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さくら色のタクティックス 前編


辺鄙な郊外に佇む一軒のBAR。
知る人ぞ知る、というよりは知らないと来れないこの店は、もっぱら人に見られたら困る人達が集う場所だ。カウンターでも少し死角の多いテーブル席でも、見るからに訳ありな組み合わせの人たちが楽しそうに雑談を交わしていた。

お酒も入り、人目も気にしなくて良い空間。
だからこそ、情報屋をしている私にはうってつけの隠れ蓑なのだ。

マスターと一緒にカクテルを作ったりお客様と雑談をしながらも、店のあちらこちらに耳を澄ませる。もっとも、ターゲットとなる人物の席にはこっそり録音できるタイプの盗聴器を取り付けてあるのだけど。


「さくらちゃ〜ん!キミのおすすめを今日も頼むよ〜」
「畏まりました。少し軽めのものにしておきますね」


目の前の酔っ払いにも笑顔で対応できるのも、酔っ払いだからこそもたらしてくれる情報があるからこそ。今回のターゲットは簡単に情報を入手できそうなので、今日はもう他の情報収集に徹してもいいだろう。
口当たりはよいが実はアルコール度数の高いカクテルをその男の前に差し出しながら、他愛も無い話をするかのように探りを入れる。

私が今知りたいのは、この界隈で最近よく名を聞く様になった『安室透』と言う男について。最初に探ってみたのは暇だったから何となく、というだけで理由はなかった。
表向きは喫茶店でバイトをしながら毛利探偵事務所で助手みたいなことをしているらしいが、それだけでウチに名は届かない。組織に属する情報屋の一人なのだろうということまではわかっているのだが・・・それにしては不自然な点が多すぎるし、バックがでかすぎるのだ。

だが、隠されると暴きたくなるのが情報屋の性ってやつですよね。


「前に奥様がハマっちゃって困ってるって言ってた喫茶店のイケメン店員さん、私も会いに行っちゃいました」
「え〜さくらちゃんまで〜?所詮、男は見た目かよー」
「ふふ、綺麗は正義ですよ。確かにカッコよくてきれいな金髪が似合う方でしたね」


俺も金髪にしようかなんて言って髪を触る男性にそのままでも素敵ですとお世辞を述べ、金髪だと目立っちゃうから悪さできませんよ、なんて言ってやれば機嫌も悪くなることなく会話が続く。
お酒が入ると軽口になるこの男性は、これまた酔うと記憶が曖昧になるという素敵な癖もお持ちなので重宝しているのだ。
しかも不動産の営業をやっているから街の情報にも詳しいし、外回りも多いから今までにも何度もターゲットの目撃情報を頂いている。

今も愚痴の様にあの男は口が上手いとか、女になれてるとか、どんな車に乗ってるとか情報を流し続けてくれている彼に、お礼代わりに彼のお気に入りである『さくら』ちゃんとして甘い笑顔を向けた。





「おや?あなたは・・・」
「あ、こんばんは。もしかしてこのお車って安室さんのだったりしますか?」


先日入手した情報通り、安室透がポアロに入っている時は必ず停まっているという車の前で待ち伏せれば、仕事終わりなのにさわやかな笑顔を貼り付けて現れた彼に、すかさず困った顔で話し掛ける。
ポアロには何度か通い、顔を認識してもらえる程度にはなっている為、彼もすぐ私が分かったようだ。


「実は電話に出た拍子にイヤリングが外れてしまい、こちらの車の下へ飛んでしまったみたいで・・・」


スカートを抑えながら覗き込めば、車体の下できらりと光るのは私がわざと投げ入れたイヤリングの片方。
同じようにしゃがみ込んだ安室もイヤリングを認識し、体を這いつくばらせて腕を伸ばした。


「取れましたよ。届く位置で良かったですね」
「すみません、ありがとうございます。ちょっとこの服で這いつくばるのに抵抗を感じてしまって困っていたんです」


見るからにお出かけ着だとわかる装いで、しかも白色となればこの言い訳も納得して貰えるだろう。もっとも、今までにもそれとなく怪しい雰囲気を出しているので、これがワザとだと気づいている可能性も高いけど。
むしろそう思ってもらった方が都合がいい。


「気に入っていた物なので本当に助かりました。良かったらお礼にご飯でもご一緒しませんか?奢らせて下さい」
「いえいえ、お構いなく。大した事はしていませんので」
「実はさっき約束をキャンセルされたところなので。付き合って頂けると嬉しいな〜と思いまして。安室さんとじっくりお話ししてみたいと思っていましたし」


ダメですか?と問うその顔は、安室に好意を寄せている女性が見せるような微笑ましいものではなく、しっかりと目を見つめたまま口角を上げる作り笑い。
すぐに「そうですか」と納得したようなセリフと共に返された私と同じような笑顔は駆け引き開始の合図。


「僕なんかでお相手が務まれば喜んで」
「安室さんがいいんです。ちょっと気になっていましたから」
「ホー、それは光栄です。だからと言ってあんなわかりやすいところに発信機なんて付けたらだめですよ、さくらさん・・いえ、山崎茜さん」
「ふふ、わざとですよ。偽物の探偵さん」


互いに貼り付けた笑顔を崩すことなく向き合う姿は、はたから見たら仲が良さそうに見えるだろうか。しばらく視線を交わした後、自然と安室の車でいく流れとなり、私の決めた一流ホテルのレストランへと車を走らせてもらう。

情報屋になったのは知らない事を知るのが好きだから。だけど、それだけならただの趣味で終わればいい。情報屋の最大の魅力である駆け引きとスリル。それは格別なスパイスとなり、一流ホテルの料理をさらに楽しませてくれる。安室透はどうやら上級のスパイスの様で、その似非の優しさに隠し切れない圧が心地よい。
客からの依頼でもなければ、仕事を取られるようなライバルでもない。それなのにこんなにも安室透という男を知りたいと思うほどの深い謎に高揚すら覚えるこの状況は、思っていた以上に楽しめる時間の様だ。
仮面を剥がした彼はいったいどんな人なのだろうか。
先程からワインをかなり勧めているが酔っぱらった様には見受けられない。お酒に強いだけじゃなく、こういった状況になれているのだろう。それでもアルコールが入っていることには変わりがないし、彼もこのスリルを存分に感じてくれているだろう。

だからこそ、この後の流れも自然なものなのかもしれない。

お互い好きだ嫌いだの恋愛感情じゃなく、熱っぽい視線を絡ませる。
私がどれほどの情報を握っているのか知りたい彼と、彼のすべてを知りたい私。
残りのワインを二人して一気に飲み干し、あらかじめ予約しておいたこのホテルのルームキーを彼に渡す。


「いけない人ですね、貴方は」
「それはお互い様です」


手を繋ぐでも腕を組むでもなく、少し開いた空間が私には丁度いい距離感。これからその距離をどうやって失くしていくのか。
いま互いの思考の大半を占めているのはこれまでに積み上げてきた実績と経験による、これからの手段。

ピッと電子音が鳴り、解錠を知らせる。
こうして、長くなりそうな夜の始まりを告げる部屋の扉が開かれた。


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*注* 次の話は性描写を含みます。



互いに駆け引きし合うの好きなんですーー!責められるより責めたい!!けど、相手が受け身も嫌!!という私の性癖詰め込んだやつです(笑)
愛されるのが好きな方にはお勧めできませんが、こんなのもアリだと思って頂けると幸いです。
write by 朋



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