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肌を刺すような寒さの中、大きく息を吸って細く吐き出した。
この空気、久しぶり。目の前にある東京体育館はやはりどこか雰囲気が違っていて、冬の空気と同じようにピリッと研ぎ澄まされたようなものを纏っている気がする。
まぁ、今ここで熾烈な試合が行われているのだからこの空気感は何ら不思議ではないのだけれど。

久しぶりのこの場所は前回と同じく稲荷崎の応援のために来た。朝早かったせいもあってバスの中では微睡んでしまっていたけれど、会場を目の前にしてこの空気に触れれば嘘のようにパチリと目が冴える。

少し見て回りたいから先に席取ってて、と友達に伝えたのは建前で、本音は侑のファンと一緒にいたくなかったから。応援バスが学校から出るけど、その中からうちわ持ってキャアキャア騒いで、本当迷惑。
侑、そういうの嫌いだよ。って伝えてやりたいくらい。いや、そう思うだけで実際は言わないけどね。

応援席に居たってファンの女の子達相手にずっとモヤモヤするのは分かっていたからこうして時間まで外をうろついているんだけど、行き交う様々なユニフォームを着た選手たちの面持ちは緊張感を含んでいて暢気な気分でいるのは躊躇われる。

やっぱりどこか違うところで時間を潰そうかな。あ、入口にいた大きいマスコットキャラクターまだ写真撮ってなかったかも。
そう思って会場の方へ踵を返した時、全身真っ黒なジャージが視界に入って、そこで視線を留めた。
キョロキョロと周りを見渡しているその仕草は明らかに誰か探しているもので。チームジャージを着ていて、尚且つ一人となれば探しているのはチームメイトだろう。


「あの・・・」
「っス」


話しかけてみれば、ピンと背筋を伸ばして向き直る。その姿は体育会系そのものを表しているみたいで、思わず笑いそうになったのをグッと堪えた。
だって、侑も治も・・・稲高バレー部はそんな反応見せないから。今どきこういう人も居るんだって思って。


「そのジャージの人たち、あっちの方で見かけたよ」
「あっち、スか?」
「うん。ここ真っ直ぐいけば分かると思う」
「アザッス」


ペコリと律儀に頭を下げてくれた彼に私も軽く頭を下げる。
こうして話したのも何かの縁かと思って何処の高校か聞いてみたら「烏野高校の影山っス」と端的な自己紹介を受けて愕然とした。


「烏野って・・・次の対戦相手だ」


稲荷崎戦が終わったら影山くんの高校でも応援しようかと思ったけど、どうやらそれは無理らしい。にしても影山ってどこかで聞いたことある・・・影山、影山・・・。


「あー!影山くん!侑とユースで一緒だった影山飛雄くん!?」
「侑・・・宮さんスか?」
「そうそう!へぇー、キミが"飛雄くん"かぁ」


侑が面白いヤツ、と言っていた彼。侑の機嫌が良かったところを見ると、相当上手いんだろうか。パッと見では強そうなオーラが出てるとかでもなく普通の高校生なんだけど。
そういえば一年生って言ってたっけ?でも身長のせいか全く一年生に見えないな。

考え事をしていたせいか余りにも彼の事を見すぎてしまっていたらしく、不思議そうに首を傾げる影山くんに気づいて慌てて笑顔を取り繕った。


「引き止めてごめん。がんばってね」
「ッス」


がんばっても、勝つのは稲高だけどね。なんて、そんな意地の悪い事を胸の中で付けたしたとも知らずに、影山くんはまた頭を下げて私が示した方へと走っていった。

その姿が小さくなるのを眺めながら、当初の目的を思い出して足の向きを変える。写真を撮ったらそろそろ応援席に戻ろうかな。友達も大分待たせてしまっている事だし。
心持ちやや早足で向かえば、ちょうどキャラクターの陰になっているところに見慣れた双子の姿が見えて、首を傾げた。
どうしてこんなところにいるんだろう?もう着替える時間なのでは、と不思議に思うけれど、試合前にこうして会えたのは少し嬉しい。
早足は小走りとなり二人に近寄っていく速度を速めるが、それも二人の表情が窺えるくらい近くに行くまでだった。

