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スクープは誰の手に

「楓ちゃんってさー、今彼氏いるんだっけ?」
「・・・いますけど」
「へぇ、何してる人?」
「何って、別に普通ですよ」


会社の昼休み、隣に座った先輩が雑談のつもりなのか私に向けて話を振ってきたけれど、その話題が出た瞬間に一気に食欲が失せた気がした。
私のプライベートにそんなに興味ないでしょ。って思うのに、情報収集のためなのか、あるいは心理的にマウントをとりたいのか知らないけれど、とりあえずって感じで聞かれるのがすごく嫌だ。

正直に答えるつもりは無かったものの、口から出たあまりにも適当すぎる答えに自分で笑いそうになる。
普通って何だろう? 手に職を持たず、今の私たちみたいに中小企業に勤めてただ会社の利益をあげるために働いてるのが普通なのかな?
先輩は「ふーん。そうなんだ」なんて感情の篭っていない返事だったから、やっぱり興味なんて無かったんだろう。

私の彼氏の職業を聞けば、それが普通じゃないのなんて一目瞭然だ。
きっと殆どの人が顔も名前も知ってるだろう。例えファンじゃなくても、テレビで一度は顔を見た事あるだろうし、新聞を見れば名前だって載ってる。時には一面に大きく載る事だってある。そんな、プロ野球の世界に居るなんて怖くて口に出せないよ。





「なんで?」
「なんでって、言ったらめんどくさいでしょ」
「そうかぁ?」
「そうだよ」


一緒にいる時に会社での会話を思い出したので、彼氏である一也に打ち明けてみたら、自覚ゼロの返事が返ってきた。
一也にとっては昔から野球は身近だったし、OBとかで知り合いのプロも多かったから特に何でもない事なのかもしれないけど。御幸一也といえば、球団のファンの間では有名なのだ。
ドラフト候補の時から話題に上がっていたし、一軍に合流して試合に出るようになってからの女子からの人気はすさまじい。メディアに取り上げられれば取り上げられる程増えていっている気がする。
ここで私がうっかり口を滑らせようものなら……と、考えただけで恐ろしい。


「マスコミに売られちゃったらどうするの?」
「ははっ、何だよそれ。俺は別にバレたっていいけど」
「御幸一也、熱愛!? って週刊誌に出ちゃうよ」
「そんな有名人みたいな事にならねーって」


いや、なるよ。充分有名人だと思うし。笑い飛ばしてるけどまさか無自覚なのかな? 自分自身の事に興味が無いのは知ってたけど、もう少し危機感を持ってほしい。


「それに、私の彼氏が一也だってバレたらさ、絶対会社で変なの出てくる」
「変なの?」
「一也を横取りしてやるー。みたいな」
「そんな肉食女子周りにいるのかよ」
「いる。いるね。絶対いる」
「はっは、怖ぇー」


表には出さないだけで、打算的な女子って絶対多いと思うんだよね。それこそ、男をステータスで見るような女子。
今は笑ってる一也だけど、もしそんな女の人に言い寄られたらどうするんだろう。
いや、もしかしたら私が知らないだけで既に言い寄られてるかもしれない。だって、あの御幸一也だし。
一也の隣にぴったりと寄り添う女の人を想像してみたら、心の奥からモヤッとした何かが湧き出てくる感じがした。


「まあ、必死になって隠さなくても言いたくなったら言えばいいだろ」
「仲の良い友達には言ってるけどね。会社の人にまでわざわざ言うのもなぁ」
「言ってくれた方が俺としては助かるけど」
「え、なんで?」
「虫除け的な?」


コトリと首を傾げながら聞けば、一也も同じ方向にコトリを首を倒して虫除け、なんて言うものだから、思わず「あはは、そんな心配いらないよ」と笑い飛ばしてしまったけれど納得いかなかったらしい。少し唇を突き出したような表情を見て困ってしまった。
会社で私に言い寄る人なんて居ないし、私のことよりも自分の心配をしてほしいというのが本音だ。けど、それを言ったら本当に機嫌を損ねてしまいそうだな。

