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雨の晴れ間に、恋結び


雨が降るたびに思い出す、あの日の事。
朝からずっと厚い雲に覆われて空は一面鉛色へと染まり、太陽が隠された事によって気温が低くなった。ふうっと空に向けて吐いた息は白く変わって霧散する、そんな冬の始まりの日。自分の心もこの空と同じ曇天がずっと続いていたからかもしれない。
空を見上げて、彼と別れる決心をした。


「徹、ちょっといいかな」


一日中考えてみたけど、やっぱり決意は変わらずに彼に話しかけたのは全ての授業が終わってから。既に部活へ行く準備をしていた徹を引き止めると若干躊躇われたが、私の雰囲気から何かを感じ取ったのか手を止めてくれた。

特別なことじゃない。そう示すかのように特別場所を移すことはせずに、教室の隅へと誘導する。クラスメイトは自分の事やこの後の予定に夢中なのか、誰も私たちへと意識は向いていないから大丈夫だろう。


「どうしたの?」
「ごめんね、ちょっと言いたい事があって・・・」
「うん、なに?」
「私たち、別れよっか」


雰囲気が重くならないように、会話の流れを乱さないように平然と言ってのけた。
まさか今こんな事を言われるなんて思ってもいなかったんだろう。徹は驚いたように目を見開いて、パチパチと数度瞬きをする。
でも、そんな表情をしたってきっと選ぶ答えは一つだけ。なんて思ってしまう私は、もう随分と前から諦めてしまっているのかもしれない。


「葵が、そうしたいなら・・・」
「・・・今まで、ありがとう」


ザァザァと強く打つ雨音に掻き消されそうな会話。
分かっていた結末だったけれど、胸に落ちる暗い気持ちに呑みこまれそうになる。
およそ三ヶ月くらい続いた徹との関係は、こんなにもアッサリと終わってしまうんだ。なんて思いながら彼の隣を抜けて教室をでた。
傘を差しながら外を歩くと、何だか一人ぼっちになってしまったようにやるせなくて。雨音に紛れるように泣いたっけ。

ちょうどあの日の朝と同じ、今にも泣き出しそうな曇天を見上げて過去を思い返す。
あれから随分と時間が経ったのに、こんな曇り空の日は鮮明に思い出してしまうなんてどうしてだろう。なんて自分に問いかけてみたって、答えは一つしかない。
別れてから冬を越して、二年に進級した時はまだ良かった。それから更に一年を経て三年になった今。再び徹と一緒のクラスになって関わることが多くなってしまい、気持ちが引き戻されているんだろうか。
自分から別れを切り出したくせに、とっくに吹っ切れていると思っていたのに。こうして思い出すということは、やっぱりどこか忘れられていない証拠なのだろう。
それが、答えだ。

授業にも全く身が入らずに、静かに降り出した雨をボーッと眺めているだけで一日を終えてしまった。
浮かない気分のまま帰り支度をしていれば、ふと隣に感じた気配に顔を上げる。


「葵、ちょっといいかな」
「え」


掛けられた声の主は、今日一日頭から離れなかった徹のもので。思いもよらない事に、いつかの彼のように瞬きを繰り返す。
このクラスになってから数週間。初めて話しかけられて動揺が隠せない。


「ちょっと、コッチ来て」


それはまるであの日の再現。
教室の隅へと移動すると、ザァザァと降りしきる雨音が近くに感じた。
目の前に立つ徹は、当たり前に近い距離にいて。高くなった身長やシッカリとした体つき、幼さの抜けた顔立ち。全てを間近で感じてしまい、戸惑う。


「なに・・・?」


一向に切り出さない徹に焦れてそう問いかければ、微かに眉が下げられてどこか切なげな瞳で私に視線を合わせる。
それだけでいつもクラスで見せている雰囲気とはガラリと変わり、私の心が騒ぎ出す。


「俺達、やり直さない?」


一呼吸置いて、やっと口を開いた徹から出た言葉は耳を疑うものだった。
やり直さないも何も、終わってどれだけ経っていると思っているのか。付き合っていた期間より離れていた期間の方が圧倒的に長いというのに。何を今更・・・そう、今更だ。少しの期待と切なさにざわつく気持ちを抑えるために細く息を吐いた。


