ただひたすらに、我武者羅に。仲間を信じただボールだけを追いかける日々。
地区予選での牛若の野郎の、あの勝って当然だと言わんばかりの顔が脳裏にチラつき舌打ちをすることも少なくなかった。
次こそは俺たちが勝つ。
その思いがまた、俺たちを練習地獄へと駆り立てる。それを苦しいだの思う暇すら俺たちにはなかった。
そんな日々を繰り返していたら数か月なんてあっという間で、駆け抜けてきた日々を振り返る余裕が出来たのはすべてが終わった後。
俺たちの高校バレーが終わりを告げてからだった。
部活という生活の大半を占めていたものがなくなった今、どこか満たされない気持ちを抱えながらの昼食は今までのようにバカ騒ぎをすることなく静かで、全員心ここにあらずの会話を繰り返していた。及川が不意の一言を呟くまでは。
「そういえば俺、フラれたわ」
「「「・・・は??」」」
及川があまりに淡々と平然とした顔で言うから皆して一瞬反応が遅れた。
フラれた本人は「もうしばらく彼女はいっか」なんてケロッとしているから引きずったりしていないのだろうが、こちらとしてはなんて返事をすればいいのかわからなくて困る。
「なんでまたフラれたよ。せっかく一緒に居られる時間増えたのに」
適当に相槌の様な返事をする俺とは違い、花巻はさらりと核心を付いていく。
恋愛ごとに関しては俺の出る幕じゃねぇ。いつもの事だが。
この後続けられる会話も俺は聞き専だろうなと判断し飯を再開したが、他人事ではない内容に頬張ったおにぎりが呑み込めずにつまり、慌てて茶で流し込む。
「今までかまってやれない間に他に好きなやつ出来たんだって」
「あぁ、じゃあどうしようもないわ」
「俺らずっとバレー漬けだったからな〜」
続けられてる松川と岩泉はすげぇよなって口を尖らせる花巻の言葉は右から左へと流れていった。
今はこいつらの会話を聞いている場合じゃねぇ。必死に記憶をたどり、自分が彼女と最後に恋人らしいことをしたのがいつだったかを振り返れば冷汗の出る事実へとたどり着く。
「・・おーい岩泉、起きてるか?」
「え?なに岩ちゃんどうしたの?まさか岩ちゃんもフラれたとか!?」
「いや・・」
フラれてはいない。はずだ。そんな話はしていない。むしろ会話をしていないんだから別れ話どころの話じゃねぇんだよ。
そういえば試合の後メールが来ていたが、あの日は家に帰ってからの記憶が曖昧で返信したかも定かではない・・気がする。
「岩泉、もしかして現在進行形で彼女放置中なのか?」
まさかという顔で見つめる三人に返す言葉がなく視線を逸らせば、それだけで伝わってしまった様でありえないとの非難の声が殺到した。
自分でもヤバいと思ったが、俺以上に深刻さを訴える三人に不安は高まっていく一方だ。
「岩ちゃん!メール!今すぐメール!!!」
「…携帯教室置いてきた」
普段なら持ち歩いているのに今日に限ってカバンに入れっぱなしな事を悔やんだってメールが送れるわけもなく、それぞれから呆れた溜息が漏れる。
「終わったな」
「あぁ、終わったな。高宮さん結構モテるしな」
「そうだよ!今頃他の男に優しくされてコロってなってるよ!」
「それはお前の元カノだろ」
あいつに限ってそんなことはねぇ。そう思っているはずなのにモヤモヤは拭い去る事は出来なくて、残っていたおにぎりを一気に頬張り呑み込むが味はわからなかった。
「お、噂をすれば・・・アレ高宮さんじゃん」
喉を通る米と一緒に腹に溜まる不安で落ち着いていられない俺に追い打ちをかける様に放たれた言葉に目を見開く。窓の外を見つめる松川の目線を追えば、葵が男と一緒に体育館裏へと消えて行く所だった。
こんなリアルタイムな話あるかよ。体育館裏に用事なんて考えられる理由は一つしかねぇだろーが。
俺たちが付き合っているのは隠していねぇし、あいつが彼氏持ちだってことは大抵の奴が知っているはずなのに何故だと不思議がっている間にも自然と体が動いて外へと飛び出していた。
背後から飛んできた「流石!」だの「間に合うといいな〜」だの気楽な応援は無視した。
間に合わねぇってなんだよ。
そんなことあってたまるか。
靴も履き替えずに体育館裏まで走ったが、そこにはすでに男の姿はなかった。
男が立ち去った方でも見ているのかこちらの背を向けたままの葵は俺が居ることに気付きもしない。
終わったな。先程言われたセリフが再び聞こえたようで慌てて振り払う。
「おい」
「え!?は、はじめくん?なんでここに・・」
俺がここに来たことに相当驚いた様子の葵は、その目にうっすらと溜めた涙を隠すようにすぐに顔をそらした。
それが拒絶されたように感じてしまうのは自分に負い目があるからだろうか。
このままでは本当に終わってしまう様な気がして、とっさにその腕へと手を伸ばす。
「別れるとかいうなよ」
本当は抱きしめてしまおうかと思った。
だが、それを拒絶されたらと思うとできず、相当焦ってんのが自分でもわかる。
涙目の葵は俺を見てくれたけど何も言葉を発してくれない。
「連絡もしなかったのは悪かったと思ってる。部活がなくなって気が抜けてんのも自覚してる」
「・・・うん」
「今更言っても説得力ねぇだろうけど・・・俺はお前といたい」
放置しといて離れそうになったからってこんな事言うのは都合が良すぎるってのは百も承知だ。でも、だからこそ改めて実感したんだ。
「好きだ」
バレー馬鹿な俺を理解して、陰ながら支え続けてくれた葵。デート出来ない事も、甘い言葉とやらを言ってやれない事も怒らずに受け入れてくれたお前に甘えすぎていた。
「他のヤツになんてなびくなよ」
もっとお前の我儘も聞けるような男になるから。
だから俺のそばに居ろよ。
「ほんと今更だよ・・・ばか」
そう言いながらも俺にもたれかかってきた葵をしっかりと受け止める。
久しぶりに抱きしめた葵は少しやせたようだった。
そんなことにも気づいてやれないくらいコイツを見ていなかったのかと自分を殴りたくなる。
「・・告白だったのか?」
「・・・うん。でもちゃんと断ったよ。私ははじめくんが好きだからって」
全然一緒に居るところ見ないのに?って言われてちょっと苦しくなったけどねと言う声が震えていて、抱きしめる腕に力が入る。
「はじめくん、ちょっと苦しい・・」
「悪ぃ、けどお前を離したくねぇんだわ」
お前が腕の中にいるありがたさを忘れねぇように、もうしばらくこのままでいさせてくれ。
もう二度と、お前の眼に涙を溜めないために。
岩泉好きさんに捧げようと思って書いたのですが…ちょっと思う様な出来にならず。。。
カッコいい岩ちゃんを書く予定だったの・・・岩泉すきさんすみません。。。
いつの日か男前岩ちゃんをリベンジしようと思います!!!!write by 朋