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飴色に雨恋


『東北地方梅雨入り』


数日前にニュースでそんな事を言っていたけど、それよりも前から鬱陶しいくらいに雨が降っていたし既に梅雨入りしているものだと思っていた。だからニュースを聞いた時には今更?なんて思ってしまったくらいだ。
気温とともに湿度もどんどん上昇して、ジメッとした独特な空気が不快感をもたらす。
歩きながら廊下の窓から外を見てみても相変わらず止む気配はなさそうで。はぁっ、と重い溜息が漏れた。


「もう雨嫌だー。髪も広がるし」
「ホントだよ、今日は月曜日なのに・・・」
「あ、そっか。それは尚更だね」


一週間の中で一番好きな月曜日。
土日休みを経て学校や仕事始まりの人も多い曜日だから、大体の人が嫌いな曜日だろう。でも、私にとっては部活で忙しい恋人を唯一独り占め出来る日。それが、月曜日。
一つ年上の彼なので、同じクラスで授業の合間に・・・なんて事は妄想の中でだけ。
だから彼と長く過ごせる月曜日は、毎週朝から気合いを入れて髪の毛をセットしたりするんだけど。

自転車通学の私にとって雨は天敵。頑張ってセットしても、ダサいレインコートを着て自転車を漕げばものの数分で朝の頑張りは無駄になる。
友達と愚痴りあいながら、今日も例外なく乱れてしまった髪の毛を少しでもマシになるようにと手櫛で整えつつ階段に差し掛かった時。


「おい、やめとけよ」


背後から聞こえて来た声に勝手に身体が反応する。
この喧騒の中でも鮮明に聞き分けられる少し低めの声は間違いなく岩泉先輩のものだ。
好きな人の声というのはどうしてこうも敏感に拾ってしまうんだろう。
校舎内で会えるなんて珍しい。と、喜びのままに振り返ろうとした瞬間。


「危ねぇって!」


さっきとは違い、先輩の声が思いの外近くから聞こえてきて。その声に驚いてピクリと肩が跳ねたと同時にドンッと衝撃が走った。
あ、誰かとぶつかったんだ。そう認識した瞬間、ぐらりと傾く身体。
振り向こうと半身を捻って不安定だった体勢の時にぶつかられ、傾いた身体を立て直そうと反射的に階段を踏み込んだ足は、湿気で滑りやすくなっているリノリウムのおかげで見事にツルリと滑ったのだ。

落ちる。
コンマ何秒で脳はそう判断して、次にくる衝撃に備えて反射的に目を瞑ったけれど。衝撃の変わりにグッと力強く二の腕を掴まれて引っ張られた事で、今度は逆方向へと身体が傾いた。


「っ、ぶねぇ」


人間、本気で驚いた時には声も出せないというのは本当のようだ。
ドクドクと力強く鳴る心臓と自分の荒い呼吸。そして、私を支えてくれている温もりだけを感じる事数秒。漸く事態を把握した私は、支えてくれているその温もりへと身体を預けた。
助けてくれたその人物が誰であるか、もう分かっていたから。


「先輩・・・ありがとう」
「大丈夫か?」
「うん」


今度こそその顔を見るために振り向けば、心配そうに私の事を見つめている双眸が映る。
私の様子から特に問題ない事が伝わったのかそっと身体を離すと、この事態を巻き起こした原因である人物へと向き直った。


「・・・おい」


声音だけでも分かる怒り。底冷えするような低い声と鋭い眼光は私に向けられたものじゃないのに萎縮してしまう。
直に受けているこの男の人はたまったものじゃないだろうな。なんてどこか他人事のように見つめていれば、私の腕を掴んでいた手に力が入り、ズイッとその男の前に出されたものだから驚きで無駄に瞬きを繰り返した。


「危ねぇっつったろ。コイツ、階段から落ちるところだったろうが」
「ご、ごめんって岩泉」
「俺に謝ってどうすんだよ」


そりゃあ、怖いのは岩泉先輩の方だからつい謝っちゃうのも仕方ないと思うけど。目の前の名前も知らない男の先輩は何だか顔色すら悪くなっている気がして。「キミも、ごめんね?」私に向けて一言告げると、今しがた降りてきた階段を逃げるように駆け上がって行ってしまった。

男の人を視線で追いながら呆れたような溜息を溢した先輩は、そこで漸く私の腕を掴んだままだった事に気付いたのか視線を移すと、手に入っていた力をフッと弱める。
けれど、すぐに離れていくかと思った温もりは留まったままで。どうかしたのかと思って問いかけてみれば、男らしくつり上がった眉が少しだけ下げられた。


「悪い、咄嗟で力加減できなかった。痛くねぇか?」
「ん?全然大丈夫だよ。本当にありがとね」
「少し赤くなってんな」


確かにいつも私に触れる時とは全然違う力強さだったけれど、先輩が引き寄せてくれなければ確実に階下へと落ちていた事を思えば全く気にならない。
むしろ今は、スルリと優しく肌を撫ぜる先輩の指先に神経を集中させてしまっているので、痛みなんて感じないし。
感じるのは、少しだけカサついた指先と触れているところから伝わる先輩の体温だけ。