「今更、だよ」
「今更っていうより、今だから・・・かな」
「え・・・」
「ずっと、後悔してた」


あの時、どうして引き止めなかったのか。
別れ以外にも選択肢があったんじゃないのか。
静かに話し出した徹から聞く話は、とても信じ難いものだったけれど、徹の表情からは嘘を言っているようには思えなかった。


「葵が悩んでた事は知ってた」
「・・・悩んでた、って」
「俺の気持ちだったり、態度だったり・・・色々不安だったんだよね?」


確かに・・・別れを告げようと思った原因はそれだった。
お互いに好きで付き合ったはずなのに、高1という多感な時期では周りからの目などが気になってクラスであまり話す事も出来ず、かと言って部活に打ち込んでいた徹と放課後にデートをするのもままならない。でも、頑張っている徹に何も言えなくて。


「分かってたのに、あの頃の俺は何も出来なくて・・・」


ホント、情けないよね。フッと自嘲気味に笑った徹はそう続けた。
あの時の複雑な感情が一気に蘇ってきて、胸が締め付けられるような痛みを覚える。
それを抑え込むように息を呑み込んで、ギュッと胸の前で手を握った。


「葵から別れを切り出された時、絶対に嫌だと思った」
「・・・そんな風には、見えなかったけど」
「だって、もう決めた!って感じだったからさ」
「うん・・・」
「でも、あの時はあれで良かったとも思ってる」


どういう事だろう。
矛盾した徹の言い分が分からなくて理解しようと頭を働かせたけれど、声を掛けられた時からずっと動揺と混乱があるせいで答えを導き出せない。


「あそこで引き止めても、少し期間が延びただけできっと結果は変わらなかった」


すぐにいろんな事を変えるなんて出来ないし、バレーに対して手も抜けなかった。きっとデートよりも自主練を優先させる。もっと辛い思いをさせたかもしれない。
雨の音と同じくらい淡々と続けられる徹の言葉。


「でも、葵の事もずっと忘れられなくて」
「・・・うん」
「今なら上手く付き合えるとか、そういうのじゃないんだけど」
「どういう事・・・?」
「もう、限界なんだ」


胸の前で握り締めていた手を取られると、グッと引き寄せられてそのまま徹の胸の中に抱き込まれた。胸を押して抵抗してみても、私の力じゃ敵うはずもなくて。更に力を入れられれば、もう観念するしかない。
サァァ・・・と窓の外から聞こえる雨音と、徹から与えられる温もりと香りに、ジワリと込み上がってくる涙。
既に私たち以外誰もいない教室では、雨音がやけに大きく聞こえる。それを遮るように、


「好きだ。・・・この気持ちだけは、ずっと変わらなかった」


耳元で聞こえる切なげな声に、遂に涙が溢れ出す。
頬を伝う涙を拭う事もしないで、徹の広い背中へそっと腕を回した。


「部活とか・・・他にも、また不安にさせるかもしれない」
「っ、うん・・・」
「でも、言ってくれたら・・・受け止められるくらいには成長したつもり、だから」
「ひっ・・・く、」
「俺と、やり直してほしい」


涙のせいで呼吸が上手く出来ず、声を出せない。
回した腕に力を込めながら首を上下に振ると、頭に徹のが置かれて宥めるように優しく撫でられる。何度も、何度も繰り返されてやっと呼吸が整ってきたと同時に、そっと身体が離された。


「と、る・・・」
「ん?」
「私も、ずっと・・・忘れられなかった」


徹が私の涙を拭っている間に想いを伝えれば、徹の指先が微かに震えた気がした。
そっと自分の手を重ねて私のよりもずっと大きい手を握ると、徹へ視線を合わせてあの時出来なかった笑顔を向ける。


「好き・・・ありがとう」


もう泣き出しそうな曇り空を見ても、降りしきる雨を見ても、あの日の事は思い出さないだろう。
もし思い出したとしても、きっと大丈夫。
隣にいる徹と笑いあえたらそれだけで、雲は切れて晴れ間が覗くから。


write by 神無



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