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社内恋愛マニュアル 前編


書類の束と向き合うこと数時間。やっと区切りがついたところで腕を上にあげてグッと伸びをする。
同じ姿勢を続けた所為で凝り固まった身体はそれくらいでは解れなかったけど仕方ない。
コーヒーでも飲んで一息つこうと席を立ち、給湯室へと足を向けた。


「お疲れ」
「・・・お疲れ様です」


据え置きのインスタントコーヒーを濃いめに淹れていると、後ろから掛かる柔らかな声音。
それが誰のものか声で分かったけど一応振り向いて確認すれば、ドアに寄り掛かっている及川主任の姿があった。
端整な顔立ちとスラリとした体格の所為かその姿が嫌味なくらい様になっていて、不覚にもドクリと心臓が跳ねたけど、顔には出さないように平静を努める。
ここで動揺したり、嬉しそうにしてはいけない。そういう態度をとれば喜ぶって分かってるから。


「俺のもお願いしていい?」
「はーい」


一緒の空間に長い時間居るのは憚られたので、出来れば早く出てしまいたかったが仕方ない。紙コップを取り出して先ほどと同じように粉をお湯に溶かす。
豆から挽いたものに比べれば味も香りも劣るが、それでもふわりと鼻腔を擽る香りに少しだけ落ち着きを取り戻せた気がした。
ミルクポーションを落とせば渦状に広がって、マドラーでひと混ぜすれば瞬く間に色を変える。
そうして彼の好みに仕上げたコーヒーを渡そうとすれば、目の前のシンクにトン、と置かれた大きな手。


「葵、今日定時で上がれそう?」
「ちょっ・・・近いって」


いつの間にか距離を詰めていた彼に後ろから覗き込まれるような体勢になっており、耳元で囁かれた甘い声にピクリと手が震えてコーヒーが波うつ。
慌てて一歩横にずれて距離を置けば彼は不服そうな表情を浮かべたけれど、そんなの知ったことじゃない。


「何、その反応・・・最近冷たくない?」
「だから何度も言ってるけど、バレたくないんだってば」
「別に社内恋愛禁止ってわけじゃないんだし、バレたっていいじゃん」
「そんな簡単じゃないよ」


彼と付き合って、もう1年になるだろうか。
初めての社内恋愛に浮かれていたのは最初だけ。今となってはもう誰にもバレないように社内では不自然にならない程度に徹の事を避けていた。
確かに社内恋愛が禁止されているわけじゃないけれど、バレたら厄介な事に変わりはない。男の人は何かと揶揄ってきそうだし、飲みの席なんかになると恰好のネタになるだろう。酔いが深くなると下ネタまで交えてくる可能性だってある。そう想像するだけで溜息が出た。
いや、それだけならまだいい。問題は・・・女子社員なんだよなぁ。
徹は社交性があるから誰とでも気さくに話をするし、加えてこの容姿だ。そしてこの歳で主任という役職に就いている事で、女子社員が放っておくはずも無い。
誰が誰を狙っているとか、そういう聞きたくもない情報が入る度に隠さないといけないという想いは強くなって。今ではもうこうして社内で徹と二人きりになるだけで周りの目が気になるようになってしまった。


「・・・コーヒー、ありがと」


頭上から深い溜息が聞こえてきた直後に、持っていたコーヒーが徹の手によって奪われる。
熱いくらいの温もりだけが残った手の平を握り締めて、既に背中しか見えない徹の姿を目で追った。
いつもよりも低い声に怒らせてしまったんだろうかと不安が渦巻いたが、今それを考えていてもしょうがない。既に温くなったコーヒーを一口流し込んでから自席へと戻り、雑念を振り払うように再び積みあがった書類処理に没頭した。



◇ ◇ ◇



「高宮さん、お昼休憩中悪いんだけど午後から使う会議室の準備手伝ってもらっていい?」


午前の休憩の事を引き摺ってしまっているせいか、あまり食欲が湧かずに早々と食堂から戻ってきた時、原因である彼から声を掛けられた。
視線だけで周りを見れば、殆どの人がまだお昼休憩中で席におらず、手伝えそうな人は確かに私しかいないようだ。


「分かりました」


若干気まずいけれど、ここで公私混同するわけにもいかない。
先を行く徹の背中を今度は見送らずに着いていき、いくつかある会議室のうちの一つへと足を運び入れたが、すぐに違和感に気付く。


「・・・あれ?」


既に準備されている会議資料とパソコンにプロジェクター。
今すぐにでも会議を始めれそうなのに、これ以上何を手伝うのだろうか。
頼んできた本人に聞こうと振り返ったが、徹は真後ろに立っていたらしくあまりの近さに思わず仰け反った。


「葵さぁ・・・」
「なに?」
「アレ、わざとなの?俺の事は避けるクセに」
「・・・何のこと?っていうか手伝いは?」


眉間に皺を寄せている徹は不機嫌な表情を隠そうとせず全面にだしていて、どうしたのかと思ったがとりあえず準備が先だ。そう思って聞いたのに、「準備は終わってるから手伝いはいいよ」とサラリと断られた。
じゃあ一体何なのかと思考を巡らせてみる。徹の雰囲気からして社内で束の間の甘い時間、という訳でもなさそうだし。そもそも午前中にそれが原因で気まずくなったわけだから有りえない。
となると、今すぐにでも話したいけど他の人には聞かれたくない内容っていう事しか思い浮かばない。


「何か・・・怒ってる、よね?」
「お前がそう思うなら、そうなんじゃない?」


何か徹を怒らせるような事をしてしまったのかと探りを入れてみても、はぐらかされるだけ。給湯室の一件かとも思ったけど、こんなにも怒る事ではないだろうし。
となると、何か別のことなんだろうけど全く思い当たらなくて首を傾げるしかない。


「わっ、ちょっと」


考える私を余所に徹は私を押しやるように足を進めてきて、必然的に後ろへと下がってしまう。転ばないように後ろへと足を出すが、会議用の机に阻まれたことでピタリと止まった。
ピリッとした空気を纏う徹。
一体、何を考えているのか。こうして追いやって何をするつもりなのか。
緊張からゴクリと息を呑んだ。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。



珍しく及川さんで社会人設定。
ついったに設置してたお題箱の内容です
write by 神無



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