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03

どんなに落ち込んでいても変わらず来る朝にため息が漏れる。まだ体内にアルコールが残っているような感覚がして気持ち悪いし、頭も痛い。冷蔵庫を開けても飲み物くらいしか入ってなくて、がくりと肩を落とした。昨日はそれどころじゃなかったから仕方ないが、普段からちゃんとしてればもう少しマシかもしれないのに。なんて、私生活のずぼらさを今更嘆いたところで仕方ない。重い体を何とか動かしながら一番近くのコンビニまでいくと、かごを手にして適当に色々と突っ込んだ。
あとは何かヒマ潰しでも買っていこうかと雑誌コーナーに足を運べば、ある一冊の雑誌が目につく。これ、今日発売だったんだ。
ごくりと喉を鳴らして、震えそうになる手を雑誌へと伸ばす。
これさえ無ければ、今でもあの日常が続いていたかもしれないのに。

「勝己くん、別れよう」

そう告げた時の彼は、今までに見た事のないような顔をしていた。
ぽかんと口を開いて唖然としている彼に「突然ごめんね。今までありがとう」そう一方的に別れを告げて背を向けたのだ。
本当はね、何も聞こえなかったわけじゃない。彼の声は聞こえなかったけど、音はちゃんと聞こえていた。最後は聞き逃さないように全部の音を拾おうと補聴器を外していたから、色々な音が聞こえていたんだよ。
私が告げた時、ヒュッと不自然に鳴った呼吸音。ドクン、と一度心臓が大きな音を立てて、ドクドクと速い鼓動を刻んでいく。その全てが突然の私の言葉に驚いているのは充分に伝わってきたのに、私は彼の言葉を聞く事なく背を向けた。一方的に終わらせて……逃げたんだ。

ああ、ダメだ。全然吹っ切れてない。この雑誌を開けないっていう事が彼をまだ好きな証拠だ。ツンと鼻の奥が熱くなる感覚に、ギュっと強く目を瞑り軽く頭を振った。こんなところで感傷に浸っている場合じゃない。とりあえず早く家に帰ろう。
雑誌を乱雑にカゴの中へ放り込み、そのままレジへと持っていく。雑誌は家に帰ってから読めばいいや。
ガサガサと袋を鳴らしながら重い足取りで家へと戻ってくると、一階にある私の部屋の扉に誰かがもたれているのが視界に映った。いや、誰か、じゃない。あれは昨日サヨナラしたはずの勝己くんだ。
なんで、どうしてここに。と一瞬で色々な事が頭に思い浮かんだが、心よりも体は正直だったようで、無意識に来た道を引き返そうと踵を返す。

「待て!」

だけど、勝己くんが発した一言でぴたりと足が止まった。あの声の制止をどう頑張っても振り切れない自分が嫌になる。
体をアパートの方向へ戻して勝己くんへ向かって一歩一歩近寄っていくが、正直今すぐにでも逃げ出したかった。だって、絶対怒ってるよアレ。目つきが半端じゃない。近寄ったら今にも胸ぐら掴まれて一発食らわされそうな雰囲気だ。もちろんそんな事はしないと分かっているけれど、そのくらい怖い。なるべく目を合わせないようにアスファルトへ視線を落としながら、視界に勝己くんの靴が入ってきたところで足を止めた。

「なんで、ここに……?」
「てめェ、ふざけンなよ」
「え?」
「勝手に終わった気になりやがって。俺がハイっつったか?」
「え?」
「言ってねェだろが」

私の問い掛けなんてまるで無視で、急に始まった説教じみた言葉に思考回路が追いつかない。壊れたおもちゃみたいにただただ「え?」と繰り返すだけで、言われた事の半分も理解できなかった。今の私の表情はきっと昨日の勝己くんみたいになっている事だろう。

「まだ終わってねぇンだよ」
「え?」

ちょっと待って、ちょっとでいいから待って。終わってないって何が? 確かに一方的だったけど、終わってないってどういう事? 昨日あの言葉を告げるまでに凄く悩んだし、そもそも昨日の――。

「葵」

アスファルトに向けていた視線が、名前を呼ばれた瞬間弾かれたように上がる。手に持っていたコンビニの袋が地面に落ちたのも構わずに、咄嗟に両手で耳を押さえた。
絶対にワザとだ。私が、その声で名前を呼ばれるのが好きだって知ってるから。補聴器なんて関係なく鼓膜を揺さぶってくる音が、心臓まで突き抜けてくる。
初めて名前を呼ばれたあの時、あの瞬間。失神したと同時に恋にも落ちた。この人じゃないとダメだと思った。ずっと、勝己くんに名前を呼んで欲しいと願った。
だから今、滅多に呼ばない名前をそんなに優しい声音で紡がれたら、私はもう何も言えなくなってしまう。勝己くんが好きだって、諦められないって、傍に居たいって、自分勝手な想いばかりが込み上げてくるんだよ。

