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清掃員の清掃事情


「「ごくろーさまでーす」」


すれ違いざまに体格の良い男達から掛けられる声に、深々と会釈で返す。
午前中の、まだ人もまばらな球場でせっせと清掃に励む私の顔は始終にやけっぱなしだ。


 『楓はやきゅーせんしゅとけっこんするのー!』


野球好きの両親の影響かそんなおませな事を口走っていた3歳の頃の私。
今は大人になって、野球選手は別次元の人間だという事を理解したものの、野球選手好きは直ることなく成長した私は、親戚のコネを使ってまでこの球場で清掃員をしている。
20代女子がやる仕事じゃないよ?なんて叔母さんには心配されたが、大好きな野球選手が使うロッカーやらトイレやらをみられるってだけで興奮する私には天職でしかなかった。

さらに練習中の彼らと同じ空気が吸えるなんて・・・。
にやけずにいられるわけがない。

それでも仕事をさせてもらっている身だし、立場はわきまえているので彼らの前でミーハーな態度をとったことはないし、清掃も徹底的に行っている。
むしろ大好きな人たちが使う場所なんだからキレイにしなくてはという使命感すら芽生えるほどだ。


だけど

最近、ある選手が良く話しかけてくれるようになったので、公私混同しない様に意識を保つのに苦労していたりする。



「お〜松浦ちゃん、今日もありがとね」
「御幸さん!おはようございます!」


気軽に片手をあげながら笑顔で話しかけてくれる御幸一也選手に、高まる気持ちを抑えながら深々と頭を下げる。
そのたび笑いながら「いつも真面目だねぇ〜」なんて立ち止まって会話をしてくれる御幸選手とは、数か月前に私が彼を注意したことからこの関係が始まった。


あの日、清掃中足元注意の看板を置いている廊下でスコアブックを見たまま歩く御幸選手を見掛けてしまい、つい声を荒げてしまった。


「危ないです!!怪我したらどうするんですか!!プロなんだからもっと注意して下さい!!」


眼に入った瞬間に叫んでいた私は、とにかく彼が怪我したら大変だという事しか頭になかった。
御幸一也選手と言えば若いながらにして正捕手の地位に付き、いまやチームになくてはならない存在だという事は野球ファンなら誰もが知っているほどの選手。
そんな人が自分の清掃した廊下で滑ったりでもしたらと思ったら怖くて仕方がなかったから。

まぁ叫んでから別の言い方をした方が良かったとは思ったけど。
でも言ってしまったものは取りやめることもできず、失礼な発言だったかと焦ったが、御幸選手は怒るどころか爆笑しだしたのだ。


「ッハッハッハ!慌てすぎだろっ、腹いてぇ〜」


お腹を抱えながら震えて笑う御幸選手は器がでかいと思うが、自分の行動が笑われた羞恥心からどうしていいかわからず、顔を隠す意味も込めて帽子を取って思いっ切り頭を下げる。
その行動さえも面白かったのか始終笑いっぱなしの御幸選手に散々弄られ、野球好きなことまで白状してしまった。
だからなのか、私がオバさんじゃなかった事も良かったのかわからないが、その日以降、会えば話しかけてくれるようになったのだ。



「昨日の試合、完封おめでとうございます!」
「サンキューっつっても投手の力だけどな」


よく投げてくれたと嬉しそうに話す御幸選手は本心からそう思っているのだろう。
でも


「あれは配球がドンピシャでしたから!御幸選手のリードがかなり効いたと思います!」


昨日の試合、球場でも録画でも見たけど、あの場面でこの配球は攻めてるな!とか、感心してしまう場面が多かった。
御幸選手の強気な配球はきっとピッチャーの自信にもつながっただろうし、なによりピッチャー一人の力では完封なんて無理だ。
それは御幸選手の方が感じていることだろう。

私が采配に着目していたことを告げた後の御幸選手のこのドヤ顔は、自負の現れ。
「さすが松浦ちゃん」と言ってニヤリと笑った御幸選手の勝ち気な顔に、ときめいたりしない様に必死に感情を抑え込む。

だって、御幸選手は私が『野球好き』だから話しかけてくれてるだけで、『野球選手好き』とは思っていないだろうから。
ミーハーなこの気持ちを知られて鬱陶しいと思われてしまったら、きっと話しかけてくれることはなくなってしまう。

御幸選手とどうこうなりたい、なんて贅沢はいわない。
けど、こうやって会話できる。名前を呼んでもらえる特別な関係を失いたくないから。


「今日の試合もサインまでしっかり見ておきますね」


だから頑張ってください。そう言って清掃に戻る素振りを見せれば、御幸選手も「了解、抑えて見せるわ」なんて片手をあげて答え、体を反転させる。

これでいい。
少し寂しいなんて私情は抑え込んで、頼もしい後姿を見つめる。
そして、また次にあった時に、また少し会話を楽しめばいい。

そう思っていたのに、再びこちらを振り返った御幸選手が意味ありげに口角を上げるから、心臓がドクンと音を立てた。


「そーだ。今日も頑張ったらご褒美くれる?」
「はは、ご褒美って何ですかそれ、子供じゃないんですから」


笑ってみせたけれど、せっかく抑え込んできた感情があふれ出しそうで怖くて、顔が引きつったかもしれない。
けど私が内心焦っていることなんて知らないだろう御幸選手は再び近づいてくる。


「子供じゃできねーようなご褒美」


そういって突然抱き寄せられ、逞しい胸の中へと収められた。
いったい何が起こったのか理解できるほど私の頭は冷静でいられなくて、力強く温かい腕に包まれたまま、ただただ鼓動を速めていく。


「松浦ちゃんはコレ嫌がらねぇって思ってやってるけど‥違った?」


そう聞いてくる声に疑問も不安も感じられない。
嫌なわけないよなって言われている様な自信ありげな声に、自分の気持ちが漏れていたのではと焦るが、じゃあこの状況はどういうことなのか。
もしこのミーハー染みた気持ちが知られているのなら、嫌なのは御幸選手の方では?


「‥嫌とかじゃないです、けど。え、これは何ですか?どういうこ・・・っっっ!」


もしかしたらわきまえろって意味で嫌がらせとしてからかっているのでは??
働かない頭で考えたってグルグルと同じような疑問ばかりが繰り返るだけ。それならばと聞いてみた声はちゃんと言い切る前に御幸選手の指が私の唇に触れ、言葉を遮った。


「その答えは、今日の試合で勝利した後でな」


沢山練習をしただろうゴツゴツとした指がふにっと唇を押さえつける。
こんな至近距離でイケメンにそんなことをされれば女は誰でも落ちるんじゃないだろうか。

昂り過ぎて何も言えない私の頭に手を置いてから何も言わず立ち去る御幸選手を呆然と見送った私は、しばらくその場から動けずにいた。

どれだけ気持ちを抑え込もうとしたってもう無駄でしかない。
抱きしめられた感覚も、意味深な言葉も、どれもが私を調子付かせる要素でしかなくて。

御幸選手が実は照れていたとか、練習からいつも以上に気合が入っていたとか。そんなことは知る由も無く。
ただただ今日の試合で勝利を収めることを祈るしかなかった。





ハッピーバースデーを込めて、久しぶりに書いてみました御幸さん。おめでとうございますです。
皆に愛される御幸さん、私も好きですよ!!好きというのがなんか悔しいですけど!

御幸感あるか謎になってしまったけれど、読んだ方が少しでもふぁお!ってなるようなら幸いです。
write by 朋



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