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甘い忘れ物


颯爽と駆け抜ける車の窓から望む景色がだんだんと暗闇から都会へと移り変わる。
街のネオンはとてもきれいなはずなのに、見慣れた景色が近づいてくると今日という日が終わりを告げているようで少し切なくなった。
待ちに待った御幸のオフシーズンは毎日があっという間に過ぎていく。

今日だっていつものように都心を離れ、海岸沿いまでドライブデートに出かけたのにまるで一瞬のことの様で。
隣で力なく運転する御幸の横顔を盗み見ては幸せを感じられていた時間もあと少しで終わりを迎えてしまう。

でも、今日は一日中一緒にいたし、なんなら昨日も一緒に過ごしていたのに寂しいなんて言えるわけも無くて。
この時間を惜しむように御幸と外の景色を交互に眺めては気分が沈んでいく私はなんて我儘で贅沢なんだろうか。


「ん?どーした?トイレか?」


あまりに視線を送りすぎたせいか、運転中の御幸が横目でこちらを見ながら問いかけてきた。
女の子にトイレって直球で聞くのもどうかと思うが、長い付き合いになってきたのだから今更恥ずかしさもなにも無いか。
べつに行きたかったわけでもないが、少しでも御幸と長く居たくて否定ではなく肯定の言葉を口にする。

そんな私を疑うことなく「コンビニあったっけかな〜」なんてナビのランドマークを確認する御幸の指先ですら目で追ってしまうなんて、シーズン中に相当な御幸不足になってしまっていたようだ。



「はぁ・・・」


自分でも嫌になるくらい重い女になっている気がして、コンビニのトイレで深いため息をつく。
野球をしている御幸もカッコいいし、好きな事を全力でやってるあのキラキラした目はいつまでも見ていたいと思うけど、やっぱり画面越しでは足りないと思ってしまうのは恋人という立場の欲。

素直に寂しかったと伝えたお休み初日は激しく愛されたけど、それ以降あまり体を重ねたりしないのは女の人に対して少し淡白な御幸らしいけど。やっぱり、どこか寂しさを覚えてしまう。

と、そこまで考えて、これでは私が御幸を欲する淫乱な子みたいだと一人苦笑を浮かべる。
御幸を知るまでは自分もそれなりに淡白な方だと思っていたのに、今ではどうだろうか。淡白の欠片も無いではないか。


「はぁ〜ちょっと落ち着こ」


冷たい水で手を洗い、熱を放出する。
明日も仕事があるんだし、これ以上のことを望んではいけないのだと自分に言い聞かせトイレを出た。
ついでにもう少し冷静になろうと小さめのアイスを購入し、外で携帯をいじって待っていた御幸の元へと急ぐ。


「お、なに買ったの?俺のは?」


普段甘いものを食べない彼にしては珍しい食いつきに驚きながらも、一つしか買っていない事を告げるとわざとらしく口を尖らせた。


「んじゃ、一口だけ」


そういって私が買ったアイスを開け、一口食べて甘いと文句をたれる御幸の手からアイスを奪い取る。
ムリして食べなくてもいいですーっと膨れて見せれば、はっは!、といつもの様な笑いが返ってきてつられるように私も笑った。

もしかしたら私の気分が落ちていっているのを感じ取ってワザとふざけてくれているのかもしれないけど、そこには触れずに食べかけのアイスを持ったまま車へと乗りこんだ。
汚すなよ〜と言っている御幸の口調が優しいから多分間違っていないと思う。ホント、そういうところもズルい男だ。

家までの10分ちょっと、ゆっくりとアイスを頬張る。どんなにゆっくり食べてもアイスは無くなってしまうし、家にもたどり着いてしまうのは分かっているけれど気分的に抗ってみたかった。

舐めまわして食べる私をみて、どんだけ大事に食ってんだと笑う御幸の笑顔が見れただけでも抗った甲斐はあったのかもしれない。
アイスを食べ終える頃には家が目の前にみえていた。


「ほい、到着」
「ん、いつも送ってくれてありがとう。また連絡するね!」


名残惜しいけどタイミングを逃したら助手席から立てなくなるので、着いて早々にシートベルトを外し、外に出た。
口の中の甘ったるさが余韻のようにいつまでも残っていて、それが余計に物悲しいと感じながら車から離れる。
きっと明日もメールとか電話するし、週末はまたゆっくり一日一緒に居られるはず。そう分かっているのにバイバイと手を振る顔が引きつりそうだ。


「あ、楓、忘れ物」


そう言いながら自分側の窓を開ける御幸に、何の疑いもなく運転席の方まで回り込み近づく。
何か車で出したようなものはあったっけと記憶をたどりながら顔を覗かせると、そのまま御幸の手が伸びて来て後頭部を引き寄せられた。


「・・っん」


冷え切っていた唇が熱で覆われる。角度を変えながら啄むように吸われるキスは別れ際の挨拶にしては濃厚で、突然の事すぎて働かない頭は御幸にされるがまま。
ついには口内へと舌が侵入してきて、御幸の生暖かい舌が冷えた口の中を動き回る様子がいつも以上にダイレクトに感じられた。

くちゅくちゅと音を漏らしながら唾液を舐めとられ、興奮からなのか恥ずかしいからなのか目に涙が浮かんだ。


「・・ふはぁ、突然な、に・・・?忘れ物って言ったのに…」
「俺が、お前のキスもらうの忘れたの。最後にもう一回アイスも味わおうとおもったけど・・やっぱ甘ぇな」


そういって最後にチュッと音を立てるキスを残し車内へと体を戻した御幸とは対照的に、落ち着きを無くした私はどうしたらいいのか分からずただ彼を見つめた。
去り際になんて事をしてくれたんだと思えたのは後になってからで、今は何が起こったかを理解するだけで精いっぱいな私はどんな顔をしていたのだろうか。


「そんなもの欲しそうな顔すんじゃねーよ」


そう言いながらほくそ笑む御幸に見つめ返され、違うと言いたい言葉が喉で閊える。
赤い顔でうろたえる私が期待通りなのか御幸からくくっと震えるような笑い声が漏れた。


「お前が望んでるもんは来週な。覚悟しとけよ」


力強い視線とその言葉だけを残して去っていく御幸の車を、しばらくただ呆然と見送ってしまう。
徐々に脳が言葉の意味を理解していくと同時に全身が熱くなっていくのが分かった。

御幸の言う《私が望むもの》がなんなのか。
そんなの、分からないわけがないじゃん

来週までどんな顔で過ごしたらいいのかと悩む私の顔はきっとニヤケてしまっているだろう。
さっきまで感じていた寂しさや物足りなさを一瞬にして忘れさせる御幸は、やっぱり私を夢中にさせる天才なのかもしれない。





いつもお世話になっているフォロワーさんへの捧げ物のつもりで書きました!
大人でプロ野球選手の御幸って‥ズルいですよね、いいですよね、惚れますよねwww
もっとカッコよく書けたらよかったのですが、自分の技量の無さにへこたれてます。。。
いつかすんごいカッコいい御幸が書けます様にっ!!!

write by 朋



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