大体、もし言い寄られたって靡くわけないのにね。野球をしてる時のカッコいい姿も、こうした少し子供っぽい仕草も大好きなんだから。それこそ、頼まれたって離してあげないくらいには。なんて、今更そんな恥ずかしい事を言えるはずもなく、そういえば明日会社の飲み会だった。とあからさまに話を逸らせば珍しく一也も流されてくれて明日の詳細を伝えてみたけれど、直後に一也が悪戯めいた笑みを浮かべたので嫌な予感から口元が引き攣った。


「一也は明日試合なんだよね?」
「だな」


年間を通して試合日程は決まっているから確認する必要はない。でも、笑顔の裏で何を考えているのか知りたかったから聞いてみたのに、軽く流されて終わってしまった。
嫌な予感、当たらなければいいんだけど。



◇ ◇ ◇



「本当、秘密主義だよねー」
「そんな事ないですって」
「じゃあ彼氏の写真見せてよ」
「写真苦手で……変な写りのやつしかないんです」
「本当に彼氏いるの? バーチャル彼氏なんじゃない?」


あぁ、めんどくさい。避けていた話題なのに、アルコールが入っているせいか皆変な絡み方をして場を盛り上げてくる。しかも、いつもの先輩だけではなく男の人まで会話に入っているから収拾がつかない。
大体バーチャル彼氏って何? たまに夢なんじゃないかと思うことはあるけど、ちゃんと存在してるし。昨日も一緒にいたし。何なら今テレビつけてみれば? 中継してるし映るよ。と、口ではへらりと笑ってかわしながらも心の中で言えない本音をぶちまけた。

ずっとこの調子で絡まれていては酔うに酔えなくて、チビチビとお酒で口を湿らせながら早く終わってくれとそればかり願い続けていたのが幹事の一言により漸く実った。もう終わり? なんてそこら中から声が上がったけれど、私としては飲み放題の二時間がとてつもなく長く思えていたので、やっとかという気持ちだ。


「げっ、めっちゃ雨降ってる」
「マジか。傘持ってないんだけど」


机の上に散らばったものの片付けや忘れ物のチェックをしていれば、少し先から聞こえてきた声に眉を顰めた。そういえばここにくるまでも降っていたっけ。そこまで強くなかったから止むと思っていたんだけどな。
窓のない居酒屋の一室では外を確認する事ができなくて、天気予報をチェックしようと取り出したスマホ。そこに表示されている何件かの通知のうち、一番上にあったメッセージに思わず「えぇっ!」と声を漏らしてしまった。

絵文字も何もない、「迎えに来た」の一文。
相手の名前は御幸一也。
今日は試合だったはずなのに……いや、でも確か今日は球場で試合予定だったか。この雨で中止になったから、という事だろう。
ふと昨日の会話での一也の意味深な笑みを思い出して、こういう事だったのかと頭を抱えた。きっと一也は今日の試合が中止になる事が分かっていたんだ。だから、普段は追及してくるのに私の飲み会の話に乗ってくれて、詳細を聞いてきた。

返信するために画面に表示させてから、さてどう乗り切ろうかと考えていたところにタイミングよく「どうしたの?」とさっきまで話していた同期が後ろから手元を覗き込んできた。
慌てて隠しても時既に遅く、「ええっ、ちょっと!楓ちゃんの彼氏が迎えにきてるって!」と声が響いたかと思えば、さっきまでダラダラとお喋りに興じていたとは思えない速さで出て行った同期や先輩達。止める間もなく扉の向こうへ消えていった皆を呆然と見送ってしまったが、ハッと我に返って追いかけた。


「楓ちゃん! 彼氏どの人?!」


遅ればせながらも扉を開けば、ザァザァと雨が弾く雑音の中で近距離から大声で話しかけられる。ああもう、酔っ払いめ。そんなに大声出さなくても聞こえるよ。
ちょうど軒下になっている場所にひしめく皆を避けながら、視線をぐるりと一周すればすぐに見つけられた一也の姿。雑踏の中でも、その体格の良さとか傾けた傘や帽子の影から覗き見える端正な顔立ちで目を引くんだから。っていうか、全然変装してないし。いつもみたいに帽子被ってるだけだし。御幸一也だってバレバレじゃないか。


