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はじまりの瞬間


「いいよ、後はやっておくから部活に行っても」
「いや、終わってからでいい。日直サボったりすると監督怖ぇんだよ」
「片岡先生?・・・確かに怒らせると怖そうだね」


今日一日、何かと時間を取られていた日直の仕事もこの日誌を書ききれば終える。最後のコメントだけ日直二人でコメントを書かなければいけない。という担任の変な拘りのせいでこうして向かい合わせになって残ってるわけだが、コメント欄以外は二人で書く事も出来ない為に私が代表して書いていた。

「俺がやるわ。汚れんだろ」そう言って、毎時間黒板を消してくれた伊佐敷くん。
手伝おうとしても頑なにさせてはくれなかったのでせめて日誌くらいは私が書こうと思ったのだ。
無意識かもしれないけど、ああいう事を出来てしまうあたり凄いなぁ。と思う。さりげに女子の扱い方に長けているところを見るとお姉さんでもいるのかな?
でも、無意識ながらにタチが悪いというか・・・実際にやられると女の子扱いにドキドキしてしまうのが悔しいところである。


「5時限目の体育って男子は何やったの?」
「体育館でバスケだな。あー、そういえばそん時に」


無言にならないように気を遣って話しかけてくれるのも、伊佐敷くんのいいところだと思う。見た目のせいか怖がる女子もいるけれど、こうして話してみると気さくで面白いのに。でもいつも伊佐敷くんの周りには人が集まっているから、そういう人たちは伊佐敷くんの良い所、分かっているんだろうなぁ。

伊佐敷くんと日直のペアになるのは初めてだけど、今までの誰よりもやりやすいかもしれない。そう思いながら授業内容を書ききった時、ブレザーのポケットに入れていたスマホが震えた。
ディスプレイに映し出された通知を見ると、自然に眉間に力が入る。またか、というのが本音で。それを表すかの如く重い溜息が出てしまう。


「どうした?」
「え?あぁ・・・元カレ。とっくに別れてるんだけどさ」


何となく見てしまったけれど、やっぱり見るんじゃなかった。
慌ててスマホを元に戻して誤魔化すように笑いながらそう言ったけれど、伊佐敷くんの顔を見た瞬間、息を呑んでしまい次の言葉が出てこない。
さっきの雑談の時とは打って変わってギロリと眼光鋭い視線が私へと向いていたから。
何か怒らせてしまったんだろうか。急に変わったその雰囲気に、ドクドクと心臓が警鐘を鳴らす。


「悪いんだけど、ここに一言書いて出しといてもらってもいいかな?」


自分の分のコメントを適当に走り書きして伊佐敷くんに渡すと、逃げるように席を立った。


「別れたのに、行くのか?」


だけど、掛けられた声につい動きを止めてしまってタイミングを逃してしまう。
私だって、行きたくない。どうせまた同じ事を繰り返すだけなんだから。
彼氏の方から別れを切り出してきて終わったというのに、今更ヨリを戻そうなんて。もう彼に対する気持ちはなくなっているから何度も断っているが、なぜか粘られているのが現状だ。

それでも、今のこの空気の中にいるよりはマシかもしれない。
だから「ごめんね」そう告げて今度こそ踵を返して教室をでようと思ったのに、今度は物理的に阻まれた事でそれ以上進めなくなってしまった。


「行くなよ・・・」
「え、」


前に進めないのは、伊佐敷くんが私の手首を掴んでいるから。
大きな手は簡単に私の手首を覆ってしまって、振りほどけそうにもない。いや、例え力が入っていなくても振りほどけなかったと思う。この、熱いくらいの温もりを。

どう返せばいいんだろうと答えあぐねていると、徐に伊佐敷くんが距離を詰めてきたから反射的に足を一歩後ろへと踏み出す。そしたらまた一歩詰められて、また一歩後ずさった。
それでも狭い教室ではすぐに足は壁へと当たり、逃げ場を失う。
伊佐敷くんが近づいてくるのに、もう逃げられない。


「ど、どうしたの?」


いつもと全く違う雰囲気にそう問いかけるけど、返事はない。
伊佐敷くんにこんな一面があったなんて知らなかったし、なぜ今それが私にむけられているんだろう。

背中は最早壁についてしまっているが、伊佐敷くんは逃がさないと言わんばかりに壁に手をついて閉じ込めるような体勢をとった。
どうやら肘まで壁についているようで、あまりの近さに呼吸すら止まってしまいそうだ。
ふわりと伊佐敷くんの匂いすら鼻腔を擽って、温もりまで届いてしまうんじゃないかと錯覚してしまいそうなこの距離に、心臓がドクドクと煩く鳴り始める。
どうすればいいのか。そろりと視線だけで見上げた伊佐敷くんの顔。でも、見るんじゃなかったとすぐに逸らす。

だって・・・分かってしまった。さっきと同じ真剣な瞳で、でも少し恥ずかしそうに染まる頬と顰められた眉。その表情が私の問いかけの答えを全て持っていたから。


「伊佐敷・・・くん」
「好きだ」


兎に角、この距離をどうにかしてほしい。その意味を込めて名前を呼んだのに、返ってきた言葉に今度こそ呼吸が止まった。
耳元で囁かれた直球な台詞が、頭の中で何度もリフレインする。

今まで聞いたことのない声で、こんな体勢で、その言葉を告げてくるなんて。ずるいとしか言いようがない。
だってこんなの、伊佐敷くんを異性だと意識しずにはいられないじゃないか。


「お前は知らなかったと思うけど、ずっと好きだった」


そう言って伊佐敷くんは照れたように視線を外した事で、やっと空気が軽くなった気がする。
でも、この体勢は解かれずにそのまま。私が答えるまで伊佐敷くんが退く事はしないのだろうか。目の前で微かに揺れるネクタイを見ながら、まとまらない思考のままゆっくりと口を開く。


「あの・・・そういう風に考えた事、なくて」
「・・・おう」
「だけど、これから・・・考える、から」
「分かった。なぁ・・・この後、行くのか?」
「・・・行かないよ」


行ける筈ないじゃないか。ただでさえ乗り気でなんかなかったのに、今のこの気持ちのまま元カレと話す気なんて起きないよ。
後で返信しておけばそれでいいだろう。ついでに、もう連絡もしないで欲しいと付け加えておこう。


「そうか」


良くできました、というように頭をぐしゃりと乱暴に撫でられた事で、漸く伊佐敷くんの囲いから解放されて距離が出来た。
それでも安堵したように柔らかく微笑んだ伊佐敷くんに、未だに心臓は鳴りやまないのだけど。


「コレ、一緒に出しに行くか」


ポン、と日誌を叩き、今度は無邪気ともいえる笑みを浮かべた伊佐敷くんから目を逸らせない。
今この時だけで、一体いくつ彼の表情を見たんだろう。
今まで私が見て来た伊佐敷くんのイメージを払拭するには充分で、あまりの情報量についていけていない。

あぁ、何か想像出来てしまった。
きっと明日から伊佐敷くんの事を目で追ってしまうんじゃないだろうか。
今日はどんな表情を見せてくれるのか、と。

でも、それが少し楽しみになってしまっているあたり、もう始まってしまっているのかもしれない。




書いた覚えのない伊佐敷が発掘されました!笑
一年近く前のものだと思います・・・多分、友達に書いたやつかな?アップしようかどうか迷ったんですけど、折角の純さんのお誕生日だから何かアップしたいと思ったのでアップします!
純さんお誕生日おめでとーーう!
write by 神無



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