「これ、見たか?」
「え……まだ、だけど」

落ちたコンビニの袋から覗いた雑誌。それを拾い上げた勝己くんは軽く手で掃ってから私へと差し出してきた。反射的に受け取ったけど、正直今は見たくない。しかも勝己くんの前でなんて絶対に無理だ。

「テメェが考えそうな事くらい直ぐに分かったわ」
「え?」
「え? じゃねェよ。見ろや」

どくんどくんと、自分の心臓の音が聞こえる。否応なしにあの時の事を思い出してしまって、ぞわりと肌が粟立った。突然私の元へと現れた一人の男。差し出された名刺には、この雑誌の名前があった。
二人の写真を撮った。爆心地とはどういう関係なのか? 急に矢継ぎ早にされた質問に戸惑っていると、男は嫌な笑みを浮かべながら「まあ、適当に書けばいい。スクープだからな」と言い残して去っていったのだ。
その出来事から私がたどり着いた結論は、言うまでもないだろう。勝己くんに迷惑をかけるくらいなら、身を引いた方がいいと考えてしまった。きっとここに載っているのは熱愛の類で、私のポンコツぶりが露呈されている。別れてさえいれば、事実無根で通せると思っていたのに。
うまく動かない指で一枚一枚ページをめくっていくと、爆心地の文字でぴたりと手が止まる。予想通り勝己くんの記事が載っていたけれど、その内容は違うものだった。

「爆心地、結婚……?」
「ああ」
「え、なんで? だって私……」
「やっぱりそれが原因かよ」
「っ……」

はあ、と大きなため息を吐いた勝己くんは私の混乱を解くようにゆっくりと説明してくれた。事務所から連絡があって、今回の記事を知った事。その内容からして私に接触したことに気付いて頭に来た事。私が変な考えを起こさないように、違う情報を流して記事を差し替えるようにした事。

「勝己くん……結婚するの?」
「チッ……ああ」
「舌打ちしないでよ……誰と?」
「お前以外に誰がいンだよ、ボケ」
「だって、聞いてないよぉ」
「言う前にお前が逃げたんだろが」

アスファルトにぼたぼたと黒い染みが広がっていく。全てを理解したらもう、涙しか出てこなかった。逃げる事しか考えてなかった私とは逆に、勝己くんは未来を考えていてくれたんだ。

「すんぞ、結婚」
「そんな言い方やだぁ」
「はァ?!」

まさかこんな日が来るなんて思わなかった。コンビニに行くだけだったから部屋着だし、すっぴんだし。昨日のお酒のせいで浮腫んでるのに加えて髪はぼさぼさだ。初めて会ったあの日よりもかなり酷い恰好で、しかもこんな簡素なアパートの前。こんなのってない。そう思うのに、すごくすごく嬉しくて涙が止まらない。
私はまだ昨日の事にごめんねも言えてないんだよ? それなのに許してくれるどころか結婚なんて、結婚なんて……嬉しすぎてどうにかなりそうだよ。

早く何か答えなきゃと思うのに、次から次へと溢れてくる涙が邪魔をする。喉は焼けるように熱いし、しゃくり上げるせいで上手く言葉を紡げる気がしない。必死で嗚咽を堪えていると、焦れたように伸ばされた手に強く引き寄せられた。
ふわりと温もりに包みこまれ、後頭部に回された手が逞しい胸板へと導いてくる。顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた涙は自然と勝己くんのシャツへ吸い込まれていった。
近くなった距離のせいでどくどくと聞こえだした音は、自分のものじゃない。私のと混じってしまうくらい速くて力強い鼓動は、勝己くんのものだ。

「――好きだ」

次いで鼓膜を揺るがせた音に、呼吸が止まる。甘い音は三半規管まで揺るがしてしまいそうなくらい、ぐらぐらと響いてきた。

「嫌だっつっても離さねェからな」
「失神しそう……」
「馬鹿か」

もう馬鹿でも阿呆でも何でもいい。私が悩んでいた事なんて全て吹き飛ばすくらいの強烈な音の数々に笑いが込み上げてくる。流石爆心地だね。なんて言ったら怒られるのは目に見えてるから言わないけど。
ずっと横に落ちていた腕を勝己くんの大きな背中に回して、これでもかというくらい力を込める。

「昨日はごめんね」
「あ? 遅ェわ」
「ふふっ、大好きだよ。――旦那さん?」

まだ言っていなかった答えを意地悪な言葉に変えると、明らかに動揺した音が伝わってきて口元が緩む。
私がまだ知らない勝己くんの音を、これからも沢山聞かせて欲しい。出来れば怒らないで、ね。




お友達のお誕生日に捧げたかっちゃんです!原作レンタルして履修したたけなんで、これは…爆豪か?とずっと首傾げながら書いてました。だからこれは爆豪?的なニュアンスで広い心で受け止めて下さると嬉しいです!
本当はこの後にもう一話あるんですが間に合わなかったので、また今度書きます!
write by 神無


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