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最適解のしらべ

 夢を見た。
 夢の中の私は学校帰りに友達と新しく出来たカフェに行って、ふわふわの生クリームが乗ったパンケーキをつつきながら笑っている。話題は好きな人のこと。今日は話せただとか、パンケーキの写真を送ってみたけど既読スルーだとか、そんなくだらない会話で盛り上がっている。
 俯瞰で見る自分は楽しそうで、胸のあたりがモヤッとした。もう見たくなくて視界を閉ざそうとするのにそれは叶わない。これは夢だ。分かっている。だって、三千七百年経った今、カフェもパンケーキも笑いあった友達も――いないのだから。
 夢なら早く醒めてほしいと強く願ったところで、ふっと意識が浮上した。電気のない真っ暗な部屋。ふかふかの布団とは程遠いぺらっぺらの敷物の上で寝た体がギシギシと強張っている。
 ――やっぱり、夢だった。いっそ起きた瞬間に忘れていたかったけれど、残念ながら鮮明に覚えている内容に重いため息を吐き出せば、静かな空間だからか大きく響いて自分に返ってきた。
 ここはもう過去自分が居たところとは違う。文明の利器もない、ストーンワールドなんだから。くだらないことで頭を悩ませるよりも、明日をどう繋いでいくかを考えなきゃいけない世界だ。そう分かっているのにこうして考えてしまう時がある。なんで、どうして。私自身その答えを持っているわけじゃないから、いくら自分に問いかけたって不毛なだけなんだけど。

 夜明けにはまだ程遠そうだと思いもう一度目蓋を閉じたが、微かな外からの音を耳が拾って体を起こす。まだ誰か起きているんだろうか。正確な時間は分からないが、皆寝静まっているし深夜に近い時間だろう。いつもなら気にせずにこのまま眠るところだけど、過去の夢を見たからなのかどうしても気になってしまった。
 少し確認するだけ。誰に理由を聞かれているわけでもないのに、自分に言い聞かせるようにしながら足を忍ばせた。


「千空くん……」


 暗闇の中、ぽつんと輝いている灯りに照らされながら何やら作業している人物。逆光でシルエットしか分からなかったけれど、それが誰か一瞬で分かってしまった。


「……まだ起きてたの?」
「おう。ちょーっと思いついちまってよ」
「試さずにはいられないってやつ?」
「よく分かってんじゃねーか」
「千空くんのことだから、そうじゃないかと思っただけだよ」


 千空くん。そうやって名前で呼ぶ日が来るなんて思わなかった。ここでは苗字なんてあってないようなもので、誰も彼もが名前で呼び合う。そうすれば逆に苗字で呼ぶ方が不自然なので名前で呼び始めたのだけれど、最近やっと慣れてきた。
 初めは彼の名前を口にする度にふわふわと浮かれてしまっていて、隠し続けてきた気持ちを悟られやしないかと不安になったものだけど、今まで誰にも指摘されなかったのだからきっとやり過ごせたのだろう。


「何か手伝うことある?」
「……寝なくていいのか?」
「ちょっと夢見が悪くて……目が覚めちゃったから」
「じゃ、ここ押さえててくれ」


 こうして作業している姿は過去も今も変わらない。千空くんの頭の中で何がどういう風に構築されているのかなんて私なんか理解出来ないだろう。そう分かっているのに、何を作ってるの? と聞いてしまうのは少しでも知りたいと思うから。
 作業する手は止めないまま語る彼はとても楽しそうで、真夜中だというのにキラキラ輝いているように見える。唆るぜこれは。なんてお馴染みのセリフが飛び出して、つい笑ってしまいそうになったのを喉の奥で堪えた。


「ねえ、千空くん」
「あ?」
「どうして……どうして私を石化から解いたの?」


 私が私に何度投げかけても答えはでなかった問い。きっと私を石化から解いた千空くんなら知っているはずだ。
 それでも、今の今まで直接聞こうとはしなかったのに、つるりと舌を滑っていったのはなぜだろうか。響くのは微かな作業の音だけで、お互いの息づかいさえも聞こえそうなこの静寂が、私たちだけ世界から切り離されたように感じるからなのかもしれない。


