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馥郁たる香りにむせて 04

じりじりと太陽が照り付ける中、屋根もないグラウンドへと足を向ける。遠くからでも低い声が響いてきて、自分には程遠い青春ってやつだな〜なんて他人事のように捉えていた。まさか汗のにおいの充満する運動部の部活を見に来る日がこようとは、紗良に言われるまでは考えもしなかっただろう。


「会いに行けばいいじゃん」


簡単にそう言ってのけた紗良は完全に楽しんでいるとしか思えなかったが、自分には無かった発想に驚かされた。今まで会うことのなかった人だから中々会えないだろうと決めつけていたのは自分だけ。紗良の案を素直に感心したら、恋をした乙女は自ら接点を持とうと動くのが当たり前なのだと呆れられてしまった。


「いいかい恋愛初心者くん。よく聞きたまえ」
「・・・はい」
「奇跡は起きるのを待つものじゃない。自ら起こすものなのだよ」


胸を張って語られた言葉はいまいち誰の受け売りなのかも分からなかったけど、妙に納得できてしまうから悔しい。
そんなこんなで何故かどこか自慢げな紗良にのせられるようにして野球部の練習場まできてしまったわけだが、いますごく後悔していたりする。


「……臭い…」


マスクをしていなかったらダッシュで逃げ出したいくらいには色々な臭いが交じり合っている。そう言えば野球部のグローブなどは洗ったりしないからマジで臭いと誰かが言っていたな。男の臭いも、汗の臭いも、土埃のにおいも覚悟していたけど甘かった。この暑さもにおいを悪臭へと変化させる要因だろう。


「ねぇ大丈夫??目が死んでるけど」
「あまり大丈夫くない。鼻で息できない」


毎回こんな思いをしなくてはいけないのなら結城君に会いに来るのは不可能だな。会う機会がなくなろうが、恋愛に発展しないと紗良に怒られようが無理なものは無理だ。鼻が臭いに慣れる前に気分が悪くなってしまう。
それに、野球部員たちだって好きなものに真剣に取り組んでいる姿をこんな不快そうな顔で見られたくはないだろう。
お互いにいいことないのならもう帰ろう。そう提案するには一足遅かったようだ。


「なにやってんだお前ら?監督はまだ来てねぇぞ?」


背後から声をかけられ振り返ると、ユニホーム姿の伊佐敷君が少しニヤニヤとした笑みを浮かべていた。朝の紗良の発言を気にしているのだろうが、紗良いわく片岡先生は強いて言えばって話でどストライクではないそうだ。
揶揄うネタができたと意気込んでいただろう伊佐敷君に肩透かしを食らわせた紗良は、残念がる伊佐敷君を無視してグランドへと視線を戻した。


「結城くんいた??」
「わかんないけど、たぶんあっちの方で走ってる人じゃないかな?ニオイはあるからグラウンドにはいると思うし」


強い臭いの中でもあのニオイは感じることができるようだが、遠いからか取り乱すほどではない。たぶん意識していなければ気にならない程度だろう。
これだけ離れていれば大丈夫なのかと理解すると同時に、これだけ離れなければダメなのかと自然と肩が落ちてしまう。


「松浦さんは哲が苦手なんじゃなかったか??」
「少女漫画好きなくせに乙女心がわかってないな〜伊佐敷」
「なっ?!」
「ちょっと紗良!伊佐敷君に変なこと言わないでよ?」
「はいはーい、ごめんって」


その言い方では私が結城君に恋していると勘違いされてしまいそうで慌てて止めにはいるが時すでに遅し。先程まで紗良に向けていたニヤニヤ顔を私に向け、任せろと言わんばかりに大きな声で結城君の名を呼んだ。そこにちょっと待ってなんて言う隙はなかった。
伊佐敷君のバカでかい声はグラウンド中に響き、あたりまえだが結城君以外の人の視線まで集まる。ニオイ的に運命の相手かもしれないというだけで恋心を抱いている訳でもないのに好奇の目にさらされ、のぼせたように顔中に熱が集まっていくのが分かった。


「・・・最悪」
「まぁまぁ、伊佐敷は完全に良かれと思ってのことだから」
「紗良は楽しんでるでしょ」


滅相もないなんて緩んだ顔で言っている親友をにらんでいる間にも結城君のあのニオイが強くなっていく。ドクンと大きく弾む心臓を抑えると、私が緊張しているとでも思ったのか伊佐敷君が満足げなドヤ顔をしてくるので拳が出そうになった。紗良が言うように、本当に乙女心がわかっていない。
結城君を呼んでもらったところで用事もなければなにを話していいのかも分からないというのにどうしたものか。いっそこの場から逃げ出したい衝動にも駆られたが、顔が認識できる距離まで近づいた結城君がピタリと足を止めたので私の思考も止まってしまった。


「どーーかしたのかーーー?」


離れた位置から叫ぶようにして話しかけてきた結城君に再び周りの視線が集まるが、彼は気にならないのか堂々とこちらからの返事を待っている。フェンスの向こう側の結城君が近づいてこないのならこちらも叫ばなくてはならないわけで、ここは呼んだ張本人の伊佐敷君をせっつき何とかしてもらおう。


「哲こそなにしてんだー?」
「風上だから俺はあまり近づかない方がいい」


周りで見ていた後輩たちは何のことだか分からず首を傾げているが、結城君が当然の事のように言っているので聞く事も出来ないのだろう。相変わらずだと温かい視線を向ける三年生の中に小湊君の姿がなくて良かった。いたらきっと朝の紗良のように遊ばれていただろう。


「結城君!!練習、見学させてもらいます!!」


私の変な鼻を疑うことなく真っ直ぐ受け止めてくれた結城君に返せるものがあるとすれば、私も真っ直ぐ向き合うという事だけだ。
いつも見学している人が沢山いるらしいし、わざわざ呼びつけて言うことじゃないだろうとは思ったけれど、結城君は嫌な顔一つしないでそうかと承諾してくれた。それどころか、練習中は風向きを気にしていられないから自分で逃げてくれとかいうのだから只者ではない。
頑張ってとエールを送り手を振れば、結城君は軽く手を上げて答えてから周りの視線など気にすることなく再びランニングへと戻っていった。


「結城君って・・・かわってるよね」
「まぁ、あいつは天然入ってるからな」


野球してるときとは別人だと笑う伊佐敷君の視線は、天然とは無縁そうな真剣な表情をした結城君を映していた。
私は野球をしている結城君を知らない。それどころか、野球をしていない結城君だってほとんど知らない。練習前なのに淡々と走っている結城君は、さきほどまで大声で話し合っていた人とは思えないくらい遠くに感じた。


「しっかり見てけよ。アイツは真っ直ぐクソ真面目で、芯の強い俺たちの主将だ」


なぜか自慢げな顔で結城君を語った伊佐敷君も足取り軽く彼らの元へと駆けて行った。
私達も耐えがたい臭いから逃れるため場所を移せば、今までいなかった小湊君も集まっているようだしそろそろ練習が始まるのだろう。

普段触れることのない世界。
それを見ているせいなのか、はたまた洗脳されているのだろうか。
同じユニフォームを着て同じ練習をしているのに、結城君だけがキラキラと輝いてみえた。


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