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静かな部屋の中に私の溜息が落ちる。一体、今日何度目の溜息だろうか。そんなどうでもいい事を考えてしまうくらいには、目の前の問題から逃げ出したい。

目の前には普段買うことのない週刊誌。開かれているページには彼氏である一也が局のアナウンサーらしき女性と一緒に映っている姿。その横には大々的な熱愛発覚の文字と通い愛!?なんてふざけたタイトルがつけられていて、目に入る度に溜息が漏れた。

別に、これが初めてなわけじゃない。
一也と私は所謂幼馴染という関係で、小さい頃からずっと一緒に居た。いつしかその関係は恋人というものに名前を変えたけれど、それに伴って複雑な心境になる事も増えていった。

高校の時はまだ良かったんだ。部活漬けの毎日で、私以外の女子と接する時間を捻出する暇が無かったから。でも、高校を卒業してプロ入り。育成や二軍を経て一軍合流。この辺りから段々と一也の事を周りが放っておかなくなった。

実力に加えて、あの容姿。野球界を賑わすには充分で、特に女性人気は右肩上がり。今や野球選手までもがこういったスクープをすっぱ抜かれる時代になったのか、それとも一也が特別なのか。それは分からないけれど、溜息だけで済ませられるようになってしまうくらいには慣れてしまったのだ。

嫉妬心が湧かないといったら、それは嘘になる。モヤモヤと渦巻くこの感情に名前を付けるなら間違いなく嫉妬だし、写真に映る一也の腕に馴れ馴れしく触れている女性アナウンサーの事は今まで何とも思っていなかったのに、これからはテレビに映る度にチャンネルを変えてしまうだろう程の嫌悪感を抱いている。

もちろん、こんな記事を信じているわけじゃない。火のないところに煙は立たぬというけれど、無理矢理火を立てられて煙を出しているようなものなのだ。と、以前一也が言っていたのを思い出す。ここまで大々的なのは初めてだけど、今まで噂程度のものなら何度だってあった。

一也の気持ちを疑っているわけじゃない。一也への気持ちが薄れたわけでもない。
それでも、こんなに綺麗な女性が日常的に一也の傍にいるのかと思えば、嫉妬心の他にやってくるのは喪失感。元々自分に自信なんてそうないから。
華々しい日々を送っている一也とは違って、ごく一般的なルートを歩んでいる私は容姿だって頭脳だって別段秀でている訳ではない。
となると、一也の傍にいるのに相応しくないんじゃないかって。いつしかそう思い始めるようになってしまったのだ。


「・・・捨てよ」


バシン、と勢いよく雑誌を閉じると積み重なっている雑誌の一番上へと投げるように置いた。
こんな不安な気持ちも一也に会って直接「気にするな」って言ってくれるだけで払拭されるのに。プロ野球選手というのは存外忙しいようで、各地の移動だったり練習だったりと会う時間もままならないのが現状だ。

はぁっ、ともう一度深い溜息を吐いたところで、微かに振動するスマホに気付く。
ポケットに入れていたそれを取り出してディスプレイを確認すれば、相手は今まさに脳内を占めていた彼からで。一瞬だけ電話に出るのを躊躇してしまった。


「もしもし」
『よぉ、今平気か?』
「大丈夫だよ。珍しいね、電話してくるなんて」
『いや、まぁ・・・アレ、見たかと思ってさ」


アレ、とはさっき私が投げた週刊誌の事で間違いないだろう。もう一度視線だけでそれを見てから、電話の向こうの一也に気付かれないように浅く息を吐く。


「見たよ。でも、何もないんでしょ?」
『そうだけど。何か聞きたい事とかねぇの?』
「何もないなら、それでいいよ」
『葵がいいならいいけど・・・』


物分かりが良すぎるのも考え物だな。一也がポツリと落とした言葉に心臓が痛みを訴える。
だって、他に何て言えばいいかなんて分からない。泣く時期も、責める時期もとうに過ぎてしまった。

