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馥郁たる香りにむせて 02


このニオイは何……?


「ちょと楓!?大丈夫!?」


突然発作を起こした様に呼吸を荒くする私に、紗良が慌てて顔を覗き込む。だが落ち着こうと深呼吸をするたびに取り込まれるニオイのせいで動悸は激しさを増すばかりで、どうしたらいいのか自分でもわからなくなる。

どうにか顔をあげニオイの先を辿ると、丁度こちらに向かって歩いてくる男性が目に入った。
落ち着いた雰囲気だし、同じ三年生の様に見えるが見たことのない顔。彼が近づくたびにこのニオイも強くなっていき、自分を抱きしめる手に勝手に力が入る。


「この、ニオイ……」
「え?匂い?」


私の言葉で紗良があたりの匂いを嗅ぐが変わった匂いなどしないようで首をかしげているから、やはりいつもの私にしか嗅ぎ取れない程度のニオイなのだろう。だが今までにこんな激しいニオイなど嗅いだことがない。クサいとか良い匂いとか、甘いとか酸っぱいとか。そんな言葉で表現できるようなニオイじゃなくて、身体が湧きたつようなニオイが存在するなんて…。

とりあえずこれ以上嗅いではダメだと息を止め、彼が通り過ぎてくれるのをひたすら待った。しかし彼は離れていくどころか、自分の変化に戸惑っている私を気遣い話しかけてきたのだ。


「おい、大丈夫か?」


そう心配そうに尋ねてくる彼こそこの症状の原因なのだから全然大丈夫なんかじゃない。
彼がすぐそばで立ち止まっていることにより呼吸を止めている事も出来ず、失った酸素を求めるあまりに盛大に取り込まれた空気は口から吸ってもこのニオイを全身で感じさせた。

彼から放たれるニオイを嗅ぐたび自分が自分で無くなるようで怖い。
それなのに本能的にもっと嗅ぎたいとでも言うように体がこのニオイを求めてしまう。


「すみません、ちょっと・・・離れて」


自ら離れることができないならと必死に声を絞り出せば、彼は不思議そうにしながらも素直に離れてくれた。


「ちょっと結城くん!早く風下行って!」


私が気になるからかゆっくりとした足取りで離れる結城君とやらを小湊君たちがいるベンチ裏へと追いやるところを見ると、彼も野球部なのだろう。
哲なにしたの?とからかう口調の小湊君に、哲と呼ばれた結城君は無言で首をかしげていた。

そりゃそうだ。
彼にしてみたらいきなり苦しみ出した私は、ただの変わり者。それで加害者扱いされれば、もはや冤罪でしかない。二年以上通っていて初めて見る人なのに、初対面の印象最悪だ。

彼のニオイが薄らいだことで次第に落ち着きを見せ始めた心拍を確かめる様に胸へと手を当てる。今まで体験したことのない身体の反応にまだ戸惑っているが、それよりも周りの心配そうな視線が落ち着かない。


「あっは、お騒がせしました」


何事も無かったかのようにふざけて見せれば、何だよと安心したような声が各所から聞こえる。隣の紗良の視線だけは痛いけれど、詳しく説明できるほど私も分かっていないから後でじっくり語らせて。そう思っていたのに、痛い視線は紗良だけではなかった様だ。


「で、なんだったの?」


もちろん教えてくれるよね?って言葉がしっかりと含まれた笑みでにこやかにこちらを見る小湊君に、返した笑顔が引きつる。
小湊君がそんなことを言うから、一度逸れたはずの他の人の視線がまた私の方へ突き刺さった。前々から思っていたけど小湊君って可愛い顔して本当にイイ性格してるよね。本人にそう言ったところで改善されないどころか返り討ちにあいそうだから言わないけれど。


「楓はちょっと人より鼻が敏感だからね。男性の匂いが苦手なんだよ」
「あぁ、だから風下行けって言ったのか。なに?俺たちそんな臭い?」


私の代わりに応えた紗良の言葉に、こぞって自分の匂いを嗅ぎだす男性陣。
私以外の人が不快だと思うような臭いではないのに不安にさせてしまったのはなんだか申し訳ない気もするが、互いに匂いを嗅ぎ合う姿がおかしくてついフフッと笑いが漏れてしまい、再び視線が集まった。


「あ、ごめん。ちょっと面白い光景だったからつい。別にみんなが特別臭うわけじゃないよ」
「じゃあ哲だけ臭いんだ」
「む……そうか、臭いのか」


もう一度自分の匂いを確かめてから水でもかぶってきた方がいいかと真顔で小湊君に聞いている結城君に驚きながら、今にも本気で水をかぶりに行きそうな結城君を必死に止める。


「ほんと、大丈夫だから!出来れば風上に居ないでって思うけど」
「それ大丈夫って言う??」
「私が言うんだから大丈夫なんですー!」


ああ言えばこう言う小湊君と言い合いしている間も視界の端で他の男性陣が結城君のニオイを嗅いでいるのが目に入り、罪悪感が増していく。結城君はなにも悪くないというのに。

あぁ、もう。本当にごめんなさい。


『お前気持ち悪ぃんだよ!嘘つき』


昔、気持ち悪いと言われた記憶がフラッシュバックしていく。
他人が感じ取れないニオイ。
臭うと言っても通じないニオイ。

私だけが変。

そう言われ続けた幼い記憶。
だから他人には隠してきたのに……。



目の前の彼らは感じ取れない匂いを感じると言う私をどう思うのだろうか。
「わっかんねぇけどな〜」なんて言う伊佐敷君は眉間にしわが寄ってる。それが普通の反応だよね。分からない事を言われたら不審に思う。人とはそういうものだ。

それなのに


「わかった。なるべくお前の風上にはいかない様にしよう」


ここなら平気か?と何も疑う事なく、嫌がる事も無く私から離れる結城君にこちらが戸惑ってしまった。
咄嗟に頷いただけの私の態度にも気にすることなく、そうかと少し安心したように腰を下ろす結城君を呆然と見つめる。そんな結城君に各所から「哲らしい」だの「もう少し気にしろよ」なんて呆れたような優しい声が飛んだ。


「楓、気にしなくて大丈夫だよ。結城くんはああいう人だから」


ちょっと天然も入ってるしと笑う紗良に急かされ、改めて昼食を開始する。



このニオイも。
今の態度も。
私には初めての事ばかり。

この人は結城哲さんていうのかな。

紗良の話を聞きながらも、彼の事が気になって仕方がなかった。


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