笑みを浮かべた。
この男の名前は、櫂と言う。悪魔では珍しい漢字を使った名前。前文の通り、彼は悪魔である。それも、前までは悪魔の王位継承者だった男だ。
そしてこの少女の名はアイチという。櫂に出逢うまで、『カミサマ』に愛玩人形の如く可愛がられていた、『カミサマ』の重い愛を一身に受けていた天使である。
本来なら相容れない二人だったが、唯一邂逅する場面があった。
そう、魔界と天界の会談だ。
あのとき、櫂も参加していた。そして、『カミサマ』の付き添いとしてアイチもいたのだ。
そのときから、もう櫂は恋というものに墜ちていたのかもしれない。無論、アイチも。
だからこそ、アイチは選んだのだろう。
自分の魂を売る相手__櫂を。
天界と魔界の狭間の中で、アイチは櫂に接触していた。
『…悪魔、さん?』
『なんだ、「カミ」の付き添い』
『君は、僕の望みを叶えてくれる?』
そのときは、本当にびっくりした。まさか、天使が悪魔に頼み事をするだなんて思わなかったのだ。
天使の魂は、極上モノだ。そして、櫂はアイチにどことなく惹かれていた。だからこそ、できるでけ妖しい笑みを浮かべ、悪魔らしくアイチに問うた。
『ほう。天使がこの俺に頼み事か。いいだろう、一体何を望む』
悪魔は願いを叶える代わりに、相手の魂を貰う。そういうルールだ。天使にだって、そんな知識はあるはず。だからこそ、そんな天使が何を望むのかが知りたかった。
『僕の魂を、君のモノにして』
その願いに、櫂は本当に、言葉を失った。
そしてその結果がこれだ。
櫂は結局承諾し、アイチの魂を手に入れた。つまり、アイチから天使という階級を奪い、自分だけのモノにしたのである。
アイチから事情を聞けば、それはとんでもなかった。
『カミサマ』に娶られたアイチだったが、外にも出して貰えず、逃げようとすればまるで罪人のように容赦なく足枷を嵌められたという。
狂いに狂った、愛だった。
解放されたかった。自由がほしかった。『カミサマ』から、逃げたかった。
そう吐露する彼女に、櫂は本当の意味で惹かれていった。
まだ櫂が承諾に戸惑っていた、ほんの少しの月日の逢瀬での時であったけれど、アイチの少しずつ洩らしていく心の叫びは、確かに櫂の心を解かしていた。
アイチも、それは同じだった。何故、一体どうして悪魔なんかに魂を売ろうとしていたのか分からない。もしかしたら、魔が差したのかもしれない。
だれど、逢っているうちに櫂がどうしても愛しく感じて。
ずっと『カミサマ』の言うとおりにしてきた。けれど、限界だった。
もしかしたら、この辛さを押し付けたかっただけなのかもしれない。
それでも、ほんの少しの逢瀬でも自分を大事にしてくれる櫂のことが、好きになっていって。
恋してはいけない。それを知りながら、悪魔にアイチは恋をしたのだ。
愛すべきは、『カミサマ』であったというのに。
もう天使の階級は存在しないアイチを、櫂は人間界へと連れ出してくれた。
もう誰にも渡さないと、妖しい笑みを浮かべていたけれど、アイチには櫂がそれでいいならと思っていたからこそ、もう天界のことなどどうでもよかった。
もしかしたら、もう『カミサマ』のそばにいたことで、アイチの心はとっくに壊れていたのかもしれない。だからこその行動で、だからこその運命であったのかもしれない。
だが、二人はそれでも構わない。二人がそのまま共にいられるならば、それで構いやしないのだから。
悪魔と天使は、その背徳感に酔いしれながら、キスを交わした。
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