「理屈じゃねえんだよな」
「……え?」
「石化する前からお前と話してると、セロトニンやらオキシトシンやらがドバドバ出やがる」
「セロ……ん?」
「お前も、フェニルアチルアミンとかエストロゲンとかエンドルフィンとか出してんじゃねーのかって疑うわ」
「え、何? イルカ……?」


 いきなり訳の分からない単語が出てきて首を傾げる。そのナントカカントカってのが答えなの? 凡人の私には全く意味が分からない。唯一耳に残った単語を口に出せば残念そうな目を向けられるし。
 スマホが手元にあれば聞き取れた単語を全部調べられる。そうすれば千空くんの意図も読み取れるかもしれない。でも、三千七百年を経てそんな便利なものたちは塵と化しているのだ。


「あの、もう少し分かりやすく、簡潔に言ってもらえると助かります……」


 だから結局は千空くんに聞くしかないわけで。呆気なく白旗をあげれば、作業をしていた彼の手が初めてぴたりと止まる。
 すっと向けられた蘇芳色の瞳は真剣味を帯びていて、こくりと息を飲んだ。


「つまり、簡潔に言うと」
「言うと……?」
「好きだってことだ」
「はい?」


 何を言われるかと構えていたのにも関わらず、千空くんの口から発せられたとは思えない単語が聞こえて目を見張る。


「え? 誰が?」
「俺が」
「誰を?」
「お前を」


 千空くんと私。交互に指をさしながら確かめてみるけれど、返ってくるのは肯定だけ。まさかのまさか。ありえなさすぎて考えたこともなかった。
 だって、常日頃から彼は恋愛に対して非合理的だとか言ってたから。ずっとずっとこれから先も、私の片想いが続くと思っていたのに。


「え? だっていつもメッセージ送っても既読スルーだったじゃん!」
「いつの話してんだよ」
「三千七百とんで数年前の話だよ!」


 さっき夢の中でスマホを片手に項垂れていた自分の姿が浮かぶ。そうだ、片想いだと思っていたのは千空くんの言葉だけじゃなくて、彼の行動のせいもあった。話し掛ければ嫌な顔一つせずに話してくれるけれど、くだらないメッセージとかの返信は一切無かったから。
 それでも送り続けていたあの頃の私って、だいぶメンタル強いな。ウザがられているとか思わないあたりが特に。


「そういう非効率的なモンは苦手だからしょーがねえだろ」
「うん」
「……お前は、解いてほしくなかったか?」


 灯りに映された蘇芳色が後悔しているように揺らめいてみえて、慌てて頭を振った。千空くんが後悔なんて似合わない。失敗すらも成功への糧にしてしまう彼には一番程遠い言葉だと思うから。


「こうやってまた千空くんと話せて良かったなって思ってるよ」


 明確な答えを返さない私はずるいだろうか。理数系の千空くんからしたら問いに対しての解が曖昧なのは嫌だろう。
 好きだというはっきりとした言葉も、実に千空くんらしい。やっと実感出来たからか、その言葉がじわじわと沁みてきて心臓がうるさく鳴り始める。辺りが静かすぎて心音が彼まで届いてしまいそうで、ギュッと手を握りしめた。


「ねえ、聞いていい?」


 まだ夜は長い。千空くんとちがって文系の私はもう少し情報が欲しかった。なんて、そんなのはこの擽ったい空気をもう少しだけ引き伸ばしたい言い訳だって、自分でも分かってる。
 あと少し。あと少しだけ話したら、長い間ずっと抱えてきたこの気持ちを伝えさせてね。





フォロワーさんにすすめられてdcstを15巻まで読みましたので記念に書いてみました!特に推しという推しはいないんですが、16巻からスタンリーというイケメンが出ると聞いたので期待しています!
write by 神無



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