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ギミックに陥落

乗り込んだ時には混んでいた電車内も、地元が近づくにつれて段々と空席が目立つようになってきた。効きすぎている暖房が不快でマフラーを外していると、膝に置いていたスマホが微かに震える。それを皮切りに次々とディスプレイに表示されていく通知を見て思わず笑いそうになってしまった。
思えば、アイツに会うのも随分と久しぶりだ。前に会ったのは確か夏の県予選の時だったけど、その時はほんの少し話した程度でちゃんとした時間はとれていない。二人でゆっくり過ごすのなんて、それこそ去年の帰省以来じゃないだろうか。そう思うと途端に落ち着かない気持ちになるが、それを誤魔化すように足を組んで深く座り直した。
早く会いたいな。今日のご飯はカレーだって。初詣一緒に行ってくれる? 改札で待ってるからね。時折スタンプを挟みながら送られてきているメッセージを一つ一つ読んでいけば、まるでアイツが喋っているみたいに思えてくるから不思議だ。落ち着きがないのも、思いついたらすぐに行動に移すところも相変わらずで、会えなかった時間の空白を感じさせないくらい全く変わっていない事に安堵した。
でも、それは勝手に俺が思い込んでいただけで、変わらないものなんてないんだとこの直後に思い知らされる事になる。


「洋一!」


間延びした車掌のアナウンスに促されて、再び冷気の中に体を滑り込ませた。巻き直したマフラーに鼻まで埋めながら人の流れに沿って足を進めていると、ちょうど改札が見えたところで呼ばれた名前。足を止める事なく視線だけで声の主を探したが、視界が捉えたその姿に、これでもかというくらい目を見開いてしまった。
アレは誰だ。と一応考えてみたところで一人しか思い当たらない。ぶんぶんとこちらに向かって手を振っている一人の女はさっきまで俺が思い浮かべていた女に違いないが、記憶の中の姿とあまりにも違う事に今度はため息が口から零れ落ちた。合宿で重い体が更に重くなったような気分だ。


「久しぶりだね。何かちょっと逞しくなった?」
「お前……ヤンキーの次はギャルかよ」
「は? ギャルじゃねーし」
「口調。戻ってんぞ」
「ギャルじゃないよ?」


久しぶりに会ったにも関わらず、まるで昨日の会話の続きのように感動もクソもない。まあ、俺たちの間には今更そんなもの必要ないのかもしれないが、もう少し何かあってもいいんじゃねぇ? と思ってしまったのはとりあえず胸の奥にしまっておこう。
それにしても、半年近くの間で随分と変わったものだ。目の前でころころと笑うこの女は松浦楓といって、中学の時から付き合っている俺の彼女なのだが、前に会った時と比べるとほぼ別人だった。中学の頃はお互い少し道を外していたけど、高校に入ってからはコイツも落ち着いていたはず。「清楚系を目指す!」なんて宣言した時には笑ったが、夏に会った時も特に変わった様子はなかったのに、今は髪が明るく染められていて、しっかりと化粧が施されていた。どちらかといえば中学の時に近いその姿は少し懐かしく感じる。


「髪染めたのか?」
「休みの間だけね。指導のセンセーうるさいし」
「ああ、なるほど」
「かわいいでしょ?」
「あー、はいはい」
「適当すぎ!」


宥めるように明るい色の髪の毛を撫でてから歩きだせば、すぐに隣に並んでするりと腕を絡ませてくる。手を繋ぐよりもこうして腕を組んだ方が近くにいられて好きなのだと昔言っていたけれど、今もそれは変わっていないらしい。でも俺は、久しぶりに感じる柔らかな感触に全神経が右腕に集中してしまって、次から次に展開されていく話題が全然頭に入って来なかった。


「さっき洋一の家寄ったら今日はカレーだって言ってたよ!」
「何で知ってるのかと思ったら家まで行ったんかよ」
「うん。で、一緒に食べる約束してきた」
「抜かりねぇな」
「甘口カレーね」
「うっせ」


時折笑い声を上げながら歩いていれば家に着くのはあっという間で。団地の狭い階段を上がって、狭い家のドアを開ければ仄かにカレーの匂いが漂う。全く変わっていない内装に、ああ、帰ってきたんだと一気に肩の力が抜けた気がした。
親との会話もそこそこに自分の部屋へと引っ込めば、当然のように楓も後を着いてきてベッドを背もたれにして座った俺の隣に腰を下ろす。
暖房器具もないこの部屋は冷えた空気に包まれていて、温もりを求めるようにぴったりとくっついてくる。二人きりのこの空間で、この距離。まして会うのは久々の彼女。どうしてもそういう事を考えてしまうのはケンゼンなコーコーセーって事で許して欲しい。現実には親もジジイも居るから変な事は何も出来ねぇし。


