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忘れない、忘れたくない 08


  『葵ーー!!』


遠い意識の中で私を呼ぶ元気な声。
ふわりと温かい気持ちで包まれながら次第にはっきりとしていく意識が朝の訪れを告げる。穏やかな気持ちのまま瞼を開ければ朝の柔らかな日差しが差し込んでいた。

今日から始まる新しい生活に胸を躍らせながら起き上がる。

長い眠りから目が覚めてからは、眠っていた2年を取り返すために必死にバレーも勉強も取り組んできた。
昔のように動かない体も、後輩だった子たちと同じ学年で受ける授業も、木兎くんと同じ大学に行くという目標の前では些細な障害でしかなくて、ただがむしゃらに突き進んだ。
バレーに関しては木兎くんのスパイクを受けていたからか目は慣れていたし、筋肉が戻りさえすれば感覚はあまり鈍っていなかった。
幽霊の時にやったことが身になっているなんて思いもしていなかったけど、全国レベルのスパイカーとの練習はかなりいい経験値になっていたようだ。
もっとも、幽霊だった時の記憶は木兎くんと過ごしたあの1ヶ月分しかないのだけれど。

桜が咲き誇る中、パリッと真新しい気持ちで大学の門をくぐる。
周りの人たちも同じように期待に満ちた表情をしていて、自分のワクワクが加速していくのが分かり、歩く足を速めた。


「葵ー!」


進む先で大きく手を振って叫ぶ木兎くんに周りの視線が一斉に集まる。だがそんな視線を木兎くんは全く気にすることなく私の名前を叫び続ける。


「来たな葵!おめでと!」
「ありがと木兎くん。頑張ったでしょ」


木兎くんが浴びていた視線を一緒になって受けるが、彼と再会してからこういった状況になる事が多いので、さすがに私も慣れてしまった。
前に会わせてもらった木兎くんの後輩の赤葦君が「諦めることも大事ですよ」と言っていた意味が今ならわかる。これが木兎くんの良さなんだろうなって思ったら受け入れられちゃうんだから、本当に木兎くんは凄いと思う。スターの素質ってやつかな、なんて思ってしまうのは惚れているからだろうか。

でもね、赤葦君。
諦めちゃダメだったこともあるんだよ。

いま隣に居てくれる木兎くんを見上げ、隣にいる事に対して込み上げる幸せをかみしめた。


「木兎くん今日も練習だよね?」
「おうっ!お前も来るだろ?」


そう誘ってくれる木兎くんに今日も二つ返事で頷く。度々練習を見学に行ったりしているうちに顔見知りになったメンバーたちは、自主練の時などに私を混ぜてくれることも多く、今では試合前とかでなければ練習に参加させてもらえることも多くなった。
でも今日からは本格的に仲間として参加できるんだと思うと、いつもよりも楽しみで仕方がないのだ。

またバレーが出来るのも、こうやってすぐに周りと馴染めたのも、すべて木兎くんがいたからだと思う。
バレーが好きだったことすら忘れていた私に、バレーの楽しさを思い出させてくれた木兎くんには感謝してもしきれない。


「ねぇ!練習終わったらちょっと神社寄っていかない?」
「おぉいいぞ!俺もお礼に行きてぇしな!」


葵と同じ学校に通えるなんて幸せだからなってニカっと笑顔を向けられ、嬉しさと恥ずかしさで口元がゆるむ。
幸せなのは私の方だよ。
いつでも真っ直ぐ気持ちを伝えてくれる木兎くんに何度ときめいたことか。そう言うと木兎くんは私も変わらないというんだけど、その自覚はない。でも確かに赤葦君に「似たものカップルでお似合いですよ」とは言われたけど。

広いキャンパス内を手を繋いで歩く。それがこれからは毎日出来るのかと思うと、これからの大学生活が楽しみでしかたがない。出会った頃はこんな日がくるなんて想像も出来なかったというのに、しっかりと繋がれた手は確かに温かい。

この先、きっと辛いことや苦しい事があると思うけど。
でも、この手が触れられずにすり抜けてしまうことはない。もう、二度と会えないのかもと探し求めることはないのだから。そう思えば耐えられる気がする。隣に木兎くんがいるってだけでこんなにも心浮かれてしまうのだから。


「へへ、なんか嬉しいな」
「ん?大学は入れたからか?」
「ちがーう!木兎くんといれるから!」
「おぅ!これからはずーーっと一緒だ」


朝の太陽に照らされた木兎くんはキラキラとしていて見えて、その姿が一瞬、神秘的に見えた。
自分の色眼鏡だと分かってはいるが、まぶしい木兎くんの力強い目から視線を外すことができない。


「うん。・・って、なんかプロポーズみたいでちょっと照れるね」


プロポーズなんて完全なる照れ隠しで言ってみただけ。
もちろんずーっとって言われたから嬉しかったのは事実だけど、それがプロポーズだなんて本気では思っていない。

だけど、言われた木兎くんはちょっと考えるそぶりを見せた後、立ち止まって真剣な顔でこちらへ振り返った。


「気持ち的には変わんねぇけど。でもそれはいずれちゃんとするから」


そういって握っていた手に力を込める木兎くんと同じように、繋いでいた手を握り返すと、しっかりと合わさった掌が強く引かれ、木兎くんの胸へと引き寄せられる。


「ずっと葵と一緒にって気持ちはこれからも変わんねぇ。だから予約ってことで」


そういってキャンパス内にもかかわらず、そっと唇に優しいキスをくれた。
先程まで散々騒いでいたせいで周りに注目されていたところだったなんて、チラリとも頭を掠める事なかったのがダメだったのか。触れるだけの唇が離れ、照れたように笑い合う私達を現実に引き戻したのは周りの野次で、恥ずかしさから二人でその場から駆けだした。

もちろん、繋いだ手はそのままに。


「葵ー!今日もあの夕日みような!」


そういって笑った木兎くんも、それに元気良くうなずいた私もまだ幼くて。
木兎くんがちゃんとしたプロポーズをしてくれる日はまだまだ先だと思うけど。

でも、それがいつだろうが関係なかった。

この先も、ずっとずっとあの夕日を2人で見ていけるのだから。


fin.




完結!!!
ココまでお付き合い下さりありがとうございました!
切ない夢をお望みだった方、ハッピーエンドですみません。どこまでもハッピーエンド主義。
少しでも皆さんが幸せになれるお話をお届けしたい、っていうカッコ付けを言いながらも、やっぱり自分が幸せになりたいんだと思います(笑)

皆さんが嫌いじゃなければ、またちょっぴり切ない系のお話書けたらいいな!


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