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きみと融解する温度 前編

ああ、どうしよう。言おうか言わずにおくべきか。実行するかやめておくべきか。
朝からずっと同じ事で悩み続けていたらあっという間に夜の帳が下りてしまった。夕食も、お風呂まで終えてソファーに恋人と並んで座りながらテレビをボーッと眺めている。もちろん、内容なんて全然頭に入ってこないので本当に眺めているだけだ。

チラリと視線を横に流して隣に座っている一也を見やる。
恋人である御幸一也との付き合いは高校時代からで、彼がプロ入りした後も恋人関係は変わる事なく続いていた。シーズン中は中々会えなくて淋しいと思う事もあるけれど、高校の時から簡単に時間を作れる訳では無かったから良い意味で慣れてしまっていて、会えないからといって不安になる事もない。
それに、一也なりに時間を作り出してこうして会いに来てくれるから、感謝はすれど我儘なんかは思う事も口にする事もなくて。長い時間で培ってきた信頼と関係性の安定に満足している。

昨日友人に聞かれた「最近どう?」という定番の質問に返した答えがこれだった。
つまりは何の問題も無いのだけれど、友人から返ってきたのは「それってヤバくない?」という言葉。マンネリ、という思い付きもしなかった言葉が並べられて、たまにはもっと甘えたりした方がいいよ。と続けられた。

甘える、というのは自分にとってかなりハードルが高い。妹と弟がいるせいか、親にだって甘えた記憶は殆どなく、逆に聞き分けが良いと褒められていた程。小さな頃から今に至るまでそれは変わらなくて、甘えるのは苦手分野だ。
けれど、指摘されれば気になるもので。考えれば考える程、マンネリという言葉が頭にこびりつく。そして、冒頭に戻るのだ。

ソファにだらりと体を預けている一也は試合の時と違って完全にオフモード。こうして気の抜けた表情を見せてくれるくらいに長い付き合いなのに、今更甘えるの?そもそも、甘えるってどうやって?全然思いつかないんだけど。誰か教えてほしい、切実に。


「・・・ねぇ、一也」
「んー?」


でも、いつまでもうだうだとしていても仕様がない。今ここで言わなければ、明日からの会えない日々を悶々と過ごす事になりそうだ。それならば、覚悟を決めて言ってしまったほうがいいのではないだろうか。
ふぅ、と小さく息を吐いてから体を少しずらして一也の方へ向き直り、名前を読んでみる。けれど、その後の言葉が浮かばなくて「あの・・・」「えっと・・・」と曖昧な言葉を繰り返していたら、流石に不審に思ったんだろう。生返事をしていた一也も「どうした?」と神妙な顔で向き直ってきた。


「あの・・・あのね」
「ん?」
「た、たまには・・・甘えたいと思うんですが・・・いかがでしょうか」


早く何か言わなければと思うほど上手く言葉が出て来なくて。結局口に出したのはストレートすぎるものになってしまった。しかも、甘えたいという断定ではなくお伺いを立てるようなかたちで、テレビの音に掻き消されてしまうんじゃないかと思う程に小さな声。あぁ・・・情けない。
顔を俯かせたくなるのをなんとか堪えて一也を見続けていれば、眼鏡の奥の瞳が驚いたように見開かれたのが分かる。でも、その一瞬後。ぶふっと空気を吹き出して、弾けたような盛大な笑い声が響いた。


「はっはっは!真剣な顔して何言うかと思えば」
「だ、だって」


あれだけ悩んでいたのが馬鹿らしく思うくらいに思いっきり笑い飛ばす一也を見て、ストンと肩の力が抜ける。
嫌な顔をされるよりは余程いいが、それにしても笑いすぎじゃないだろうか。「腹イテー」とお腹を押さえて前のめりになっている姿を見る限り、暫く笑いは止まりそうにない。


「ははっ、楓がそんな事言うなんて珍しいじゃん」
「嫌なら別にいい」
「バーカ。嫌なわけねぇだろ」


笑われたところで、自分が次にとるべき行動なんて思い浮かばずにただ一也を見ているだけ。一也も私の性格なんてお見通しなんだろう。一頻り笑った後、もう一度私の方へ体を向けた一也は目元を柔らかく緩めて、そっと私の手を引いた。