「あ、あの人?」
「こんばんは〜!」


まだ対策も何も練れていないのに、視線と空気で察してしまった皆が早速絡みにかかる。
特に女子たちは色々な事を一瞬で判断したんだろう。割とグイグイと話しかけているのを見て軽く溜息をついた。
だから言ったのに、隠れ肉食女子いるよって。一也の笑顔が段々と引き攣っていって、若干引いてるのが見て取れる。


「え、嘘だろ」
「何? どうしたの?」
「あの、御幸選手ですよね? 握手してください」
「え? 聞いた事ある! 誰だっけ?」
「野球じゃない? プロ野球」


どうしていいか分からなくて傍観していた私だけど、男の先輩の一言に慌てて集団の方へ近寄った。
そうか、女子だけなら直ぐには気づかなかったかもしれないけど、やっぱり中継とかを見ている男の人だと気付いてしまうんだ。ボーッとしてる場合じゃなかった。
一也、と控えめに呼んだ名前は雨の音に掻き消されそうなくらいの小ささだったけれど、そこにいた全員がぐるりと私の方へと振り向いた。
皆の視線が怖い。酔っているからというのもあるんだろうけど、遠慮のない視線がびしびしと刺さって、説明を求められているのが分かる。
でも、ここでの質問攻めに答えていたらいつまで経っても帰れないのも事実で。一也の正体がこれ以上周りにバレて騒ぎになる事態を避けるためにも彼が傾ける傘の中に身を滑り込ませた。


「もう帰れる?」
「……うん。皆さんすみません、お先に失礼します」


ぎゃあぎゃあと背後で騒ぐ声は傘に弾く雨音よりも大きく、思わずため息が漏れる。
明日は休みだからいいとしても、週明けの月曜日が怖い。仕事中に雑談をする人たちじゃないが、休憩中などは容赦ないだろう。まだ金曜日も終わりを迎えていないというのに、すでに会社に行きたくないと思ってしまった。


「どうして急に?」
「ん? だから虫除けだって」
「……そんな心配いらないのに。でも、ありがとう」


迎えに来てくれたの、嬉しかった。
正直な気持ちをそっと舌にのせれば、どーいたしまして。と棒読みのようなお礼が返ってくる。これはちょっと照れてるな、なんて顔を見なくても声だけで分かってしまうことに顔が緩んだ。


「虫除けだから傘一本なの?」
「いや、車で来たしフツーに忘れた」
「ははっ、ホントそういうとこアレだよね」
「うっせ」


完璧なようで、完璧じゃない。いまいち決めきれないところなんて、身近な人間じゃないと知らないだろう。なんて、さっき一也に突進していた肉食女子たちに内心マウントをとってみるあたり私も性格が悪い。
さっきまでは全然酔えなかったはずなのに、一也の隣にいるだけでアルコールが回ってきたのかふわふわしてきた。傘を持っている逞しい腕にするりと自分の腕を絡ませたのも、きっと酔っているからだ。


「おいおい、週刊誌に撮られても知らねーぞ」
「私も虫除けするの!」
「はっは! 珍しいじゃん」


傘の中という狭い空間のおかげかアルコールのせいかは分からないけど、マスコミも肉食女子も今なら怖くない。
コインパーキングに着くまでぴったりと一也にくっ付いていた私は知るまでもなかった。
翌週、まんまと撮られた一枚が世間を騒がせることを。そして、Aさんの証言として肉食女子の発言までもが載っていることを。


「マスコミ怖っ! 肉食女子怖っ!」
「はっは、全国的な虫除けになったな」




これも二年くらい前の書き途中を仕上げたものです〜!当時の自分に言いたい。オチはメモしておいて下さいと。でも、大好きな彼バレネタです〜!週刊誌ネタとかバレるネタがとにかく好きなので、秘伝のタレのごとくきっとまた書きます。ああ、好きなんだなと思って許してください
write by 神無


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