ここで泣いたところで一也を困らせるだけでしょう?それが分かっているから呑みこんだ言葉だってあるのに。一緒に過ごしてきた年月があまりにも長すぎて、お互いの事を分かり過ぎてしまっているからこそ擦れ違ってしまう。
なんで、上手くいかないのかなぁ。


「一也、今日も試合でしょ?」
『ん?あぁ、中継するんだっけ?』
「うん。テレビ欄に載ってた」
『ふーん・・・・・・じゃあ、見とけよ』


何か話題を変えようと出したのはやっぱり野球の事しかなかったけれど、何か考え込むように沈黙した一也がその後に続けた言葉は、見とけよ。なんて言う珍しいものだったから少し驚いた。
言われなくても見るんだけど、そう言われたら絶対に見逃せない気になってしまう。


「分かった、見るよ。昨日負けてるし今日は勝ってね」
『はっは、了解。気合い入れるわ』


思っていたよりも和やかな雰囲気で通話を終えれた事に、今度は安堵の溜息を吐く。今日はナイターだから、テレビで中継が始まるまでにはまだまだ時間がある。
集中して見れるように、色々とやらなければいけない事を済ましてしまおう。そう考えて重い腰を上げた。



◇ ◇ ◇



「三振っ、見逃しー!」

実況のやけに熱い声がテレビから漏れた時、無意識に込めていた力を抜く。
今日の試合は心臓に悪い。ゼロ行進が続いているせいで試合展開も早いから、もしかしたら一点が勝負になってくるかもしれないと思うと、尚更手に汗を握ってしまう。

あっという間にもう9回裏。このまま延長になるか、サヨナラか。
一人目の打者は早々にフライに打ち取られてしまって、次にバッターボックスに立ったのは一也だった。
一也がプロ入りするまでは横目で何となく見るくらいだった野球中継なのに、今では画面にかじりついて息をするのも忘れるくらい真剣に見てしまう。
「がんばれ」届かない声援を画面に映る一也に向けて送り、祈るように両手を組んだ。

一球、また一球とボールが放たれて。狙ったように一也がバットを振りぬいた時、ワッとスタンドが湧いたのがテレビ越しからでも分かり、実況の興奮したような声が聞こえる。カメラは白球を追い、それがスタンドへ入った時に歓声はより一層凄いものとなった。


「やった!」


無意識の内に力が入っていた手を解いて、ホームを一周した一也が興奮冷めやらぬ状態の仲間に迎えられているのを眺める。このままいけば、今日のヒーローインタビューは間違いなく一也だろう。
今日は早く進んだ試合だけど、まだ中継の時間が残っているか時計を確認すればギリギリといったところだったが、迷わず手元のリモコンで録画ボタンを押した。

暫くするとリポーターの姿とお立ち台に立った一也の姿が映し出される。珍しく嬉しそうに笑っていて、そんな一也を見ていると私まで口元が緩んでしまった。
私の前でも滅多にこんな嬉しそうな顔、しないのになぁ。なんて考えても仕方の無い事を思う私を余所にリポーターが話し出したのを見て表情を引き締めた。


『本日のヒーローインタビューは、見事9回裏にサヨナラホームランを放った御幸選手です!改めまして、おめでとうございます!最後のホームラン凄かったですね!』
「ありがとうございます。思いっきり打った結果がホームランだったので、良かったです」
『何だか凄い気迫を感じたんですが、どんな気持ちでバッターボックスに入ったんでしょうか』
「あー・・・いつもは次に繋げるバッティングを心掛けてるんですけど、今日はどうしても打ちたかったので思いっきり振ろうと思いました」
『それはやはりチームの連敗を食い止めたい、という事でしょうか?』
「もちろんそれもあるんですけど・・・」


マイクを通しているせいで若干聞こえづらいところはあるが、リポーターの問いかけに対してハキハキと答えていく一也。球場にでも行かない限り滅多に見られないヒーローインタビューをこうして録画出来るなんてラッキーだったな。でも一也に見つかると消されそうだし後でDVDにでもうつしておこうか。


