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ウィーク・エンドを約束

「はぁ、またか」


長い一週間が終わりを告げる花の金曜日の夕方。
本来なら嬉しい彼氏からのメールについため息が漏れるのは、そこに綴られている文字が最近お決まりの言葉だったから。


『ごめん、仕事になった』


その言葉が本当かどうか疑って不安になっていたのは初めだけ。
何度も何度も、何度も何度も続けば疑いは確信に変り、不安は諦めへと変わる。

女々しく泣いていたのはいつまでだっただろうか。
もうとっくに彼への愛なんてなくなっていた。
それでも別れを切り出せないのは、1人になるのが怖いだけだ。
ただ捨てられた女になりたくないだけで、ズルズルと曖昧な恋人関係を続けている。
きっと彼は自分の浮気が原因で別れるってのがプライド的に嫌なのだろう。
本当にめんどくさい性格だと思う。彼も、私も。

早く帰る必要も、明日の予定も無くなってしまったことだしもう少し仕事してから帰ろう。金曜日の早い時間におひとり様は、なんとなく寂しさを伴うから。

気持ちを切り替える為に給湯室へ向かい、熱いブラックコーヒーを淹れる。漂うほろ苦い香りが、今の自分には心地よく思えた。


「ハイ、早急に対応させて頂きます。はい、はい、失礼いたします・・・・・・っ、だーーーーー!!!!!」


顧客からの長い電話を受けていた黒尾さんが、受話器を置くなり雄たけびを上げる。一瞬にしてフロアのあちらこちらから視線が飛ぶが、黒尾さんがこうなる事は度々あるので、皆からの視線はご愁傷様ですといった憐みが含まれていた。
黒尾さんの顧客がかなりの無茶ぶり吹っ掛けてくるのはいつもの事だと思われるのもどうかと思うが。


「あの、ちょうどコーヒー入れたところなのでどうぞ」
「お〜しばらく帰れないから助かるわ〜」


ぐったりと椅子にもたれ掛かり、間延びした声で返す黒尾さんからは疲れの色が見える。そういえば先週も別の顧客の無茶をやり遂げたばかりだったか。仕事ができるからこそ厄介な顧客の担当になるのだから仕方がないのかもしれないけど。


「はぁぁぁ、、土曜日出たって一人じゃ終わらないっつーの」
「あ、私予定空いてるんで手伝いましょうか?」


デートの後はいつも泊っていくから、もしかしたらそんなことがあるかもと開けておいた土曜日。毎回毎回ドタキャンを食らっているくせに、わずかな可能性を期待してしまっている自分に腹が立っていたところだ。
いっそ仕事をしていた方が気持ち的にも楽だろう。
黒尾さんのお手伝いは今までにも何度かしているし、足手まといにはならないはず。


「マジか。遠慮しねーぞ?マジで使うぞ?」
「あはは、どうぞどうぞ。その代わりご飯でも連れてってください」
「優しい天使かと思ったのにそこはチャッカリしてんのね」
「天使だって見返りを求めるご時世ですよきっと」


世知辛いわ〜なんて言ってうなだれる黒尾さんとの冗談のおかげで、さっきよりは気分が浮上した気がした。
仕事もできて頼りがいもある先輩なのに、こうやって気さくに話せる雰囲気が作れる黒尾さんを秘かに尊敬して真似しているのは恥ずかしいから秘密にしている。
おかげで私も後輩と仲良くやれているのだから、本当なら私が黒尾さんに奢らなきゃダメかな。

改めて自分用のコーヒーを入れ直すが、今度は少しミルクを足してみた。黒尾さんの優しさの様にじわりと広がっていくミルクに、自然と頬が緩んでいくようだった。






「それでは、改めて。今日は助かりました」
「いえいえ、お役に立てて良かったです。いただきまーす」


互いにビールジョッキを掲げ、軽く頭を下げる。乾杯の合図の後、グビっと一気に煽れば休日出勤後の至福の瞬間が訪れる。
プハ―ッなんて古典的な一言が自然と出る黒尾さんに、思わず笑ってしまったら軽く睨まれてしまった。


「どうせオッサンですよー」
「アハハ、伝わりました?でも私も気持ちはわかります」


喉を通り抜けた後、身体に染みわたっていくアルコールが仕事の終わりを体全体に伝えているようで、心がふわりと浮足立つ。
こうやって異性と向き合うのが久しぶりだからだろうか。いや、誰かと食事をすること自体が久しぶりだからかもしれない。
それに加えて、黒尾さんとは会社の人たち何人かで一緒にとかはあったが、こうやって二人きりで居ることは初めてだ。


「居酒屋でご飯とか久しぶりで、なんだか緊張します」


変に上がったテンションは久しぶりの外食だからだと自分に言い訳し、メニュー表で顔を隠す。
今更ながら異性と二人きりだと意識して照れるなんて、黒尾さんにバレたらからかわれそうだ。


