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夢か現か

*注〇〇しないと出られない部屋

 ふ、と意識が覚醒した。覚醒したということは今まで寝ていたんだろうか、と記憶を遡ってみたけれど、最後の記憶は古文の授業だった。先生の口から流れる馴染みのない言葉の数々がだんだんと子守唄に変わり、睡魔に負けてしまった……ような気がする。
 であれば、今は授業中のはず。なのに、ここはどこだろう。どう見ても教室ではない。十畳ほどの空間の中には机もなければ椅子もない。それだけじゃなく、窓もドアも、私以外なにもなかった。


「夢かな?」


 夢を見ている時、これは夢だと感じることは殆どない。珍しいけれど、どうせならもっと楽しい夢が見たかった。そう思うのは贅沢だろうか。だってこんな、広い空間に一人きりだなんて、一体どんな深層心理を表しているんだろうと思うじゃない。
 時間を持て余すように思考を巡らせた時、私以外なにもなかったはずの空間から「あれ?」と低い声が聞こえてきて、勢いよく声の方へと振り返る。


「み、御幸くん?」
「松浦? ここどこだ?」
「……さあ?」


 首を傾げながらも、心臓がうるさく鳴り始める。やっぱり夢だ。夢に違いない。一年のころからずっと好きだった御幸くんがここに現れるなんて、都合の良い夢に決まってる。
 色もなにもない空間の中、御幸くんの姿だけがカラーで鮮明に浮き上がるので、どうしても視線を彼に向けてしまう。不躾かもしれないが、夢なんだし別にいいか。むしろ普段あまり見れないんだから、ここぞとばかりに見てしまおう。折角の夢なんだし、有効活用しなきゃ損だよね。


「授業中だった気がするんだけど」
「私も寝てたはずなのにここにいるんだよね。なのに突然御幸くんが出てきてびっくりした」
「あー、そういえば俺も寝てたかも」
「夢だよ、夢。私の夢にご出演ありがとうございます」
「はっは、なんだそれ」


 広い空間のほぼ真ん中。距離を縮めて向き合えば、御幸くんの眼鏡の奥の瞳の色までちゃんと見える。すごい。夢なんだしぼやけてても仕方ないのに、私の脳内はそれほど御幸くんを細かくインプットしてるってことだろうか。
 上を見上げる御幸くんにつられて上へ視線を向ければ、ひらり、とどこからともなく小さな紙が降ってきた。風もないのに不規則に揺れながら落ちてくるそれは御幸くんの大きな手のひらの上に音もなくのる。


「は?」


 驚きの声を発したのはほぼ同時。見間違いかと何度も文字を目で追うけれど、何度見てもそこにはキスをすればここから出られます≠ニいうありえない文言が流れるようなフォントで印字されていた。
 どんな深層心理かと思っていたが、まさかの欲求不満? ずっと抑えつけていた好きな気持ちがカンストして変な方向に行ってる? 


「ありえねー」
「夢だから目が覚めれば終わりだと思うけどね」
「こんな夢見るとか……疲れてんのかな、俺」
「あははっ、主将いつもお疲れ様です」


 意味の分からない状況の上、変な紙まで降ってきたというのに楽しくてたまらない。御幸くんと二人きりなんて初めてで緊張して然るべきなのに、夢ということが気を大きくしているのか、ただただ嬉しかった。
 ――だからだろうか。


「……ためしてみる?」
「……は?」
「キス。私はいいよ、御幸くんなら」


 普段なら絶対に言わない台詞が舌を滑るように転がり落ちてきた。
 驚いたように目を見張る御幸くんに向けて、更に言葉を重ねるべく口が動く。


「だって私、ずっと御幸くんのこと好きだったもの」


 いつか告白しようと思っていた。長期連休の前、学校行事の度、野球部の大会の後。けれど最後の勇気が持てない私はその一線をなかなか超えることが出来なくて、部活の邪魔しちゃいけないし。なんて体のいい理由をつけて引き伸ばしていた。
 夢だから。予行練習ね。それでも、告げた想いに嘘偽りなんてない。


「……これ、真面目に答えたほうがいいやつ?」
「返事は欲しいけど、夢なんだしオッケーしか聞きたくないなぁ」
「あー……気持ちは嬉しいけど」
「待って待って待って! それ断りの定型文で頭につくやつじゃん」
「いや、ちょ、最後まで聞けって!」


 両手で耳を塞いでいやいやと首を振る私の手首がぱしりと捕まえられた。自分の手首が細いなんて今まで思ったことなかったけど、御幸くんの指が簡単にぐるりと回っているのを見ただけで急に恥ずかしさが増す。
 すごくリアルな夢だ。鼓動の音も、御幸くんの温もりも息遣いも、自分の感情でさえも、全部リアル。私の創造力ってかなりすごいかもしれない。


「俺、野球ばっかだし。引退するまでほぼ放置だと思うぜ?」
「知ってる。それに、野球してる御幸くんが好きだから……私に構ってる時間があったら野球やっててほしい」


 これも、本音。一年の時からしつこく思い続けてるんだから、御幸くんがどれだけ野球が好きか。野球を頑張ってるか少しは知っているつもり。万が一……億が一付き合えたからといって時間を融通してもらうようなワガママを言うつもりはないよ。
 自分の中では当たり前の想いだったが、御幸くんにとっては意外だったみたいだ。きょとん、とした後弾けるように笑い声をあげた。


