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シツケとオシオキ

 プレミアムフライデーって何だったっけ? と問いかけたくなる金曜日。定時を知らせるチャイムの音はもう一時間も前に聞いた。続々と退社していく同僚たちを尻目に、自分至上最速といえるんじゃないかというくらいのスピードでキーボードを叩き、ある程度の目途がついたところで潔くパソコンをシャットダウンする。
 疲労感で体は重いけれど、オフィスを出れば足取りは軽い。ずっと鞄に仕舞っていたスマホを出してLIMEを開き、浮かれ気分のスタンプを送る。他にも通知は来ていたが、とりあえず後で返そうといつもと違う沿線の電車に乗り込んだ。
 耀さんと会えるの、何日ぶりだっけ? 金曜日が彼の非番と重なるなんて滅多にないから、かなり浮かれている自覚はある。本当は有休をとりたかったくらいだけど、月末ともなれば仕事量も積み重なって思い通りにはいかなかった。

 速足で彼の住むマンションへ向かい、来訪を知らせるチャイムを押す。そういえばご飯どうしようかな。どこかに食べにいくのかな? 会うの久しぶりだし、出てきた瞬間に抱き着いても許されるかな。


「こんばん……ひっ」


 そんな事を考えていたが、扉が開いた瞬間、抱き着くどころか驚きのあまり足が勝手に後ろへ引いてしまった。


「人の顔見て逃げなさんな」


 にゅっと伸びてきた手が私の腕を掴み、半ば強引に部屋の中へと誘う。かちゃりと静かに閉まったドアにぴったりと張り付くような体勢になったが、それは私が逃げているからであって、耀さんに押し付けられているわけではない。
 目の前の耀さんは仕事帰りの疲れた身にはかなり刺激の強い恰好をしていて、直視出来ずに必死で視線を足元へ逃がす。どうして上半身何も着てないの!? 何で髪の毛解いてるの!? 心の中の疑問と心臓が煩く騒いでいるけれど、口に出さないと答えてくれないのは分かっているので、なるべく冷静を装いながらぎこちなく口を開いた。


「な、何で上半身裸なんですか、驚きもしますよ」
「シャワーくらい浴びるでしょーよ」
「シャワー、ですか」


 ちら、と視線を上げてみれば確かに少し湿った髪。まあ、普通に考えればお風呂上がりだと分かるものかもしれないが、仕事で酷使した頭は思った以上にポンコツになっているみたいだ。
 耀さんも、シャワーを浴びるならもう少し早い時間にしてくれればいいのに。見計らったようにこのタイミングって、ずるい。


「……上がって、いいですか?」
「好きにしてどうぞ」


 赤くなった頬はきっと隠しきれていない。別に今更照れる事なんてないんだけど、あれだ、不意打ちはダメだ。しかもお風呂上がりって妖艶さが増してる気がするしもっとダメだ。
 持ったままのスマホをテーブルの上へ置くと、手を洗うために洗面所へと足を向ける。この火照った顔を鎮めるために顔も洗いたいところだけど、化粧直しのための簡単なものしか手元にないので諦めた。


「どうかしました?」
「知らない内に面白い事になってるんだねえ」
「何がです?」


 耀さんの視線の先にあるのは置きっぱなしになっている私のスマホ。そういえば後で返そうと思っていたメッセージは友達とのグループトークのものだったっけ。鈍い振動を続けている事から、グループ内で盛り上がっているのが分かる。きっと画面に通知として出ているのを見ているんだろうけど、そんなに面白い内容なんだろうか。
 なんて、気楽に考えていた自分がバカだった。私は耀さん一筋だから疚しさの欠片も持ち合わせておらず、そもそも現役の彼相手に隠し事を持ったところで通せるはずもないので何事もオープンにしているし、スマホを見られたって痛くも痒くもない。けれど今だけは、置きっぱなしにしたことをちょっとだけ後悔した。


「み、見ました……?」
「今度男を紹介してもらうってところまで」
「違うんです違うんです誤解です」


 LIMEのトーク画面を表示して未読だったメッセージを上から見ていくと、さっきの顔の火照りはどこへやら。逆にすぅっと血の気が引いたような気さえする。
 耀さんが言った通り、当の本人を置いて進められている紹介話。何でこんなことになっているか思い当たる節は――残念ながらあった。


「悪い子には躾をしないとねえ」
「えっ、ちょ」


 さっきの玄関先でのやり取りと同じ。無意識に一歩後ろに引いた私の腕を耀さんが捕まえる。ぐっと強く引かれる力に抗う事は出来ず、ソファーに座った耀さんの上へ座る形になってしまった。


「はい、逃げない」
「んぐっ」


 さすがにこの体勢は、と退こうとしたが、腰に回された腕にがっちりとホールドされているせいで動く事が出来ない。大きな手で顎を掴まれ強制的に視線を合わせられれば、もう逃げる事は出来ないんだと思い知らされた。
 何もかもを見透かすような瞳に抗えず、重い口を開く。
 そもそもの発端は先月久しぶりに開催された女子会だ。話の内容は主に仕事や恋愛、人間関係の事で、私ももちろん耀さんとの事を話そうとしたけれど、勝手に話していいものか迷ってしまってその場は濁して終わった。念のため耀さんに確認してからにしようと思って、今の今まですっかり忘れていたわけだ。全ては忘れていた私のせいなんだけど、まさか紹介話が持ち上がって、話が進んでいるとは思わなかった。


「――と、いうわけなんです」
「ほーん」
「もちろんこの紹介話はナシにしてもらいますから」


 強めに主張するも、理解してくれたのかしてくれていないのかよく分からない相槌が返ってくるだけ。表情だけでは分かりにくいけど、耀さんの機嫌がよくないのは明らかで。さてどうしようかと頭を悩ませていれば、顎を掴んでいた耀さんの手が徐に下りていき、私のブラウスのボタンをぷちんぷちんと手際よく外し始めたのを見てぎょっと目を剥いた。


「ちゃんと言ったじゃないですか」
「葵、躾とお仕置きどっちがいい?」
「それ、どう違うんですか!?」
「さあ? どう違うんだろうねえ」


 するりと素肌を撫ぜられ身を縮こまらせるけれど、言葉とは裏腹に耀さんが触れる手は優しくて。触れられているうちに抵抗しようと言う気は無くなっていった。それが耀さんにも伝わったのか、まるで良く出来ましたとでも言うように優しく落ちてきた唇。


「躾……は必要なさそうだね」


 スッと細められた瞳には色々な感情が込められているようだけれど、それが何なのか分からない私はただ両手を耀さんの項へと回すだけ。
 耀さんに抱かれるなら躾でもお仕置きでもいいと思ってしまうのは、既に彼の手の中に堕ちているからだろうか。




ツイッターでお題を頂いて書いたものです。
服部さんで「悪い子には躾をしないとね」から書かせて頂きました!最近服部さん大好きなので、そのうちこの続きを書くと思います!!自己満足自己生産!
write by 神無



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