「久しぶりって・・・彼氏くんいるでしょーが。彼とは居酒屋行かないの?」


黒尾さんにしたら当たり前の質問だろう。
付き合いたての頃はデートに行く店のリサーチの為、何度か黒尾さんにいいお店を紹介してもらっていたくらいだ。
そんな頃もあったなと思い返せば、先程まで浮足立ち気味だった気持ちが瞬く間に沈んでいく。


「いえ、彼とは半年くらい会ってませんから」
「・・・・・・・・・・・は?」


メニュー表で塞いでいた視線を黒尾さんに向ければ、見るからに「何言ってんの?」と言いたげな顔で固まっていた。
当たり前だろう。遠距離でもないのに、恋人同士で半年会っていないなんて。これで連絡も取れていなかったら自然消滅だと言われてもおかしくない。
説明を求むと言われたので、酒のあてにもならないつまらない話ですがと前置きをしてから、一つずつ話してみた。

恋人とも呼べない、もうとっくに終わりが見えている関係を人に話したのは初めてだった。
人に話すだけで気持ちの整理が出来ると言うのは、どうやら本当のようだ。
取り乱す事もなく、客観的に語れている自分に、彼への愛が本当にないのだと改めて気付かされる。


「他人がどうこう言う事じゃないとは思うケド。それ、続けてる意味あるか?」
「ない、ですね。知ってます」


そう、知っていたのだ。この無意味さを。
私はただ、別れを言い出すきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。


「黒尾さんすみません。すぐ済むと思うので、電話させて下さい」


スマホ片手におもむろに席を立つ私に慌てる黒尾さんを残し、表へ出る。お店の温かさとは違う風が頬を撫でる中通話ボタンを押せば、予定があるはずの彼の声がすぐに聞こえてくる。
ほらやっぱり。そう思う私の気持ちにも気付いているのだろうか。
長い間グダグダと続いていた関係は「別れよう」。そのたった一言で、私が思っていたよりもあっさりと終わりを迎える事が出来てしまった。


「お待たせしてすみません。別れてきました」


席に着くなり残っていたビールを一気に飲み干し、先程の黒尾さんの様にフハーっと声を上げる。さほど時間が経っていなかったからまだ少し冷たいビールで頭が冷やされていくようだ。
私につられるように残りのビールを飲みほした黒尾さんが、通りすがりの店員へ生ビールを二つオーダーした。


「あー、けしかけといて言うのもなんだが大丈夫か?」
「ありがとうございます!大丈夫ですよ。むしろスッキリしました」


それならいいけどなんて複雑そうな黒尾さんに、再度大丈夫だと告げれば、それならジャンジャン食えとメニュー表を押し付けられた。
黒尾さんの奢りだし遠慮しませんなんてふざければ、店の在庫失くすなよなんてノってくれるのだから、一緒に居るのが黒尾さんで良かった。
タイミングよく新しい生ビールを持って来た店員さんに沢山注文をし、再び乾杯のグラスを傾ける。心なしか先程より美味しく感じるのは、背負っていたモノがなくなったからだろうか。


「これで彼のために空けてた週末を自分のために使えます」
「じゃ、来週の休みは俺がもらってもいい?」
「・・・黒尾さん恋人いらっしゃらないんですか?」
「うわ、それ言っちゃう??」


泣いちゃうよなんて泣き真似をする黒尾さんにツッコミを入れる余裕が生まれない。
黒尾さんが仕事ばかりで恋人に振られてから、ずっと「彼女を作る時間をくれ」と言っているのはみんなが知っている事実だ。もちろん私も知っていた。
だけど自分が黒尾さんから誘われる日が来るなんて考えた事すらなくて、突然の事に戸惑わないわけがないのだ。

驚いているからなのか早くなる鼓動にどうしていいかわからず、胸元をぐっと握りしめた。
私が混乱する事なんて想定内だろう黒尾さんは、そっとグラスを置き、真っ直ぐに私を見つめてくる。


「デートしませんか?ドタキャンはしないので」


引きずるような想いではなかったとはいえ、まだ次の恋をする気分ではなかったはずなのに。
茶かすでもない、真剣な黒尾さんを前に、気が付けば私は首を縦に振っていた。


「よかった」


そう言った黒尾さんが安心したように、今まで見たことの無い優しい顔で微笑むから。また一つ、私の中で鼓動が小さく音を響かせた。




実は私が書くのはお初な黒尾さん!!
仲良くさせて頂いてるふぉろわーさんより、私から連想されるタイトルというのを頂いたので、せっかくなので彼女の好きな黒尾さんで書かせて頂きました。
weak(弱いとこ)とweek(週)を掛けているという素晴らしきタイトルに見合う様に書いたつもりですが、、、、如何でしょうか。
まだまだ恋心とは呼べないこの先の未来が素敵なものであります様に。
write by 朋



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