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確かなモノ



騒がしい教室も、つまらない授業も、今までと同じはずなのに色あせて見える日々。
俺の高校生活で変わったのは野球が無くなったって事だけ。
ただそれだけのことがとても大きくて、埋まらない何かを抱えたまま過ごす日々は気が付いたら過ぎ去っていってしまっている。

こんなんじゃダメだろ。

そう思うのに野球をしていたあの頃の様なやる気も元気も湧き上がってこないまま、また色あせた今日を過ごす。


「純、まだ帰らないの?」


授業が全て終わったにもかかわらずボケっと椅子に座ってりゃあ亮介からそう聞かれても不思議じゃねぇな。
だが帰ったところで俺はどうするんだ。

勉強??筋トレ??

先の決まっていない状態で俺はいったい何をするのが正解なのか。
その答えが分からないから、俺は動けずにいるというのに。


「おー、もーちょっと残ってくわー」
「了解。俺は帰るからね」


じゃ、っと言ってすぐさま教室を出て行くのは亮介の優しさか。
あいつぜってぇ何か言いたかっただろうけど。

仲間にまで心配かけてんじゃねぇよ。早くなんかしろよ俺。
野球が、甲子園が無くなっただけで人生終わったみたいな顔してんなよ。


「クソが・・」


乱暴に机を蹴って椅子を引き、何も教科書を詰めていないカバンを持って立ち上がる。ふらふらと廊下に出れば聞こえてくる後輩たちの声に、自然とグラウンドへと目を向けた。
見慣れているはずの景色なのに、見る場所が違うからか何度見ての馴染めない練習風景。バカみたいに騒いでる沢村の声も、男たちの唸り声の様な掛け声も、どこか遠い。
ついこの間まであそこにいたはずなのに。
それがまるで幻だったかのように、今では俺たちがいないのが普通になっているあの場所が少し憎い。なんて、ガキが俺は。


「伊佐敷ーー!ハイ、ポーズ!」
「あぁ!?」


突然呼ばれた声と変なセリフについ顔をしかめて振り返れば、すぐ近くで俺に背を向けた状態でスマホのインカメラを押す松浦がいた。
その画面にはばっちり俺と松浦の姿が映っていて、伊佐敷の顔ウケるなんて言いながら画像を保存する松浦の頭に手を乗せ、指に力を込めた。


「痛い!!痛いよ伊佐敷!!!」
「痛くしてんだろーが!なーに勝手に写真撮ってやがんだ」


背中を向けたまま暴れる松浦の頭をひねってこちらを向かせれば、首がもげる!っと大げさに騒いで煩いから仕方なく手を放す。
まだ頭がキューってなるとかわけわかんねぇこと言う松浦の目は少し涙目で、やりすぎたか?なんて思ったけど、謝る前にまたも写真を撮られたので謝罪の言葉を口にできなかった。


「消せよ」
「ヤダヨーだ!この伊佐敷の顔も最高に微妙だし!」


最高に微妙ってなんだよ。日本語として変だろ。


「つーか、なんでいつも何でもねー写真撮ってんだよ」


松浦がこうやって突然写真を撮るなんてことは今までも良くあった。
それは何も俺をってわけじゃなくて、他のクラスメイトとだったり、飛んでくる鳥だったり、風景だったり。
一日に何度もスマホのカメラを起動させている松浦の姿を見掛けるが、別に写真部でもなければネット上にUPしたりするわけじゃないらしいと、前に誰かが言っていたか。


「その瞬間は今しかないから、かな?」
「は、大げさだな」


良いか悪いかしらねぇが、明日もまた同じような日がやってくるというのに。
同じ教室で、同じように勉強して、同じように過ごす、何の変哲もないつまらない日々が。


「伊佐敷は転校とかした事ある?」
「あぁ?ねぇけど」
「私はね、高校入るまでに5回もしたよ」


だから入学当初は知ってる人が誰もいない状況で大変だったんだと、今からでは想像もつかないことを言うから考え込むように眉間にシワがよった。
いつだって松浦の周りには誰かいて、野球部ばっかでツルんでた俺らなんかよりよっぽど友達が多いイメージがあるから、周りに馴染めていない松浦ってのが想像できないのだ。

そんな俺の顔から言いたいことが分かったのか「私を何だと思ってるの」なんてふくれっ面を見せる松浦はやっぱりコミュニケーション能力が高いと思う。
だからか、次の言葉になんて返せばいいのか分からなかった。


