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12 花咲くサボテン


今、倉持くんは何て言った?
好きだ。という3文字がぐるぐると頭の中をリフレインしているにも関わらず、自分に都合の良い聞き間違いじゃないかと疑ってしまう。
まさか、だって、そんなはずない。むしろさっきまでは怒らせて嫌われていると思っていたくらいだ。
倉持くんが私を好きだなんて俄には信じられなくて、ただパチパチと瞬きを繰り返しながら目の前の倉持くんを見つめる。


「オイ、何か言えよ」
「・・・・・・うそ」
「はぁ!?」
「だって、そんな風に見えなかったし」


喜ぶどころか何の反応も出来ずにいた私に痺れを切らしたのか、困ったように髪の毛を手でクシャリと乱した倉持くんが、どこか不安そうに言葉を掛けてきた。
初めて見るその表情に、早く何か言わなければと口を開いたものの、出てきたのは心に思っていた疑いの言葉そのもので。ああ、もう・・・どうしてここで可愛い言葉ひとつ言えないんだと後悔してももう遅い。


「まぁ、自覚したの今だしな」
「え・・・」
「・・・怖がらせて悪かった」


でも、そんな私に怒るでも呆れるでもなく、倉持くんは逆に先程の行為を謝ってくれた。
ゆっくりと髪の毛を梳くように撫でてくれた手は優しくて、もう怖さなんて感じない。乱暴に解かれたリボンも外されたボタンも、今度は一つ一つ丁寧に閉め直してくれる。さっきとは間逆の行動に、漸く倉持くんの言葉がじわりと心に沁みていくような気がした。

嘘じゃ、ないんだ。
心の中で確かめるように呟いてみれば、それは実感となって湧いてくる。
殆ど押し付けに近かった私の想いだけど、ちゃんと倉持くんに届いたんだ。届いて、そして受け入れてくれた。


「倉持くん、ありがとう」


リボンを整えてくれていた手を包み込むように握り、ギュッと力を込める。
笑いたいのに泣いてしまいそうで。何とか口角を上げてみたけれど、きっと情けない顔になってしまっているだろう。
そんな私を見ても倉持くんは笑い飛ばす事はせずに、ゆっくりと引き寄せてくれた。


「バーカ。それは俺の台詞だろーが」


再び収められた腕の中。耳元で響く倉持くんの声が何だか擽ったい。ドキドキと煩く鳴り出す心臓も、緊張で強張る体もさっきと変わらないけど、唯一違ったのが力強さや温もりに感じる安心感だった。
気持ちが通じたからなのか、同じ行為なのに感じ方が違うなんて不思議だな。と思いながらも、緊張から強張る手をそっと伸ばして倉持くんの背中に回してみる。
すると、それに気付いた倉持くんが更に腰を引き寄せてきて、隙間なくピトリと密着した。
目を瞑り、どくんどくんと力強く脈打つ自分の鼓動を聞いていると「楓」と低い声が頭上から響く。


「ん?」
「昨日、御幸と何話してた?」
「・・・御幸くん?」
「廊下で、二人で何か話してたろ」


突然何だろうと思いつつも、倉持くんの問いかけに対する答えは考えるまでも無くすぐに出た。御幸くんと二人で話したのなんて昨日が初めてだし、内容が内容なだけにそう簡単には忘れられない。
倉持くんを止めて、ってお願いした時だから。


「昨日は倉持くんの事について話してたよ」
「は?俺の事?」
「うん。っていうか御幸くんとは基本的に倉持くんの話しかしないけど」
「はぁー・・・ンだよ」


大きな溜息のあと、脱力したように肩口に埋められた額にドクリと心臓が跳ねた。
急にどうしたんだろう。昨日の御幸くんとの会話の内容を知られた訳でも無さそうだし・・・もしかして機嫌が悪かった事に何か関係があるのかな。
倉持くんの態度から何かある事は間違いないと思う。理由を聞いてみたいけれど、聞くなという雰囲気をこうもあからさまに出されてはそれも出来ない。かと言って他に何を話していいかも分からずに口を閉ざせば、自然と沈黙が流れた。

殆ど人気の無い特別棟は、お互いが黙ってしまえばとても静かで。今が昼休みだとは思えないくらい音が無い。今更ながらに二人きりだと意識してしまって恥ずかしさが増してきた時、漸く倉持くんが口を開いた。


「なぁ、次の授業このままサボらねぇ?」
「え・・・次片岡先生だけどいいの?」
「・・・よし。教室戻るか」


もっと倉持くんと二人でいられる。というお誘いについ頷いてしまいそうになったが、頭に過ぎったのは次の授業の事。野球部の顧問でもある片岡先生の授業をサボッたら何か言われるんじゃないのかな。そう思って聞いてみれば、あまりの手の平の返しように声を出して笑ってしまった。
片岡先生、どれだけ怖いんだろう。普通に授業を受けている分には、顔はちょっと怖いけど優しくていい先生なのに。やっぱり部活では違うのかな。

クスクスと笑いの止まらない私を窘めるようにポン、と頭を軽く叩いた後、腕の拘束が解けて離れていった温もり。それが名残惜しい、だなんて私も随分と我儘になったものだ。


「服、直せよ」
「・・・あっち向いてて」


タイミングが掴めずにずっと乱れたままだったシャツ。倉持くんが背中を向けた隙に後ろ手でホックを留めて、シャツをスカートの中に入れた。ボタンとリボンは倉持くんが綺麗に整えてくれたから直す必要はない。あとは、体中に付いてしまっている埃を払うだけだ。
パンパン、と音を立ててスカートのお尻の部分をはたいていると、倉持くんも背後に回って髪の毛や背中の辺りを丁寧に掃ってくれた。


