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風なびく夜空で

少し肌寒い夜の潮風を全身で浴びる。
海沿いの公園は絶好のデートスポットなのだろう。来るたびに沢山のカップルが肩を並べている姿を見ることができる。
それを羨ましいと思わないのは、自分もすぐにその一員になれるから。


「もうすぐかな〜」


職場近くのこの公園を待ち合わせ場所にしたのは付き合って間もなくの事。あれからいくつもの季節を廻ったのにデートの待ち合わせでソワソワしてしまう気持ちは直らない様だ。
なんなら朝から楽しみにしていたから、仕事だっていつもより真面目に取り組んでさっさと定時で上がってくるほどだ。早く終わったって待ち合わせの時間は変わらないというのに。
何度もスマホを確認し、その度に『もうすぐ着く』の連絡からまだ数分しか経過していない事に笑いそうになってしまう。
付き合いたての初々しいカップルでもないのに。何時まで経っても落ち着かないのは忙しい彼とのデートは貴重な時間だからだろうか。

賑わうカップルの中に彼の姿がないかと視線を彷徨わせていたら、何度か見た事のある白色のベンツがすぐ近くの路肩に停車した。車に詳しい方ではないが、そこら辺でホイホイ見るほど手軽な車じゃない事はわかる。
そんなベンツの後部座席から出てきたのは予想通り彼で、高い背をかがめて運転席の方へ何か言ってからドアを閉めるだけで絵になるな〜なんて傍観してしまった。
私の姿を見つけても慌てることなく歩いてくる彼に、小さく手でも振ろうかと右手を上げた時だった。


「シュウ!!明日遅れないでよね!!」


助手席の窓が開いて、女性の声が彼の名を呼ぶ。
今までも何度か聞いたことのある声。見た事のある顔。人伝に聞いた彼の元カノだというジョディさん。
明日の約束が仕事の事で、個人的なモノでもなければ、ましてデートの約束じゃないことくらいわかっているのに心がざわつく。
彼女の声に呼ばれた本人は振り返る事なく片手を上げるだけだったが、そんな反応すら想定内だったのか彼女の視線は秀一さんではなく、私へと向けられていた。
その眼が睨んでいるように見えるのは被害妄想なのかもしれないけど。
仕事で彼と一緒にいる機会の多い元カノさんが、いまだに秀一さんを好きでいる可能性は十分にあるだろう。だけど、秀一さんはあなたではなく、私を選んでくれたんだ。私を好きだと言ってくれたんだ。
そんな意思を込めてジョディさんを見つめ返したが、言葉を交わすわけでもないので伝わったのかは判断できなかった。


「どうした?」


怖い顔でもしていたのか、近くまで来た秀一さんが不思議そうに私の顔色をうかがう。
せっかくのデートだというのに、先程までの浮かれ気分はどこへやら。無理やり作った笑顔で「なんでもない」と言おうとした視界の端でベンツが静かに立ち去って行くのを見てしまい、努力も空しく笑顔が消える。


「彼らがどうかしたか?」
「・・なんでもなく・・はないけど。うん、いいです」


私の視線がベンツを追っていたのを感じ取ってしまう秀一さんに「なんでもない」なんて嘘は通用しないだろう。だからといってこの醜い嫉妬を曝け出してしまうのは憚られる。
元カノに嫉妬していますなんて、なんて子供じみているのだろうかと。それに、ただの仕事仲間だと言っている秀一さんを信用していないみたいだ。
そう思うのに、この醜い感情を抱かずにはいられない。


「ちょっとしたら復活できるから…少し待って」


脳内から必死に金髪の彼女の姿を追い出し、秀一さんとの楽しかった日々を思い起こす。ほら、私はこんなにも秀一さんに愛されているじゃないか。まるでそうやって言い聞かせでもしているかのように記憶を辿っては、心を満たした。

そんな私を秀一さんはどうみていたのだろうか。


「はぁ〜、なるほどな」


ワザとらしいほど大きなため息をついて、おもむろにタバコに火を点けた。
秀一さんの声と、鼻に届くマッチの独特の香りに誘われるように顔を上げれば、呆れているだろうという私の予想に反して、とても優しい目を向けられていた。


「ったく、めんどくさい女だな」


そう言いながらもその顔は穏やかで、ついでに頭に乗せられたその手の温かさが優しく染み渡る。
勘のいい彼の事だ、きっとジョディさんに対してのこの気持ちに気付いているのだろう。それでも優しい言葉で繕わないのが秀一さんらしい。
お前だけだとか、私が一番だとか、言葉で安心させるすべなんていくらでもあるのにね。


「めんどくさい男を愛してしまったので」
「それもそうだな」
「あははっ!納得しちゃうんだ」


完全に割り切れている訳では無いけれど。それでもせっかくのデートなんだからこんな感情にいつまでも邪魔されたくはない。
一度大きく息を吸い、色々なものを掃きだす様に息を吐ききってから、勢いよく目の前の彼へと抱き着いた。


「復活!ありがとね、秀一さん」
「そうか、ならば行くか」


先程まで優しく乗っていたはずの秀一さんの手に力が籠められ、抱擁の余韻なんて感じる暇もないほどべりっと音がしそうな勢いで剥がされる。
公衆の面前だったし、立ち直るまで待ってもらっていたのだから文句も言えないけど、出来ればもう少し優しく扱って頂きたいものだ。
わざと頬を膨らませる私を見ても鼻で笑うだけで、タバコの火を消してさっさと歩きだしてしまう秀一さんの背中に自然と頬が緩む。

だって私は知っているから。
いつもぶっきら棒に見えて、秀一さんの左腕が身体から少し離して腕が組みやすいようにしてある事を。

離れてしまった秀一さんを走って追いかけ、勢いそのままに腕に飛びつく。お前は子供か、なんて笑われたって幸せを感じてしまうのだから、やっぱり私は普段から秀一さんの愛をちゃんと感じているのだろう。


「やっぱり私、秀一さんがかなり好きみたい。秀一さんは?」
「さぁ、どうだろうな」
「ズルい。言ってくれないとは思ったけど」


いい大人が何て子供っぽいやり取りをしているんだと、知り合いが見たら笑うだろうな。

私はジョディさんが知っている昔の秀一さんを知らない。色々あったという日本に来た理由も知らない。仕事中の秀一さんもしらない。
だけど、こうやってバカに付き合ってくれる秀一さんは知ってる。私の歩幅に合わせて歩いてくれる優しさも知ってる。愛情表現が不器用なのも知ってる。
それならばいいじゃないか。

海から吹き付ける風がより一層強く吹き、反射的に秀一さんの腕へと強くしがみつく。北風と太陽の効果なら、確実に恋人向きなのは北風だろうな。


「・・・嫌いなわけないだろ」


風の音が周りの騒音をかき消す中、秀一さんが何かを言ったような気がした。何て言ったのか聞き取れなくて聞き返してみたけれど、秀一さんは「いや、なんでもない」としか答えてくれなかった。


「ところで茜、髪がかなりすごい事になっているが?それでディナーに行くつもりか?」
「え!?ウソ!!今の風かな!?」
「だろうな。まぁ俺はそれでもかまわんが」


見ている分には面白いなんて喉を鳴らして笑う秀一さんは、そんなことを言いながらも海風から守る様に盾になってくれている。
本当に素直じゃない優しさなんだから。
手櫛で簡単に髪を直し、再び並んで歩きだす。
こんな穏やかな日々がこれからも続いていくことを夜空に輝く星に願いながら。

write by 朋



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