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陽炎にキス 01

この恋は不毛なものだと自分で思う。
例えるなら、ロウソクに灯した火のようだ。ゆらゆらと小さな火を揺らして、それでも風が吹かない限り消える事はない。
そして蝋が尽きる直前に大きく炎を揺らめかせて、ゆっくりと消えていく。

私は今どの辺りなのだろうかとふと考えてみるけれど、真ん中でゆらりと灯している火が、時折吹く隙間風によって消されそうになりながらもしぶとく灯し続けている。大方そんな所だろう。今の自分の状況に当てはめてみて、思わず自嘲の笑みが浮かんだ。

諦めたくても、諦めようとしても・・・優しくされる度に期待してしまう。行き着くところのないこの想いはもうかなり深いところまで来ていて、燃え尽きる寸前の炎にならないように必死で押さえつけている毎日だ。
いっそ告白して玉砕したら楽になれるのかとも思うけど、万が一の可能性も残っていないのに告白するのも躊躇われて、結局足踏み状態。

恋って、もっと楽しいものじゃなかったっけ。こんな苦しいのは初めてで、止めてしまいたいのに止められない。矛盾と葛藤に悩まされる日々はまだまだ続きそうだ。
幸せな未来をちっとも想像出来ない片思い。ああ、どうして恋人が居る人を好きになってしまったんだろう。


「お疲れさん」
「あ、戻られたんですね。お帰りなさい」
「ドーモ。あ、コレ得意先に貰ったからあげる」


一個しかないから、ナイショね。そう小さく落とされた言葉とともに手の上に置かれたのは可愛い焼き菓子。とくりと音を立てた心臓と、自然と浮かんだ笑顔。「ありがとうございます」と視線を合わせてお礼を言えば、私の好きな牛乳たっぷりのカフェオレの缶がコトリと机の端に置かれた。


「残業もほどほどにな」


フッと目尻を下げて笑ってから、ホワイトボードへと向かった黒尾さんの背中を目を逸らす事もせずにジッと見ていた自分に気づいて、慌ててパソコンへと向き直る。ドキドキと忙しなく脈打つ心臓の所為で小難しい資料がちっとも頭の中に入ってこなかった。

だって、あんなのズルい。
私が好きな飲み物を覚えていてくれるだけでも舞い上がるくらい嬉しいのに。定時を過ぎた今、残業しているかどうかも分からない私の為にわざわざ買ってくれた?
もしかしたら自分で飲もうと思っていたのかもしれない。女子が好みそうなものを買ったら偶然に私の好きな飲み物なだけだったのかも。だけど、もし偶然だとしてもそれを都合よく自惚れに変換してしまう自分の想像力で口元が勝手にニヤけてしまい、周りに覚られないように手の甲で口を押さえた。


「あ、明日でいいんだけど。今メール送ったやつ資料に打ち込んでもらっていい?」
「はい。明日のいつまでですか?」
「んー、明日中でいいよ」


いつもだったら内心で面倒くさいな。と悪態を吐いてしまう仕事だって、機嫌のいい今は快く引き受けられる。さっきまで集中力が切れていたのが嘘みたいにやる気になっているんだから、つくづく恋って凄いなとどこか客観的に思った。

チラリと視線だけを動かして、パソコンの画面をジッと見ている黒尾さんを盗み見る。
私より三つ年上の黒尾さんは、私が入社した時から何かと気にかけてくれて。女子が少ない部署だったからか優しく接してくれるのは皆同じだったんだけど、黒尾さんだけはどこか違った。
今日みたいにたまにお菓子をくれたり、残業の時とか一言声を掛けてくれたり。仕事でミスをした時だって頭ごなしに怒ったり責めるんじゃなくて、ちゃんと道筋をたててどこがミスに繋がったのか。どうしたら同じミスを無くせるのかを一緒に考えてくれた。
まぁ、これは私の教育係についてくれた先輩がかなり投げやりな人だったというのもあるかもしれないけど。

そんな日々が続けば、黒尾さんへ抱く感情が憧れから恋愛に変わるのだってそう時間は掛からなくて。会社に来たら黒尾さんに会えるんだと思うと出勤すら楽しみになり、毎朝早起きしてナチュラルに見えるしっかりメイクを施し、カジュアルだけど出来るだけ可愛い仕事着を選んだ。

久しぶりの恋、というものを全力で頑張っていた。・・・けど、頑張っていた分地に落とされた時の衝撃は凄くて、今でも忘れる事はない。
忘れたくても、嫌でも思い出されるんだけど。


「あー、やべ。もうこんな時間じゃねーか」
「早く帰ってあげないと淋しがるんじゃないですか?」
「ボクだって早く帰りたいんですけど、机の上に置かれてる資料が見てくれって訴えてくるんですよ」
「あ、それ俺ですね。確認お願いしますセンパイ」


定時を過ぎたからか、ふざけたような軽い掛け合いの後に笑い声に包まれたフロア。もちろん彼等の会話は私の耳に入ってきていたけど、とても笑う気にはなれなくて暗くなる気持ちを隠すように真剣に画面を見る、フリをした。

チクリと胸が痛むのは、別に今に始まった事じゃない。
私が黒尾さんの事を好きになる前から、それこそ私が入社する前から黒尾さんには彼女がいるらしいのだ。しかも、たまに交わされる会話から読み取るとどうやら同棲しているっぽい。黒尾さんの言動からは仲がいいのも嫌になるくらい伝わってくるし。つまり、私が付け入る隙なんて最初からどこにもないのだ。

待っている人がいるから早く帰りたい、だなんて聞きたくなかった。こんな事なら残業なんてせずに定時で帰っていればよかったな。そうしたら、今の会話が耳に入る事はなかったのに。
今私の手元にあるお菓子とカフェオレだって、本当は彼女にあげるものだったのかもしれない。さっきの自惚れは一気に現実に成り代わって更に心に暗雲が立ち込める。

和気藹々とするフロアの中、作成中の資料は全然纏められなくて溜息が増えるばかり。さっきのやる気は既にどこかへ逃げ出してしまったらしい。
だめだ、明日早めに出社してやろう。早々に諦めてパソコンの電源を落とし、机の上を片づけにかかる。貰ったお菓子は今の心境では食べる気になれずに、そっと机の中に仕舞い込んだ。


「お先に失礼します」


まだ残ってる人達に聞こえるように声を掛ければ、皆と同じように黒尾さんも私の方へと視線を向ける。


「気を付けて帰れよ」


軽く手を上げて言ってくれるその姿にさえかっこいいと思ってしまうんだから。やっぱり、この恋は不毛なものでしかないのだ。

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始めました黒尾連載!何やら暗い始まりで申し訳ないです・・・


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