AofD | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


02 サボテンの噂

お昼休み。ザァザァと降りしきる雨のせいで窓は締め切られ、教室中がむわりとした湿気に包まれる。昼食後の独特な匂いも相まって決して気分は良くない空間だが、そんな中でも交わされる会話はいつもと変わらない。


「昨日彼氏がさー・・・」
「え、それ最悪じゃん」


彼氏の事、好きな人の事、友達の恋愛事情。
たまにドラマの内容や音楽の話だったりもするけれど、基本は恋愛に纏わる話だ。それこそよく飽きないなって思うくらい同じような話ばかりしている。


「楓は?最近どうなの?」
「変わらないよ。彼氏もいなければ好きな人もいませーん」


こうして突然話を振られる事にももう慣れてしまった。
笑顔を作るために口角を上げてワザと軽く言えば、一つの相槌の後すぐにまた別の話題へと移行していく。たまに誰か紹介しようか、などという話に発展することもあるけれど、どうやら今日は免れたらしい。


「そういえばさ、倉持が下級生の女子と空き教室にいたって」
「そうなの?やっぱりあの噂本当なのかな」
「っぽいよねー」


倉持、とクラスメイトの名前が上がった瞬間、トクトクと心臓が速く脈を打ち出した。でも、その後に続いた会話で今度は締め付けられるように痛む。表情に動揺を見せないように装っているけれど、こうして自分の気持ちと連動するように動く心臓はちょっと困りものだ。

だって、この気持ちは友達に気付かれるワケにはいかないから。
気付かれた所で反対されるに決まってるし、私が友達の立場でも反対するだろう。
理由はただ一つ。女子の間で、まことしやかに噂されていることがあるからだ。

゛処女を捨てたければ、倉持に頼め″

どうしてそういう噂がたったのか、いつ頃からだったのかも分からない。
それでも今回に限らず、何組のあの子が。1年の子が。度々流れてくる話があるから噂も中々消えないんだと思う。
噂が本当なのかどうか確かめたくても、何故か噂になった張本人たちが誰も口を割らないために噂の範疇を出ない。けど、限りなく黒に近いと皆思っているだろう。


「何で倉持なんだろうね?」
「笑った顔とかはいいと思うけどねー・・・そういう噂ある時点で無理じゃん?」
「確かに。好きになったら傷つくの目に見えてるよ。ねぇ、楓?」
「えっ、あぁ。そうだね」


今度は内容が内容なだけに反応が遅れてしまって上手く返せなかったし、ヘラリと浮かべた笑顔は引き攣っていたかもしれない。でも、特に怪しまれずに済んだようだ。
小さく安堵の息を吐きながら、気付かれないように視線を窓際の方へと移すと渦中の彼の姿を捉える。
まさか今自分の事が話題に上がっているなんて微塵も思っていないだろう彼は、いつものように同じ野球部の御幸くんと話していた。

何を話しているのかまでは聞こえないけど、時折浮かべる笑顔を見れば目が離せなくなるし、特徴のある笑い声が耳に入ってくるとついそばだててしまい、どうしたって彼の存在を意識せざるを得ない。

友達にも言えないこの想いはとっくに限界点を超えてしまっていて、今にも溢れ出す寸前。それでも踏みとどまっているのは、やはり噂があるからだ。
さっき友達が言ったように、倉持くんへの想いを自覚してから噂が耳に入る度ズキズキと心が痛んだけれど、それは私が勝手に傷ついているだけで、倉持くんにとってはどうだっていい事だろう。
だったら、どうせ傷つくなら噂になんかじゃなくて本人に直接傷つけられたほうがいいんじゃないかって最近思い始めた。

こうして視線だけを送り続けたところで、この一年が過ぎ、更にもう一年が過ぎて何も進展が無いまま高校生活は終わってしまう。
倉持くんから私に、なんてあり得ないに決まってるんだから、この状況を変えたければ自分から動き出す他ない。


「野球部といえば御幸もかっこいいけどさ、何か足りないよね」
「分かる。むしろ女に興味あるの?って感じ。それに野球部って時間なさすぎだし」
「だよねー。あっ、この前言ってたバスケ部のさ」


二人には申し訳ないと思いつつ、適当に相槌を打ちながら女子特有の脈絡のない話題を右から左へと流していく。

噂が限りなく黒に近くても、本人に確かめない限りは倉持くんが本当にそういう事をしているかどうかは分からない。
噂が先行しているだけならいいけど、もし本当ならやめてほしい。そう考えるのは倉持くんの事が好きな私のエゴだろうし、押しつけがましいと自分で思う。

倉持くんに告白をしたって、今の状況から考えても振られるのなんて目に見えている。
その上で色々と口出しするとあれば、嫌がられるかもしれない。最悪嫌われてしまうかも。
だけど、このまま無関係で終わるくらいなら、いっその事その方がいい。
倉持くんの中で存在すら曖昧なままよりも、嫌いっていう感情が芽生えた方が記憶に残るでしょ。なんて、こんな事思うあたりもう末期なのかな。


「今日、声掛けてみようかな」
「え、何て?」
「ん?その男の子はどうしたの、って」
「あぁ、えっとね・・・」


つい漏れ出た声を拾われてしまったのを誤魔化して、もう一度倉持くんの方へ視線を移せばもう彼はそこに居なかった。
変わりに窓の外の景色が視界に飛び込んできて、未だに降り続ける雨のせいか暗く濁る風景が広がっている。窓を閉め切っていても聞こえる雨音は激しく降っている証拠だろう。
いつもと違う気持ちになったのも、もしかしたらこの雨のせいなのかもしれない。

所々に水溜りが出来たグラウンド。
水を吸って色が変わってしまっている土。

ボーッとそれらを見ながら、野球部は雨の日どうしてるっけ。と頭の片隅で考えて、これからの行動を脳内でシュミレーションしていく。

まずは気持ちを伝えて、噂を確かめよう。後は倉持くんの出方次第。
決意が崩れないようにギュッと手を握り締め、胸の中に仕舞いこんだ。



back] [next




[ back to top ]