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キミと、もう一度。 05

京治と再会してから、ずっと心の中に靄がかかっていたのがキレイに無くなった今日。
帰宅した時、心配そうに顔を出したお姉ちゃんも私の表情を見て覚ったのか「良かったね」と声をかけてくれた。
詳しい事は聞かれなかったし言わなかったけど、一目見て分かるほどにスッキリした顔をしていたんだろう。

連絡する。と言ってくれた京治の言葉を気にして意味も無くスマホを見てしまっていたけど、そもそもまだ合宿中だ。京治の性格からして、練習中に連絡をしてくることはないだろうと結論づけてスマホをいつものように机に投げ出すと、その後は普段通りに休日を過ごした。

そして、お風呂上りに何気なく本棚に視線を移せば、目に入ってきた卒業アルバム。京治も写っている事もあって、一度も開くことが出来なかったそれを手に取りゆっくりと引き出せば、ずっと触れられていなかった所為で積もっていたホコリがふわりと舞いあがる。
何度か手で払いのけた後、濡れたままの髪の毛を乾かすこともせずに机の上にアルバムを広げて一枚ずつ捲っていった。

校舎の写真や先生の写真など、ほんの数年前の事なのに目に入るもの全てに「懐かしい」という感情が湧き上がってくるから不思議だ。思い出に浸りながらゆっくりとページを進めていくと、やがて自分のクラスに到達して、ついにそれは言葉となって口から漏れでた。

今ではもう会わなくなってしまった人が殆どのクラスメイト達。一人一人思い出しながら見ていれば、今よりも幼い顔立ちの京治を見つけて口元が緩む。この時の京治がずっと記憶の中に居た筈なのに、再会して今の京治を知ってしまったせいか幼く見えてしまうのが何だか可笑しかった。


「っ、」


緩んだ口元のまま次のページを捲ろうと手をかけた時、鈍い音で短く振動したスマホに、指先が震える。

京治からと決まったわけじゃないのに、ずっと待っていたからか過剰に反応してしまったことに自嘲しながら通知を見てみれば、そこに表示された名前に息を呑む。
ゆっくりと手元に引き寄せて、慣れた手つきで表示させれば数年ぶりに一番上に上がってきたアイコン。


【火曜、休養日で部活オフなんだけど。葵は予定ある?】


一語一語しっかり読んでから返信しようと指を滑らせるも、打っては消すの繰り返しで中々文章にならない。返事なんて一つしかないのに。いつもどう返事してたっけ?そんな事を考えてしまうくらい堂々巡りになってしまい、言葉が見つからない。

少し落ち着こうとスマホを置いてアルバムへと視線を戻すと、クラス写真や様々なイベントで撮ったであろう写真がいくつも並ぶ中、一枚だけ私と京治が二人きりで映っているものを見つけてそっと指で撫でた。
写真の中で幸せそうに笑う私と京治の姿。この時に戻りたいとはもう思わない。でも、また新しい一歩を踏み出せたらと切に思う。


【部活お疲れさま。火曜日、大丈夫だよ】
【ありがとう。じゃあ火曜日、5時にいつもの公園で】


悩みに悩んで返した文章は可愛げも面白みもない文章だったけど、それでも直ぐに次の予定を決めてくれた京治にありがとうと心の中で呟いて、手の中のスマホをギュっと握り締めた。



◇ ◇ ◇



一日中この時を待っていて落ち着かなかった火曜日。
京治が言ったいつもの公園、というのがどこを指しているのかは考えなくてもすぐに分かった。時間もお金もなかった中学の時は、お互いの家の真ん中にあるこの公園で良く一緒に過ごしていたから。

京治と別れてからというもの、傍を通ることはあっても足を踏み入れることはなかった公園。
久しぶりに中へと足を踏み入れたが、あの頃と何も変わっていない遊具や風景に少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。

ドキドキと忙しなく鳴る鼓動は、既にベンチに座っているのが見える京治の姿にだろうか。改まって話すとなると、どうしても緊張してしまう。しかも、偶然会った時のような私服でも合宿の時のような練習着でもない、梟谷の制服を纏っているのを初めて見て、更に鼓動が加速したような気がした。


