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しまいこんでたドキドキ

 開いた窓からは冷たい風が吹き込んで来る。部屋の温度はグッと下がっているが、朝から部屋の片づけでずっと体を動かしているのでそこまで寒さは感じなかった。
 床に落ちているものを拾い上げ、たいして広くない部屋の隅から隅まで掃除機をかける。ローテーブルの上もきれいに拭き上げて、カーペットの上を粘着式のクリーナーでコロコロと転がしながら埃を取った。
 最後に、起き抜けのまま放置してあったベッドの枕カバーとシーツを変えてピシッと整える。けど、目の前にしたベッドは何か気合いの表れのような気もして。今日この部屋に来る相手も相手だし……いや、彼はそんな細かい事気にもしないとは思うけど、ほんの少しだけ乱しておこう。


「うん、これでいいかな」


 普段そこまで散らかっているわけではないけれど、ここまできれいにしているのも珍しいかもしれない。年末の大掃除はとうに終わっているから、何でかと突っ込まれたらちょっと困りものだ。だって、この掃除は今日の目的のために始めた事なのだから。
 いや、ちょっと違うか。今日の事を考え始めたら居てもたってもいられなくなって、邪念を振り払うように掃除し始めた、が正解かもしれない。
 今日何があるのかって? 別に、たいした事じゃない。ただ、明日は仕事が休みだし、久しぶりに宅飲みでもしようかと彼と話していただけ。だからこの後彼が部屋に来るんだけど、問題はそれじゃなかった。


「あんたたちってさ、付き合って何年目だっけ?」


 きっかけは、友人のこの一言。
 彼――西谷夕くんと私は高校の時から付き合っていて、もう五年が経とうとしている。この間一緒に過ごした記念日に、あっという間だね。と笑い合ったところだ。


「それだけ長く付き合っててさ、トキメキとかあるの?」
「え、あるよ。夕くんかっこいいし」
「あー、うん。あんたはそうだろうね。じゃなくて、西谷くんはあんたにときめいたりするの?」
「えっ……」


 友人からの指摘に、思わず言葉を失う。これだけ長く付き合っていれば、ときめきとかその他諸々が無くなるかといえば、そうでもない。夕くんは兎に角かっこいいし、何年経ったって彼の弾けるような笑顔にドキドキさせられる。けれど、私が彼をドキドキさせているか? そう聞かれると、首を傾げざるを得ない。
 一応、努力はしているつもりだ。体系を維持するために夜のアイスを我慢したりとか、寝る前にストレッチをしたりだとか。でも、どれもこれも真剣にやっているわけじゃなくて、たまにサボるし頑張ったご褒美、なんて適当な理由を付けて自分を甘やかす事も多々ある。


「甘えたりとかしてる?」
「結構甘えちゃってるよ。買い出しの時とか、重い荷物持ってもらっちゃってるし」
「いやいや、そうじゃなくて。えっと……触れ合いとかそういう意味で」


 なんだろう。頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた気がする。確かに思い返してみれば最近そういう事、していないかもしれない。夜を一緒に過ごせば、キスをして何となくそういう雰囲気になってえっちしたりはするけど、こう……いちゃいちゃ? してないかも。かも、じゃない。してない。
 けれど、これだけ長く付き合っていると、いざ思い立って甘えようとしても恥ずかしさが先にきてしまうことは目に見えていて。だから、単純だけどお酒の力を借りる事にしたんだ。


「久しぶりにウチで一緒に飲まない?」


 彼を誘ったのが昨日。そして、電話を切った後から悶々としていて、起きてからはもう逃避のために掃除へと逃げたわけだ。一心不乱に手を動かしながらも、頭ではどうやって甘えようかと必死に考えを巡らせている。けれど、掃除が終わって料理へと移行しても、なかなか良い考えは浮かんでこない。白菜を切っても大根を切っても、どうしようどうしようとループしているだけだった。
 結局、何も答えなんて出ないまま、無情にも部屋のインターホンが鳴り響く。さっきもうすぐ着くと連絡が入っていたから、間違いなく夕くんだろう。その証拠に、彼が持っている合鍵でがちゃりと開錠する音が聞こえた。


「ちーっす。うわ、めっちゃイイ匂いする!」
「夕くん、いらっしゃい」
「鍋? ウマそう!」
「今日寒いし、飲むなら片づけも楽な方がいいかなって」
「さすが葵! 俺は酒買ってきた」
「わ、沢山。ありがとう」


 差し出された袋の中を覗いてみれば、夕くんの好きなお酒と私の好きなお酒が並んでいて、自然と顔が緩む。何も言わなくても私の好きなお酒を買ってきてくれる事が嬉しい。
 ニヤつく顔を隠すように冷蔵庫の中へお酒をしまうと、お鍋へと具材を放り込んだ。


「これ、もう運んでいいやつ?」
「あ、うん。お願い」
「はいよ」


 腕まくりをして重い鍋をひょいっと簡単に持ち上げる力強さとか、腕に出来る筋とか。そういうのを見ると私はすぐにどきどきしちゃうんだけどなぁ。よし、私も夕くんをどきどきさせるためにがんばるぞ。
 ローテーブルに置いたカセットコンロの上にお鍋を置いて、二人掛けのローソファに肩を並べて座った。録画してあるお笑い番組を流しながら、かちりとグラスを合わせた。