「ね、甲子園私も応援行っていい?」
「そりゃ構わねぇけど、遠いぞ?」
「知ってる」
「こうやって話す時間も多分とれねーし」
「それも知ってる。でも洋一が甲子園だよ? 絶対行きたい!」
「好きにしろよ」


なんて、突き放すように言ってみたが本当は頭を抱えてしまいたい気分だった。普段思うように構ってやれていない自覚はある。なのに、それを意にも介さずこうして応援してくれるのを見ると堪んねぇ。
そっと顔の位置をずらして楓の方を見れば、不思議そうにくりっと見開いた双眸とぶつかる。徐に伸ばした手を頬に当てれば、ひやりと冷たい感覚が伝わってきて、そこで漸く自分の手が熱を持っている事に気づいた。
バサッと音がしそうなくらい盛られた睫毛が伏せられ、赤く色付いた唇に自分のを押し付ければ、ふにっと柔くて暖かい。久しぶりの楓の唇は甘く、一度重ねてしまったら中々離せそうに無かった。時折リップ音を奏でながら、どこまでしていいものか頭の隅で考える。ほんの少しくらいなら、と自分の支えていた手を動かして触れようとした時、ポケットの中に入れていたスマホが振動して大袈裟に肩が跳ねた。同時に唇も離れてしまって、思わず舌を打つ。


「あ? 沢村?」
「同じ部屋の後輩クンだっけ?」
「おー……ってアイツ、若菜と一緒かよ」


沢村からのメッセージを開いてみればスマホに表示されたのは集合写真で、その中には以前見た若菜の姿もあった。人の邪魔しておいて自分は随分と楽しそうじゃねぇか。腹立つな、オイ。


「若菜って、誰?」
「は?」
「洋一が名前で女の子呼ぶなんて珍しいじゃん」
「いや、若菜は」


スマホに気を取られていたせいか、自分がポロッと零してしまった名前に指摘されて初めて気づく。誤解されちゃ適わないと慌てて楓へ視線を向ければ、ジロリと鋭い視線が飛んできていた。目力が強調されているせいもあるからか、その迫力にちょっと怯む。これは……まずい。


「いや、違うから」
「シメる」


グッと胸元を押されると、バランスを崩して背中から床に倒れ込む。体勢を整える暇もなく上に楓が乗ってきて、動きを制限されてしまった。
本来なら嬉しいシチュエーションのはずなのに、完全に目が据わっている楓を見ると焦りしか湧いてこない。


「真面目に野球やってるかと思えば他の女にまで手ぇ出してたんかよ」
「口調、口調戻ってんぞ」
「はぁ?」
「や、マジでお前だけだから!」


過去だと思っていたやんちゃぶりはまだまだ健在なのか、下手な事を言えば本気でシメられそうな雰囲気に冷や汗が流れる。会った時のように口調を指摘してみても煽るだけのようで、そうなるともう必死で誤解を解くしかない。長年の付き合いからここで拗れるとどれだけ面倒くさくなるか分かっているし、久しぶりの楓との時間をこんな事で終わらせたくなかった。


「若菜は沢村の……、あ?」


だから情けなくも必死で伝えていたけれど、俯きがちだった楓が少し顔を上げたところで漸く違和感に気づく。真一文字に引き結ばれていた唇は弧を描き、鋭かった瞳も細く緩められていた。


「なーんちゃって」
「は?」
「若菜ちゃん知ってるもん。青道の応援席で仲良くなった」
「は?」
「お前だけだ。って、やばい。嬉しい」


ああ、やられた。ふふっと笑いを堪えているような仕草を見て、自分がハメられた事を理解する。項垂れている俺を見て気が済んだのか、上から退こうとした楓の細い腰を掴んで腹筋だけで起き上がる。
突然向き合った俺に逃げようとするのが伝わってくるが、もちろん逃がしてやんねぇ。口角を上げた俺とは逆に、楓の笑いが引き攣った。


「洋一、怒ってる?」
「別に? ホントの事だしな」
「え?」
「楓だけで手一杯だわ」


文句を言うためにか、開かれた口をそのまま塞ぐ。明るい髪を手で梳くと、触れた頬が熱を帯びている事に気付いた。そういえば、いつの間にか楓の体からは冷たさが無くなっている。ちゅぅ、と吸いながら唇を離してみれば、その顔は仄かに色づいていて。こういうところは何も変わっていないんだと分かると胸の奥が熱くなった。
もう一度その柔らかさを堪能するべく唇を近づけた時、今度は楓の方から唇を重ねられる。まだ部屋に来てからそんなに時間は経っていないというのに、この調子じゃカレーも初詣も遅くなりそうだな。なんて思いながらも、唇を離す事は出来そうに無かった。

write by 神無



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