「この場を借りて申し訳ありませんが、今日打てたら言おうと思っていた事が有りまして・・・」


空のDVDを探そうと腰を上げたが、畏まったような一也の言葉に動きを止めてもう一度テレビを見れば、アップにされた一也と画面越しに視線が合った。


「色々と不安にさせてると思うけど、俺の隣にいて欲しいのは昔からお前だけだから。今も、これからもずっと」


そこまで言って一呼吸置いたように見えた一也だが、それで終わりでは無かったようで。だから、と静かに続けた一也は


「葵、結婚しよーぜ」


腰が抜けそうになる程の爆弾発言をすると、何事も無かったかのようにお立ち台を降りていく。

その後の球場が揺れてしまうような歓声も、興奮したリポーターの声も私はどこか遠くに聞こえて。中継が終わり、ニュース番組になっても暫く放心状態でいた。

呆けたままリモコンを手にして、今しがた録画したものを再生すると、やはり私宛に送られた「結婚しよう」の言葉。
漸く一也の言葉を受け入れられた瞬間、ぼろぼろと堰を切ったように涙が溢れ出してくる。

ずっと、自分に自信なんてなかった。付き合いの長さから他の誰よりも一也の事を理解しているつもりでいたけれど、それすらも曖昧になっているんじゃないかって。
この先にはもしかしたら別れだってあるかもしれない。そんな後ろ向きな事だって考えていたのに。まさか、結婚だなんて。

一也がこの先も二人でいることを考えてくれていた、という事がこんなにも嬉しくて、嬉しすぎて溢れた涙が止まらない。
ティッシュを数枚掴んで涙を拭くけれど、昂った感情は中々治まる事はなく暫く涙が止まらなかった。

どのくらい、そうしていたんだろうか。泣きすぎたせいで頭がボーッとしていて、チャンネルをそのままにしていたテレビがドラマ、バラエティと時刻通りに映し出すのをただ眺めていたが、ガチャリと鍵を開ける音を耳が拾った瞬間、勢い良く玄関まで駆け出した。

だって、この部屋の鍵を持っている人は私の他に一人しか居ない。


「うわ、スゲー顔。ブサイクになってんぞ」


ドアから顔を出した一也を迎えたが、開口一番に笑いながら貶すあたり本当性格が悪い。いつもなら怒るところだけど、今はそれすらも涙を誘う言葉にしかならなくて、また一筋頬を伝い落ちていく。

そんな私を見て呆れたように笑うと、親指でやや乱暴に涙を拭う。泣きすぎて熱を持った頬は、いつも温もりを与えてくれる一也の掌さえも冷たく感じて気持ちがいい。


「返事、聞きに来たんだけど?」
「うぅ、一也ぁ」
「はいはい。ちゃんと葵も言えよ」


想いが溢れてしまい、一也の胸の中に飛び込んだ私を受け止めると、あやすようにゆっくりと頭を撫でつけられる。逞しいこの腕の中は、私が一番安心できる場所で。それはこれからもきっと、ずっと変わらない。


「・・・したい。一也と、結婚したい、です」


改めて口にするとなると若干の緊張があって、何故か敬語になってしまったけれど。私のたどたどしい言葉を聞いた一也はヒーローインタビューの時みたいな、嬉しそうな満面の笑みを浮かべて、ゆっくりと触れるだけのキスを落としてくれた。


それがまるで誓いのキスのように思えた――なんて言ったら、また貴方は笑うだろうか。




舞花様、こんにちは。この度はリクエストありがとうございました。
プロ御幸と幼馴染彼女、別れの危機からの公開プロポーズ。というリクエストでしたがいかがでしたでしょうか。

私はもう妄想が止まらなくて、楽しすぎて一気に書ききってしまいました(笑)
公開プロポーズ最高すぎますね!大好きですこういうの!そこに至るまでが長すぎた気もするので申し訳ないですが。。
あと切甘になっているかが謎です・・・すみません。

当サイトではダイヤあまり人気ないのかな、と不安だったところもあって、こうして御幸のリクエスト頂けてとても嬉しかったです。
マイペースなサイトではありますが、これからも色々なお話を書いていきたいと思っていますので、是非またお越し下さいませ!
write by 神無


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