「おいで?」


それはまるで子供を相手にするような言葉。けれど、あまり聞く事のない優し気な声色と軽く引かれた手に導かれてソファに膝をつき、一也の足を跨ってその上に腰を降ろす。そして、肩口に顔を埋めながら広い腕の中へ身体を預けた。

思えば、こんな風に抱き締められるのすら随分と久しぶりな気がする。年齢を重ねれば必然的に付き合いも長くなる分、改めてこういう行為をするのはちょっと恥ずかしいし。私も一也もどちらかと言えば淡白な方だから余計だ。

そんな事を考えていれば、背後で流れていたテレビの音がプツリと消えてリビングに静寂が訪れる。雑音がなくなった分、身体の感覚が研ぎ澄まされる気がした。
触れ合っている部分から伝わる体温。呼吸に合わせて微かに上下する身体の動き。
髪の毛を梳くように後頭部を緩やかに滑る指先。腰に添えられている大きな掌。
パジャマ代わりのスウェットからは自分のものと同じ洗剤の匂い。
意識せずともそれらを鮮明に感じ取ってしまう。


「甘えるって、こういうのでいいの?」
「さあ?俺も良く分かんねー」
「でも・・・一也とこうするの、久しぶりだね」
「ははっ。そうかもな」
「たまにはいいね」
「別に俺はいつでも甘えてくれていーけど?」


昔みたいに心臓がうるさく音を立てる訳じゃない。けど、心地良い安心感のようなものがじわじわと広がって満たされていく感覚はとても気持ちが良かった。


「おいおい、寝るなよ?」
「んー」


私が完全に身体を預けたのに気付いたんだろう。笑い混じりで窘めた一也は、それでも抱き締める手は離さずに、緩やかに撫で続ける。
確かに気持ちいいし、気を抜くと眠りに落ちてしまいそうではあるけれど、このまま寝てしまうのなんて勿体無い気がする。折角の機会だし、どうせならもう少し何かしてみようか。
甘えるのは苦手だけど、こうして触れ合う事なら・・・それを強請る事なら、私にも出来る気がする。

肩に手を置いてゆっくりと二人の間に隙間を作ると、必然的に一也の瞳が私へと向く。もういいのかと問いかけてくるような視線に、先程までは穏やかだった胸の鼓動がトクトクと早く刻みだした。
どうしよう・・・何か、緊張してきたかも。
今から慣れない事をしようとしている所為だろうか。それとも無意識に期待しているんだろうか。緊張を押さえつけるようにコクリと一つ息を飲み込んで、強張る指先でそうっと一也の眼鏡のつるに手を掛けた。


「何?見えねーんだけど」


何?だなんて、白々しい。私が何を言いたいか分かってるクセに。口調は素っ気無いのに、口元は弧を描いているのがその証拠だ。なのにこうやってわざわざ聞いてくるところ、本当ずるいよね。

外した眼鏡を後ろ手にテーブルの上へ置くと、何も遮るもののない素顔の一也をじっと見つめる。綺麗な鳶色の瞳、スッと通った鼻筋。その下にあるぽってりとした唇を目にすれば、込み上げてくる欲望を堪えられなくて。


「キス、して?」


明らかに強請るような甘い声が喉から発せられた。
言おうと思って用意していた言葉だったのにも関わらず、いざ言ってみると羞恥心が込み上げてきて、耐えられずに一也の首筋へ顔を埋める。
穴があったら入りたい。じゃないけど、似たような心境だ。だって、こんな・・・強請るように言うつもりなんて無かった。ほんの少しだけ可愛さの猫を被って、ちょっと茶化すように言おうと思ってたのに。恥ずかしくて顔が上げられない。


「楓、それじゃ出来ねぇよ」
「・・・ちょっと待って」
「嫌だね」
「え・・・」


俺もしたいから。と、耳元で囁かれた甘い誘惑。さっきまで口調とは違う低く掠れた声に、ざわりと血が騒めいた気がした。
もちろん抗えるはずもなくゆっくりと顔を上げれば、視界に一也を捉える前に唇を塞がれる。求めていたその感覚に、そっと目蓋を閉じて酔いしれた。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。

write by 神無
title Bathtub



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