「確かに馴染むのは早いけどさ。でもね、離れると忘れられちゃうのも早いんだよ」


仕方がないんだけどねって言いながらも笑う松浦の笑顔が、初めて悲しそうに見えた。

離れると忘れられるのも早い…か。
やっぱり俺はバカかもしんねぇ。自分だって野球部を離れ、疎外感的なものを感じていたくせに少しもソレを想像しなかったなんて。
ばつが悪くなり顔を背ける俺に、松浦は何を思ったのかフハッと笑いだしてまたカメラを向けた。


「だから思い出だけじゃない、確かなモノが欲しかったのかもね」


これも伊佐敷の後悔記念なんてふざけたことを言って写真を保存している様だったが「そんなもんいらねぇだろ」とは言えるものの、なんでか「消せよ」とは言えなかった。

コイツは日々の何気ない日でも《確かなもの》を残そうとしてんのに、俺はなにやってんだ。
野球が無くなって、夢を捨てることも出来なくて、何もなくなった。
確かなものなんて残っていない、野球以外にとりえのない俺は何で俺を残せばいいのか。


「・・・・伊佐敷もさ、確かなモノあるでしょ?」


そう言って見せるのはスマホに収められている野球をする俺の姿。
それは必死こいてボールを追っている姿だったり、ヒット打った瞬間だったり、三振してベンチに戻る所だったり。
いつの間にこんな写真撮っていたのか分からないほど、沢山の俺が居た。


「伊佐敷の高校野球は終わっちゃったけどさ、でも、確かに伊佐敷は野球をしてたんだよ」
「はは・・・んだよそれ。意味わかんねぇ」


松浦のスマホに収まる、確かに野球を必死にやっていた俺が「お前は何も無いわけなじゃい」と俺を奮い立たせる。
辛かった日々も、勝ってうれしかった日も、負けた悔しさも、確かに存在していた。
ココに残っていた。

無くなったりなんてしていなかった。


「撮りすぎだろ。つーか野球部の写真まで撮ってんのかよ」


じんわりと込み上げてくる温かさを誤魔化すように見ていたスマホを松浦の顔に押し付ける。
ちょっと!と抵抗しながらスマホ画面を確認する為に松浦の視線が俺からそれたことに内心ホッとしたのもつかの間、画面を拭いて顔を上げた松浦は不敵に笑っていた。


「違うよ、野球部じゃないよ」


そういって指さす先には、先程見せてくれたフォルダーの名前で、確かに『伊佐敷純』と俺の名前が書いてあっる事に驚きを隠せず目を見開く。その後見せられたフォルダー一覧画面にも野球って単語も俺以外の個人名も無いことに疑問と共に変な期待が生まれてくる。


「ね?伊佐敷だけだよ」


なんでかわかる?と挑発するように俺の顔を覗き込むように見つめてくる松浦に、先程生まれた期待が疑問を押しのけ上がっていく。
クッソ、なんなんだよ。
今までそんな目で見た事なかったはずなのに、目の前にいる松浦が急に女に見えて、おもわず顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

その瞬間、目の前に向けられた松浦のスマホがカシャッとシャッター音を響かせた。


「あはは!伊佐敷照れた記念」
「クソがっ!!!消せ!!」


今しがたのむずがゆい空気を一変する音に内心感謝しながらも松浦のスマホへと手を伸ばすが、俺の手をさらりとかわした松浦が「絶対消さないよー」なんて言いながら逃げていく。

逃げるとかふざけんなよ。写真だけじゃねぇ。
このまま言い逃げなんてされてたまるか。
突然のことで俺はどうしたいとか、どう思っているのかとか、そんなもんわかんねぇけど。でも、俺はこいつの中の確かなもだってのが嬉しいと思ったから。

本気で走っていないやつに追いつくなんて容易で、腕をつかんで引き止めればバランスを崩したのか俺にもたれかかる様に倒れてきた松浦を受け止める。


「・・・・楓」


すぐ目の前にあるこいつの耳元で、初めて名前を呼んでみる。言葉にしたことは無かったはずなのに意外としっくりくる響きに満足していると、背後からでも松浦が照れていることが分かった。
なんだよ、名前呼んだだけでこれかよ。反則だろ。

パシャ

ズボンのポケットからスマホを取り出し、今まで松浦がしていたように俺もこいつの顔を写真に収めた。


「これでお相子だな」


顔を真っ赤にしている松浦の写真を確認し保存ボタンを押せば、俺の中にも確かに刻まれる確かなもの。松浦といたという証。


「俺もお前の写真ならとっといてやるよ」


写真フォルダーを作り『松浦楓』と名前を付けてやる。
これからどんどん増えていくだろうコイツの写真を想像して、心が跳ねた。

こういうのも悪くないんじゃねーの


write by 朋
Happy Birthday Mizuki!



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