「ははっ、おもしれー」


 テレビの中の観客の笑い声と私たちの笑い声が重なる。時間が経つにつれて私と夕くんの間にあった隙間は無くなっていて、腕も足もぺたりとくっついていた。
 お酒を飲むと同時にチラッと横を盗み見れば、同じ高さに夕くんの顔がある。カタチのいい眉に、くりっとした瞳。鼻筋もとおっていて、横顔だけですごくかっこいい。思わずぼーっと見とれてしまいそうになり、慌ててグラスを机の上に置いた。
 アルコールで思考回路もふわふわとしている今なら、実行に移せるかもしれない。心の中でスリーカウントを刻んで、ゼロになった瞬間に首をコテッと横に倒して夕くんの肩の上に乗せた。
 けど、待てども待てども何も反応はない。無反応とか、逆に恥ずかしいんですけど! もうこのくらいじゃ今更何とも思わないのかな? 若干の焦りから、夕くんの投げ出されている手に、そっと自分の手を重ねた。


「葵?」


 さっきまでグラスを持っていたせいか、冷たくなった指に夕くんの温もりがじんわりと伝わってくるのを感じながらするりと指を絡めて、既にゼロの距離を更に縮めようとグッと自分の体を押し付けた。
 流石に何かを感じ取ったんだろう。テレビから私へと向けられた視線は何か探るような色をしている。


「どうした?」
「んー、甘えたくなった?」


 アルコールのせいで浮ついた思考では、言い訳なんて考えられるはずもない。へにゃっと緩みきっただらしのない顔で、正直な想いを口にした。
 酔っぱらいの戯言と思ってくれればいい。でも、口にしたことでぐるぐると悩んでいたことが全部吹っ切れたような気がする。
 そんな私を見て大きな瞳をくるりと見開いた夕くんは、「はははっ!」と弾けるように笑った。


「いいぞ?」


 ほら。そう言って広げられた両手。大好きな腕の中への誘いを断れるはずなんてなく、体を反転させて夕くんの膝の上へと乗ると、ぎゅっと抱きついた。


「んー、ふふっ」
「酔ってんなあ」
「ちょっとだけしか酔ってない」
「そーかぁ?」


 浮き出た鎖骨の上に頬を乗せ、首筋へ鼻先をくっ付ける。夕くんの手がするんと髪の毛を梳いていく感覚が心地よくて、襲いくる眠気から目蓋を閉じた。
 すると、どくんどくんと聞こえてきた自分の心音にハッと我に返る。いけない。目的を忘れるところだった。


「夕くん」
「ん?」
「夕くんは、私にどきどきとか……する?」


 首筋に顔を埋めていて、夕くんの顔が見えない今がチャンスだ。これ以上引き延ばしてしまうと本当に寝てしまうかもしれないし。そう思ってストレートに言葉を投げ掛けた。
 相変わらずテレビからは笑い声が流れていて、私たちの間に流れる無音を切り裂いてくれる。そんな中で、夕くんはぽつりと言葉を落とした。


「してる」
「え?」
「今……ってかさっきから、めっちゃしてる」
「ほんと?」
「葵がこうやって甘えてくれてんのに、しないわけないだろ」


 ほんの少しだけ体を離すと、飴玉みたいに艶めいた夕くんの瞳と重なって、また心臓が音を立てる。


「じゃあもっと甘えちゃおうかな」


 嬉しさと恥ずかしさが綯い交ぜになり、いつもなら絶対に言わないような言葉がつるりと滑り出ると、夕くんも嬉しそうにニッと歯を見せて笑う。
 その言葉の通り、甘えるようにもう一度腕の中に戻って温もりを堪能していれば、「葵は?」と頭上から疑問が降ってきた。


「ん?」
「葵は俺に、してんのか?」
「そんなの……いつもどきどきさせられっぱなしだよ。っ、ひゃ」


 ぐっと夕くんの腕に力がこもったかと思えば、体が宙に浮き上がる。私を抱きかかえたまま立ち上がった夕くんに戸惑いを隠せずに名前を呼んでも返事はなく、歩いている振動だけが伝わってきた。
 ぼふん、と体を下ろされたのはリビングの隣の寝室。朝に整えたベッドの上。


「夕、くん?」
「……今も?」
「当たり前、でしょ」


 暗闇の中、リビングから漏れてくる微かな光が夕くんの表情を浮かび上がらせた。
 ――ああ、もう。心臓が壊れそうだ。この後どうなるか知っているから、僅かな緊張と期待で激しく脈打っている。それでも、今日は私だって夕くんをどきどきさせたいんだ。
 両手を伸ばして抱きしめてくれるように促せば、すぐに温もりに包まれる。顔を横に向けると、近くにあったつるりとした頬に唇を押し付けた。


「ちょ、っと……それは反則だろ?」
「今日は夕くんをいっぱいどきどきさせたい」
「ははっ、上等だぜ。俺も負けてらんねぇな」


 ふ、と口元にかかった吐息。柔らかくて温かいものが唇に触れて、呼吸を奪われる。キス一つで既に負けてしまいそうだったけれど、もう一度抱き締めあった時に聞こえた夕くんの速く刻む音が私のものとぴったり重なり合うのに気付いた。
 私だけだと思っていたけど、夕くんの言った通り意外とそうでもないのかも。そう思いながら、熱いくらいの体温に身を任せた。



いつもお世話になっているフォロワーさんのお誕生日に捧げた夢です!本にしてるので、表示が本仕様になってます・・・。見づらかったらすみません。初めての西谷だったんですけど、初めてだったからか途中で自分の性癖組み込んでるのに気づいて最後笑いながら仕上げてましたw
write by 神無
title by reeco thankyou!


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