「やっぱ汚れてんな・・・悪ィ」
「いいよ。教室にブレザー置いてあるし」


予想はしていたけどやっぱりシャツはどうにもならないか。ここの床はどう見ても掃除が行き届いていないし、黒く汚れてしまっているんだろうな。まあ、埃だし洗えば落ちるから今日を乗り切れればそれでいい。
教室に戻ってブレザーを着てしまえば誰にも指摘される事なくやり過ごせるだろう。昼休みに入った時にブレザーを脱いでいて良かった。
そう自分の中で結論付けたのに、倉持くんは勢い良く自分のカーディガンを脱いだかと思うと、私の方へと差し出してきた。


「ん、コレ着とけ」
「え!?いいよ、大丈夫だから」
「いいから」


倉持くんが今の今まで着てたカーディガンとか、無理。恥ずかしすぎてそんなの着れる訳が無い。と、殆ど反射的に断ったのにも関わらず、強引に頭から被せられてしまって袖を通すしかなくなってしまった。
カーディガンを着る事で、温かさがシャツを通して伝わってくる。着る瞬間に仄かに香った柔軟剤か何かの香りは抱き締められている時に感じていたもので。だからだろうか、何だか抱き締められている時の事を鮮明に思い出してしまって落ち着かない。


「ほら、行くぞ」


そんな私なんてお構いなしに、今度は手の平が目の前に差し出される。それが何を示しているのか分からなくて、ただジッと所々にマメのある手の平を眺めていれば、痺れを切らしたようにその手が伸ばされて、私の手を攫っていった。
自分とは違う、硬くてゴツゴツした手に握られると、緊張と戸惑いからぶわりと手汗が滲み出るような気がする。
昨日まで・・・いや、この教室に入ってきた時までの倉持くんとあまりにも違いすぎて、心が上手くついていけない。だって、手・・・繋ぐとか。そんな日が来るなんて考えもしなかった。さっきまで抱き締められていたのに今更かもしれないけど、それとこれとは違う気がするし。
急な変化をすぐに受け入れる事が出来ず戸惑ってばかりで、思考もぐちゃぐちゃだ。


「何だよ」
「だって、あの」
「信じられないかもしれねーけどよ」
「・・・うん?」
「俺、彼女には結構優しいぜ?」


ニヤリと笑った倉持くんに、心臓がキュッと音を立てる。
信じるとか信じないとか以前に、彼女という一言が嬉しすぎて。足に力が入らずにずるずるとその場に座り込んだ。手を繋いでいるからだろう、倉持くんも倣うように目の前にしゃがみ込み「どうした?」と顔を覗き込んでくる。


「・・・無理」
「あ?何が」
「何かもう色々無理」


この教室での短い時間でどれ程の幸せを与えてもらっただろう。想いが通じて、いつもと違う倉持くんを沢山見れて、優しさに触れた。
一つ一つの行動が泣きたくなるくらいに嬉しくて、もうどうにかなってしまいそうだ。


「もっと好きになっちゃうよ・・・」
「ヒャハハ、いいんじゃねーの?」


倉持くんの弾けるような笑い声に俯いていた顔を上げれば、楽しそうにくしゃりと笑う顔。ずっと見たかった笑顔がそこにあった。優しく弧を描く瞳からは、もう棘なんて感じられない。
その表情から目を逸らせなくてジッと見入っていれば、握られたままの手を少しだけ強く握られると同時に、もう片方の手が頬に添えられる。
ゆっくりと距離を縮めてくる倉持くんを見て、そっと目蓋を下ろした。


――好きだと自覚してから、ずっと倉持くんの事を目で追ってた。
だけど、見ているだけじゃ結局何も分からなくて。こんな風に優しく触れてくれることも、今みたいに少し照れたように笑う顔だって知らなかった。
どうして女の子に冷たくしていたのか、まだまだ知らない事は沢山ある。
いつか、それも聞かせてもらえる日がくるのかな。


「・・・行くぞ」
「うん」


でも、今はただ、こうして隣に並んでいるだけで。倉持くんの笑顔が見れるだけでいい。
他愛ない話をして、時々野球の応援に行ってみたり。そうしていつしか隣に居る事が自然になったらいいな。

芽が出て蕾が膨らみ、やがて花が咲くように。
いつまでもこの想いが枯れないように。
ひとつひとつ、知っていけたらいいな。



fin.





これにて、倉持連載「サボテンの恋」完結となります。
サボテンの花言葉は「暖かい心」「枯れない愛」そして、倉持の最初の棘の多さから関連づけてこのタイトルにしました。

当初は何となくゲスな倉持書きたいな〜と思って1話だけ書いて満足していたんですが、仲の良いフォロワーさんたちに悉く倉持を幸せにしてあげて!というお言葉を頂きまして。
入り方が兎に角アレだったので、読者の皆さんに受け入れてもらえるかずっと心配していたんですが、楽しんでいるとのお声を何度か頂きまして安堵しております。
この最終話なんかは、今までの挽回をすべく少しでも甘くしようとしたら何だか色々詰め込みすぎて長くなってしまいました。書いてる本人としては、めちゃくちゃ楽しかったですが・・・。

あとは、番外編で一話の伏線を回収して完全完結となります。
一話の、一番最後の台詞ですね。もうお分かりですかね(笑)
あともう少しだけお付き合いくださると嬉しいです。
最後まで読んで頂いて本当にありがとうございました。


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