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09 抜けない棘

俺がそれを見たのは全くの偶然だった。
自販機で買ったジュースを片手に教室に向かっていると、少し先に見えた御幸と楓の後ろ姿。珍しい組み合わせに一瞬見間違いかとも思ったが、垣間見えた横顔は間違いなくあの二人だ。何か御幸が女子と二人で並んで歩いてるってだけで微妙に違和感あるな。なんて思いながらも声を掛ける事はせずボーッと二人の後姿を眺めていたが、楽しそうな笑い声と近づいた二人の距離に踏み出した足がピタリと止まった。

この距離だとアイツらが何を話しているかまでは聞き取れない。でも、御幸の笑顔が向けられている先には楓が居て。それを受けながら照れたように顔を俯かせている楓は、以前俺の前で見せたような表情をしていたのが遠目でも分かった。

なんだ・・・そういう事かよ。まあ、そうだよな。変な噂ばかりがあって信用ならねぇ俺よりも御幸の方が余程良いだろう。アイツも、俺を通して御幸と話すようになってそう思ったに違いない。
視界から得た情報で現状を理解すると同時にチッと舌を打つ。
頑張る、だなんて殊勝な事言ってたクセにすぐに乗り換えやがって・・・やっぱり楓も他の女と変わんねぇって事か。少しでも期待した自分がバカみてぇだな。と思うと、自然と渇いた笑いが口から漏れた。
水を掛けられたようにスゥッと冷えていく感覚は過去にも覚えがある。気持ちが冷めていって、何もかもがどうでも良い。全部投げ出したくなるこの感じ。


「倉持どこ行ってたんだよ」
「倉持くん、さっき御幸くんがね・・・」


教室に入れば当たり前のように二人は一緒に居て、何事も無かったかのように話しかけてくる事にイライラした。もう俺の事を何とも思ってねぇんだったらわざわざ話しかけて来なくてもいい。うぜぇだけだし、一人にしてくれた方が余程気が楽だ。
今はコイツらの顔すら見たくなくて、二人に視線を向ける事も話に答えることもせずに、席に着くなり机に顔を伏せた。


「どうしたの?何かあった?」
「っせーな。放っとけよ」
「おい、倉持」


心配そうに声を掛けてくるのだって白々しく感じる。わざと低い声を意識して突き放してみたけど、この二人には今更のようで特に効果もないらしく「しょうがねーな」なんて呆れたような御幸の声の後、やっと二人の気配が遠ざかった。

あー・・・、無性にイライラする。
何でこんなにもイライラしてんのか自分でも分かんねぇ。アイツに・・・楓に少しでも期待したからか?もしかしたら楓は他の女とは違うかもしれない。なんて勝手に期待して幻滅して、それでイラついてちゃ世話がねーな。

とにかく、切り替えよう。こんなイラついた気持ちでいたら野球にまで支障が出そうだ。まあ、部活の時間になっていつも通り野球すれば解消されるだろうけど。思いっきり体動かしてメシ食って寝れば、明日には何事も無かったように治まってるはずだ。
そう思ったのに、実際はマシンの球を何球打ち込んでも、思いっきり走っても、ふとアイツの顔が頭にチラついて、その度にイライラとした気持ちが湧き上がってくる。どこか集中出来なくて、練習に身が入らない。


「倉持、体調でも悪いんか?」
「いや、大丈夫だ」
「気合入れんと怪我するで」
「・・・分かってる」


そんな俺に気がついたのは意外にもゾノだった。指摘されるまでもなく自分の状態は理解していたが、どうやら他人から見ても分かるくらいには調子が悪いようだ。このままじゃダメだ、切り替えないと。そう思う程上手くいかなくて、結局調子は上がらないまま練習が終わってしまった。
上手くいかなかった事でイライラは募り、何をしても解消されない。それは次の日朝目が覚めた時でさえ変わっていなくて、消化不良のように胸の奥に燻っている。

教室に入って楓を目にするとより一層酷くなったが、昨日の事もあってか御幸も楓も今日は近寄ってこなかった。まあ、傍から見ても機嫌が良いようには見えなかっただろうし、今はその方が都合がいい。
午前中、何か良い解消法がないかと教師の話を聞き流しながら考えてみたが、野球以外でとなるとゲームくらいしか思い浮かばなくて、それは昨日すでに試している。さてどうしたものかと思っていたところに、それは思いもよらない形で舞い込んできた。


「倉持、お呼びだぞ〜」
「あ?」


昼休み、早々にメシを胃の中に収めて仮眠に入ろうとした時に名前を呼ばれ、面倒くせぇと思いながらも腰を上げれば、そこに居たのは以前から何度も声を掛けてきた後輩の女。一瞬でコイツが何を言いたいのか理解出来て、自然と口角が上がった。
あるじゃねぇか。丁度いい解消法。


「今、時間ありますか?」
「おー。あるぜ」
「あの・・・私、倉持先輩にお願いしたい事があって・・・」
「移動するか?」


まさか俺の方から誘うとは思っていなかったのか女は目を見開いて驚いた表情を浮かべたが、やがてゆっくりと頷いた。それを見て少しだけ苛立ちが晴れたような気がする。

さて、今の時間はどこが都合がいいだろうか。頭の中で人が居なさそうな場所を思い浮かべながらも足を進めようと踏み出せば、グッと力強く腕を掴まれた事によって阻まれた。


「止めとけ」
「・・・御幸」


教室に楓が居ない事は把握してたから誰にも邪魔されないと思ってた。なのに、今までずっと傍観してたお前が引き留めにくんのかよ。
自分がうまくいったからって人の事にまで首突っ込んでんじゃねーぞ。


「離せよ」
「昨日から何にイラついてんのか知らねぇけど、いい加減にしろよ」
「あ?」


自分の喉から出たのは唸るような低い声。それに怯むことなく鋭い視線を送ってくる御幸。
昼休みにも関わらず、俺達の一触即発の雰囲気に呑まれたかのように廊下がシン、と静まり返った。


「余計なお世話だ」


余り目立つと監督の耳にも入りかねない。そう思って感情を押し殺しながらも腕を振り払えば、拍子抜けするほど簡単に離された。


「倉持くん!」


けど、それは見逃してくれた訳じゃなくて、俺の後ろに居たアイツに気づいたからだろう。背後から呼ばれた名前に、グッと眉間に力が入る。
・・・何でこのタイミングで来るんだよ。

微かに息を切らせながら傍へ寄ってきた楓は、さっきまで御幸に掴まれていたのと同じ場所を比べ物にならないくらいの弱い力で掴んだ。


「・・・お願い」
「先輩、邪魔しないで下さい」


俺に向けられたのとはまるで違う、棘しか感じられない女の言葉が楓に向けられたが、楓は気に留める事無く俺に真っ直ぐな視線を向ける。
その瞳は相変わらず必死なもので、何でお前がそんな目をするんだと思うと、ふつりと抑え込んでいた怒りが込み上げてくるのを感じた。


「分かった。じゃあお前が来い」


俺の腕を掴む手を掴み返して、半ば強引に引っ張りながら前へと進んでいく。
そうだ。苛立ちの原因がコイツなら、本人で解消すればいい。そんな思いと、めちゃくちゃにしてやりたい衝動が胸の中に渦巻いていた。


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