侑の表情を見た途端、このまま回れ右をして会場へ逃げてしまいたい気持ちになる。だって、明らかに不機嫌を露にして近寄り難い雰囲気を出している侑。隣に立つ治はやや呆れたような顔をしていて、嫌な予感しかしなかったから。


「二人とも、こんなところでどうしたの?」


重い足取りで二人の前まで進んで問いかけてみるけど、返答はなし。
私、何かしたっけ?でも今日会うのはこれが初めてだし、あとはメールくらいしかしていない。一体何に怒っているというんだろう。考えてみてもさっぱりわからなくて、視線だけで治に助けを求めてみても溜息が返ってくるだけで答えにはなっていない。


「先行っとるわ」


挙句の果てに、助けてくれるどころかこの場から去ろうとする治を慌てて引き止めようとしたけれど「遅れると北さんに絞られるで」と、侑に声を掛けながら通りすがりに肩をポンっと叩かれた。それはまるで頑張れよ、と言われているようで何とも穏やかではない。

冷たい風が吹く中、遂に侑と二人きりになってしまいどうしたものかと視線を彷徨わせるが、そもそも不機嫌な理由に心当たりがないのだからどうしようもなかった。


「侑、何か怒ってる?」


考えても分からないんだから、後はもう本人に聞くだけだ。ご機嫌を窺うように、と言えば聞こえは悪いだろうが、心持ち下手に出ながら問いかけてみれば、分かりやすくピクリと眉が動く。


「飛雄くんと、何話しとったん?」
「え?あぁ・・・何か迷子になってたみたいで。さっき同じジャージの人達見たから教えてあげただけだよ」
「ふーん」
「それでさ、どこの高校かと思って聞いてみたら侑が言ってた飛雄くん、だったから」


でも、それだけだよ。そう付け足して侑を見れば幾分か表情は和らいでいて、内心でホッと安堵した。
もしかして、変な男に声掛けられてるとでも思ったのかな?その逆で私がナンパ紛いの事をしたと思われたとか?
後者だと思われていたら信じてもらえてないみたいで嫌だけど、どちらにせよそれは間違いなく嫉妬で。侑が嫉妬、と思うだけで口元が緩んでしまう。


「何がオカシイねん」
「んふっ、べっつにー」
「うわ、その顔腹立つわー」


面白くなさそうにむにっと頬を抓まれたけど、全然痛くなくて。拗ねているようで余計に可愛く見えるだけだった。侑のこういう、自分の考えが素直に表に出てしまうところ、本当かわいいと思う。治は逆に隠すのが上手いから分かり難かったりするんだけど。
まぁ、侑に可愛いなんて言おうものならどんな反撃をくらうか分からないから本人には絶対に言わないけどね。


「本当にそれだけなん?」
「そうだよ?別に話す事もないからがんばってね、って言って終わりだよ」
「は?」


和らいだはずの空気が、再びピリッとしたものに変わる。頬にあった温もりも侑の手が離れた事でなくなってしまい、冷たい空気が頬を撫でる。
急な変化に戸惑っている私の腕を強引に引いて、死角になっているマスコットキャラクターの裏側へと導いた侑は、やや乱暴に私をそこへ押し付けた。
その衝動で微かに痛みが走ったけど、驚きの方が勝っているせいで反論すら出てこず瞬きを繰り返す事しか出来ない。いきなり、そう、いきなりだ。さっきまで確かに笑っていたのに、どうしたというんだろう。


「がんばってって?それ飛雄くんに言うたんか」


胸の中に渦巻いた疑問は、図らずしも不機嫌そうに言い放った侑の一言で解消された。
そうだ。影山くんが居る烏野高校の次の相手は稲荷崎高校。影山くんに頑張って、と言ったのは皮肉を込めてなのだが、それを知らない侑が誤解しても仕方が無い。
侑よりも影山くんを応援している、とまでは捉えていないかもしれないけど、対戦相手にどういう形であれ激励を送ったというのが侑にとっては面白くなかったのだろう。


「ち、ちがうの」
「何が」
「そういう意味じゃなくて。あの、勝つのは侑たちだって思ってるよ」
「ふーん」


慌てて弁解したけれど上手く言えずに言い訳染みたものになってしまうし、侑の表情も晴れない。このままではいつまで経っても伝わらないだろう。

付き合いの長さ故に言葉にしなくても大体の事が分かってしまうから、普段はあまり言葉にしない事が多かった。自分の気持ちを吐露するのに今更、という想いや羞恥心がどうしても先行してしまって素直になれないのだ。