「お待たせ」


私が京治の姿を捉えるのと同時に京治の視線は私へと向いていて、それ故か余計に緊張してしまって重い足取りのまま傍へ寄って声を掛ける。


「昨日まで合宿だったんだよね?お疲れ様」


会うことが決まってから、第一声はなんて声を掛けようかとずっと考えていたわりには、結局労うような言葉しか出て来なくて。やっぱりというか何というか、京治からも「うん」と簡単な相槌だけが返ってきて微妙な間が続いた。

どうしよう、何か喋るべきなのかな・・・。でも、何を?合宿の事をもっと掘り下げてみるとか?ぐるぐると頭の中で目まぐるしく考えていると、ふと視界の端で京治の視線が私に向いたのを捉える。
反射的に私も顔ごと京治へと向ければ視線がぶつかり、考えていた様々な事が頭の中から吹き飛んだ。

目は口ほどにものを言うというが、正に今身をもって体感した。
あまり表情の変わらない京治だから余計に、その闇に濡れたような瞳が訴えてくる想いが真剣なものなのだと分かってしまう。


「葵、もう一度俺と付き合ってくれない?」


いきなりだけど。そう前置きして告げられた言葉は確かに急だったが、驚きはしなかった。さっきの視線で何となく、言われるかもしれないと思ったから。

だけど、すぐに答えられるわけじゃない。今日京治に会って、また新しく一歩ずつ進んでいけば、その先の未来にはもしかして。なんて私の願いを思い切り通り越した京治の言葉に、動揺が隠せない。


「別れてからも、ずっと気持ちは変わらなかった」
「・・・うん」
「俺は葵が好きだよ」


どう、しよう・・・。私も京治の事は好きだ。忘れたと思っていたけど、会ってしまって一瞬で引き戻された気持ち。この気持ちは嘘じゃない、と思う。

でも躊躇してしまうのは、別れた原因だ。学校が違う事や、こうして会う時間もままならない事は何も変わっていなくて、それに私は耐えられるんだろうか。不安や戸惑いを押し殺すようにギュッと拳を作って握れば、その上から包み込むようにそっと温かい手に覆われた。


「あの頃よりは、頼れるようになったと思うから」
「・・・京、治」
「不安なこととかあれば何でも言って欲しい」


じわりと手から伝わる温もりに、私の不安を払拭しようとする京治の言葉に、グッと胸が熱くなる。

そうだ、まずは私が変わる事から始めないと。先の事ばかりグダグダと考えたって、答えは見つからない。ここで断ってまた京治と離れても悶々と悩むだけなんだから、どうせなら一緒にいる事で悩みたい。

一緒にいれば・・・京治がいれば。私が素直になれば。
きっと、今度は大丈夫だと思うから。


「私も、ずっと・・・好きだった」


距離が離れる事で、京治も離れていくかもしれない。って思ったら怖くてどうしようもなくて別れたけど・・・ずっと、後悔してた。別れた後も忘れられなくて。どこに行っても、何をしてても・・・京治が居ない事に気付いて、淋しかった。

ポツリポツリと吐き出した言葉は自分勝手なものでしかなかったけど、それでも言わないと先に進めないと思ったんだ。


「もう、いいよ」


京治がそう言って抱き締めてくれた時、やっと後悔の渦から抜け出せたような気がした。
抱き締めてくれる腕の力強さや感覚は、あの頃とは少し違う。身長が伸びたせいか、身体つきのせいかは分からないけど、昔よりずっと逞しくて・・・ドキドキする。

中学の卒業式の時。あの時は背中に回す事が出来ずにスカートを握り締めていた手を、今ようやく京治の背中へ回せば更に力強く抱き締められて、思わず笑いが溢れる。


「知ってると思うけど・・・私、面倒くさいよ?」
「俺、最近気付かされたんだけど。面倒くさいの嫌いじゃないんだよね」
「ふふっ、何それ」


気付いたんじゃなく、気付かされたという言葉を使った京治に遂に笑い声が漏れてしまった。バレー部にそういう人でもいるんだろうか。今度、聞いてみよう。


「葵」
「ん?」


腕の力が緩むと同時に少し離された身体。首を動かして京治の顔を見上げれば、ゆっくりと距離を詰めてくるのを、目蓋を閉じて待ち受けた。


「やっと、戻ってきた」


fin.



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