「悪い、ちょっとコイツ借りてく」
「えっ・・・大丈夫だよ?」
「どうぞー!私は先に教室行ってるね〜」


大丈夫と言っているのに、二人とも私の意見は聞き入れてはくれないらしい。腕を掴んだまま歩き出す先輩の後を追って、自然と私も足を前に進めた。


「先輩、本当に大丈夫だから」


迷い無く進んでいく足取りに何処へ行くのかと不思議に思っていたけれど、先輩が保健室の前でピタリと止まった時は流石に足に力を入れてそれ以上進まないようにと抵抗する。
保健室に行くような怪我なんてしていないし、先生もこれくらいの事で。と呆れてしまうんじゃないだろうか。


「いいから、来いよ」


だけど、先輩には私の抵抗なんて些細なものだったのだろう。
何てことないようにガラリと扉を開けて進んでしまう先輩は、そのまま椅子へと私を座らせて、自分もまた向かいの椅子へと腰掛けた。
常駐している先生が珍しく不在で、図らずも二人きりの空間になった事に気分が上がってしまう私は自分でも単純だと思う。


「先生、いないんだね」
「大抵この時間はいねぇよ」
「そうなの?」


成る程、先輩は知っていたからこその行動だったのか。でも、そうならそうと先に言ってくれればいいのに。余計な心配をしてしまったじゃないか。
非難めいた視線を送ってみても、先輩の視線は未だに私の二の腕に落とされていたので受け止められずに空を切る。

だから何となく私もその視線を辿って自分の腕を見てみれば、衣替えを終えたばかりの半袖を先輩に捲り上げられるのが見えて。そこから覗く腕からは既に赤みは引いていたし、痛みももう感じないので湿布すら必要ないだろう。

そう思ったのに、何故か先輩は確かめるように二の腕をふにゃりと揉む。
二の腕なんて余分な脂肪しかついてないし、出来れば隠してしまいたい部分なのに、先輩はふにふにと触る手を止めないから段々と恥ずかしくなってきた。


「先輩?」
「何だよ」
「もしかして、わざとやってる?」


最初こそ確認するように触れてきていたけど、それ以降はただ感触を楽しんでいるだけのように思えて問いかけてみれば、バレたか。とでも言わんばかりのニヤリと笑う姿。
いつも男らしくてカッコイイのに、時折こういった意地悪をしてくるから困ってしまう。
決して嫌だからではなく、意地悪気に笑うその顔も、悪戯がバレた時のように無邪気に笑う顔も好きだから。


「珍しく会えたんだし、たまにはこういうのもいいだろ」


それに加えてこんな事を言われたら、何も言えなくなってしまう。
ジワリと頬に集まる熱を紛らわすように窓の外へと視線を向ければ、さっきと何も変わらずに降り続く雨が映った。
サァァ、と聞こえる雨音は、二人だけの空間ではやけに大きく響く気がする。


「雨、やまないね」
「雨?」
「うん。ずっと降ってるから」
「まぁ、梅雨だしな」


放課後までには止んでくれないかなぁ。
雨が降っているとどうしても外に出るのが億劫になってしまうし。私たちのデートの定番は外をブラブラ歩いて目に付いたお店に入ったり、公園で喋ったりと大抵外で過ごす事が多いから。傘をさして歩けばその分距離が生まれるし、雨音に遮られて会話も上手く交わせないかもしれない。


「今日どっか行きたいところあるか?」
「うーん・・・雨、降ってるからなぁ」


カラオケとか先輩は好きじゃなさそうだし、ボーリング?とも思ったけど私があまり得意じゃない。
他にどこかいい場所があっただろうか・・・と、色々な場所を思い出してみるけれど、未だにふにふにと触られている二の腕のせいで思考が定まらない。


「じゃあ、雨が止んだらいつもと同じな」
「え?うん、分かった」
「で、このまま降ってたら・・・」


そこで不自然に言葉を途切れさせた先輩は、逃がさないと言わんばかりに掴んでいた腕に力を入れて急激に距離を縮めてくる。
驚きと恥ずかしさからギュッと目を瞑れば、温かい唇が一瞬だけ掠めるようなキスを落としていった。


「俺の家、な」


しっとりとした先輩の唇の感触と、低く甘い響きで紡がれた言葉にドクドクと脈拍が加速していく。
あれほど憂鬱で止んでほしいと思っていた雨なのに、先輩の一言でこのまま降り続けばいいとさえ思ってしまうんだから、本当にどうしようもない。

私はこの後、窓の外を見て雨が止まないように祈りながら過ごすだろう。
でも、もし雨が止んでしまったとしても・・・多分、今日の行き先は変わらない気がした。





まったく誕生日関係ないけど!!
岩ちゃんハピバ!!!
(何とか間に合ってよかった・・・)
write by 神無
(title ageha/thank you!)



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