いつもならココで何とか誤魔化してしまうし、侑も何だかんだ許してくれているけど、今日はそれじゃダメだ。侑が少しでも気にしてしまって、もし試合に影響が出たら?司令塔の侑が崩れてしまえば、チーム全体が崩れかねない。いくら治がカバーしたって、その穴は大きいだろう。

だから、今日だけはちゃんと自分の言葉で言わなければ。そう思うのに、普段の行いのせいか考えても考えても上手く伝えられそうな言葉が見当たらなくて、このままではタイムリミットの方が先にきてしまいそうだ。
言葉で伝えられないならいっそ・・・。ふと頭に過ぎった事を勢いのまま実行しようと、近い距離で私を見下ろしている侑のジャージの合わせの部分を掴み、自分の方へと引き寄せる。
身長差を埋めるように思いっきり背伸びをして、軽く唇を合わせるとすぐにまた距離を取った。


「影山くんには、嫌味で頑張ってって言っただけだから」


あまりにも突拍子な行動だったからだろうか、目を瞠る侑は何が起こったのか理解していないようで動く事もせずに固まっている。
「侑、勝ってよね」くるりと見開かれた瞳に視線を合わせてそう言えば、パチリと瞬きとした後にフハッと吹きだして肩を震わせながら笑い始めた侑。恥ずかしがるなら兎も角、キスしてそんなに笑われるとちょっとヘコむんですけど。
でも、笑ってくれたっていう事は誤解も解けたんだろうし、試合に影響を及ぼす事もなさそうだ。まぁ、よくよく考えてみれば私ごときの事で侑が乱れるのか甚だ疑問ではあるけれども。


「フッフ、当たり前やん。言われんでも勝つわ。葵も、喧しい女に負けんと声出せや?」
「う、うるさいな!分かってるよ」


笑い終えたかと思えば、私がここにいる理由をいとも簡単に見破って言い当ててくる。まさか気づかれているとは思いもしてなくて、さっきのキスなんかよりも数段恥ずかしかった。
それを誤魔化すようにこの場から逃げたくなったけれど、それすらもお見通しなのか侑に腕を掴まれた事で阻まれてしまい、離してほしいと視線だけで訴える。


「頼むで」
「んっ」


なのに、離すどころかより一層距離を縮めて来た侑はさっきの遊びみたいな軽いキスじゃなくしっかりと唇を合わせてきて、あろうことか舌までねじ込んできた。ほんの少しだけ舌を絡めて離れていったけど、まさかキスされるなんて思ってもみなかったからどういう反応を返していいのか分からずに、さっきの侑みたいに固まってしまう。


「さっきのお返しな」
「もう!北先輩に怒られる前に行きなよ!」


照れ隠しで侑の背中を叩けば「イッテ!叩くなや」とぶつぶつ文句を言いながらも、ちゃんと会場に足を向けていて。
私に向けられた背中に、小さく声をかけた。


「がんばれ、侑」


こちらに振り向くことはなく、軽く手をあげて返してくれた侑の表情は見えない。でも、ちゃんと伝わったはずだ。

侑の背中が見えなくなってから、私もゆっくりと会場へ足をすすめた。
もう、他の女の子が騒いでいたって気にしない。まだ少しだけ熱をもった唇が、自信を持たせてくれる気がした。




沙来様、初めまして。この度はリクエストありがとうございました!

宮侑、素直になる方法の設定で影山との絡み、との事でしたがどうでしたでしょうか。治も気になるとの事だったので、全部絡ませようとしたらこんな感じのお話になってしまいました。
長いワリに、甘さ控えめなような?気がして・・・すみません。沙来様に少しでも気に入って頂けたら嬉しいです。これを公開するころにはきっと本誌では決着がついていますね!どうなるのか楽しみです。

メッセージもありがとうございました。普段読まないキャラを読んでくださるというのは書き手冥利につきます!本当に嬉しいです!!
心温まる言葉の数々、ありがとうございます。マイペースなサイト運営ではありますが、また来ていただけたら嬉しいです。
この度はリクエスト、本当にありがとうございました。
write by 神無


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