「はっは! なんだそれ!」
「嘘じゃないよ!」
「付き合っても、それじゃあ何も変わんなくねぇか?」
「……じゃあ、たまにメールとか」
「ぶ、くく……やべー、おもしれー」


 ちょっと私の創造力、もう少しいい方に持っていってよ。ほら、場面転換して、次は見つめ合う二人からのシーンでいこう。笑顔が見れて撮れ高充分なので、お腹抱えて肩震わせて笑ってる御幸くんはこれでおしまい!
 まるで一本のストーリーを作り上げる監督の気分になっていれば、少しづつ笑いを収めた御幸くんがはあー、と大きく息を吐き出した。


「俺、そーゆーの全然分かんねぇんだけど」
「うん?」
「メールのタイミングとか、付き合い方とか?」
「ああ、うん」
「それでもいいなら、よろしく」
「うん…………って、え? え? オッケーってこと?」
「オッケーしか聞きたくないんだろ?」


 ニッて口端を上げる御幸くんを見た瞬間、ぶわっと高揚感が込み上げてくる。嘘、夢みたい。いや違う、夢だった。最高のハッピーエンドを迎えてしまったよ。この夢全部録画して保存したい。起きても絶対覚えていてやる。忘れるもんか。


「それに、正直俺も気になってたし」
「えっ、本当に?」
「こんな事で嘘つかねーって」


 めちゃくちゃいい夢じゃん。創造が想像を超えてきたよ。このまま覚めなくてもいいかもって思えるくらい、もう胸がいっぱいで満ち足りている。


「……なあ、これ試してみるか?」
「うん。いいよ」


 さっき何回も見たあの紙がもう一度目の前に差し出される。握られていたのかくしゃくしゃになっていたそれを、意味なく指先でなぞった。
 ふ、と会話が途切れた時、示し合わせたように顔を見合わせる。相変わらず御幸くんは鮮明に映るし、自分の鼓動もリアルだ。
 そっと瞼を閉じて待てば、閉ざされた視界の中で御幸くんが近づいてくる気配を感じる。緊張を押し殺すようにぎゅっと丸めた手を優しく包み込まれたことに意識が向いた瞬間、ふに、と唇に柔らかいものが押し当てられた。
 少し湿った感触とか、温かさとか柔らかさ。まるで夢じゃなく、本当にしているみたいだ。そう思った瞬間、意識が途切れた。



 どこか遠くでチャイムの音が聞こえる。ああ、授業が終わったのか。そう理解すると同時に目覚めてしまったことが分かり、一度起こした体をもう一度机に預けた。
 本当にいい夢だった。もっと続きが見たかったのにチャイムに邪魔されたし。寝直したらもう一回最初から再生されないかな?
 テスト前だというのに全く授業を聞いていなかったけれど、微塵も後悔なんてなかった。

 ざわざわと喧騒に包まれる中、目を閉じて御幸くんと触れ合った時のことを反芻していれば、チャイムに続いてぽんぽん、と肩を叩く手に邪魔される。もう、今いいところなんだからもうちょっと待ってよね。そんな想いを込めてじろりと視線を向けた先には、今の今まで夢の中で一緒だった御幸くんがいた。


「な、なに?」


 夢の内容なんて知られるはずがない。けれど、内容が内容だっただけに動揺を隠せなくて、御幸くんに声をかけられたというのに挙動不審になってしまった。


「あー……、俺もちょっと混乱してるんだけど」


 きょろ、と視線が定まらない様子は御幸くんにしては珍しい。私が寝てる間に何かあったんだろうか。まさか、寝言で御幸くんの名前とか言ってないよね。
 夢の中のハッピーエンドの次は現実のバッドエンドか、なんて最悪の想像をしていたら、夢と同じように私の前に御幸くんの手が差し出された。


「……え?」


 くしゃくしゃになった小さな紙。何度も何度も見直した流れるようなフォントも、あの夢のまま。もちろん、書かれている内容も全く同じ。


「これ、分かる?」
「……夢で見た、けど」
「俺も同じ夢見てたってことか?」


 ――まさか……夢じゃ、なかった?
 でも、夢じゃなかったら一体なんだっていうんだ。あのリアルな偶像は全て現実だとでもいうんだろうか。
 待って、待って待って。私なに言った? なにした? 頭を抱えながら自分の言動を脳内再生していれば、頭上から躊躇いがちに名前を呼ばれる。


「とりあえず、夢じゃなかったのか後で確認したいんだけど?」
「……そうですね、はい」
「じゃあ、昼休みにでも」
「……かしこまりました」


 全てを再生し終わった今、御幸くんの顔を見ることが出来ない。夢だと思って好き勝手しすぎた。思ってたのと違うって思われてもしょうがないやつだ。
 俯きながらカタコトの返事をしていれば、伸びてきた御幸くんの指が私の唇を優しく押した。まるで、あのキスを思い出させるみたいに。


「俺は夢じゃなければいいと思ってるけどな」


 ああ、もしかして今が夢なんだろうか。
 夢か現実か。それがはっきりとしたのは昼休み、二回目のキスの後だった。




ついったーでリクエストもらって書かせて頂きました!久しぶりの短編楽しかったです。サクサク書いたので勢いにあふれた文章になってますので勢いで読んで頂けたら嬉しいです。
write by 神無



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