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キスから始まる恋心


それは、いつもと同じ授業と授業の合間の十数分の休憩時間。教室を移動したり、次の授業の準備のために設けられている時間だけど、そんなのを真面目に守っている生徒なんて片手にも満たない。
大体は友達とかの会話に夢中だし、俺も例外なくくだらない話をしたり、睡眠にあてたりしている。


「次の授業課題でてたっけ?」


どうでもいい話題で後ろの友達に話しかけようと振り向けば「キャッ」と女子特有の驚いた声が聞こえ、声のした方へと向き直った時だった。

何が起きてそうなったのかは分からないけど、俺の方へと倒れ込んでくる女の子。だけどもうそれが誰なのか判別出来ない距離で、既にぶつかる事は避けられない。せめて受け止めようと手を伸ばした。


「っつ、」
「痛ぁ・・・」


けど、気づいたのが遅かったせいもあって伸ばした手は空を切り、ドンッと軽い衝撃とともにぶつかってきた女の子を反射的に受け止める。
普通の女の子1人受け止めるのくらいなんて事なくて。むしろラッキー、いつもだったらそう思ったはず。

俺が座っていた事。相手が体勢を崩していた事。それが重なって、ぶつかった拍子に触れた唇。
いや、微かに鉄の味がするのを思えば触れた、なんて優しいものじゃないけど。


「ご、ごめん及川」
「いや・・・大丈夫だけど」


今何が起こったか、相手も理解したんだろう。謝りながら離れていった女の子はクラスメイトの高宮葵で、漸くそこでぶつかった相手が誰なのかを知る。


「お前ら今、キスしたよな?」
「やっぱり!?見間違いじゃなかったよね!?」


当人だけだったら何とかなったかもしれないけど、時間と場所が悪かった。
最初に高宮さんが声を上げた事で少なからず何人かこちらを見ていたらしく、更に運の悪い事にぶつかったのを見ていた奴らが囃し立てる。
全く、そっとしておいてくれればいいものを。どうなっても知らないからね。そう思うのは、ぶつかってきた女の子が高宮さんだと分かったから。

高宮さんは物怖じせずハッキリと物事を言う方で、こう言った茶化しを嫌うタイプだ。
うるさく騒ぐクラスメイトを横目に、どうせ一喝されて終わるんだろうなぁ・・・なんて、少し切れた口の中を舌先で撫でながらどこか他人事のように眺めていた。


「ごめん、及川・・・ごめんね」


なのに、そんな俺の予想は外れて。目の前の高宮さんは顔を真っ赤に染め、恥ずかしいのか涙すら浮かべている。


「俺の方こそ・・・なんかごめん」


まさかこんな反応が返ってくるとは思わず、初めてみた彼女の表情に呆気にとられながらも、へぇ・・・こんな顔もするんだ。と、どこか冷静に見ている自分がいて。その表情を見た瞬間から高宮さんが気になりだした、なんて言ったらいつものメンバーは単純だと笑うだろうか。
男女分け隔てなく接する彼女は、男の前だからといって変に媚びたりもせず、また女子相手にも物事をハッキリと告げる子で。その態度に元々好感は持っていたけど、人としてであって恋愛感情では無かった。
それがどうだろう。普段と違う彼女を垣間見ただけで、もっと知りたい。そう思う俺は単純なのかもしれないな。



「ねぇ、昨日出された数学の宿題やった?今日俺当たるんだけど、ノート見せてくんない?」


それからというもの、もっと彼女の事を知りたいという欲求に忠実に、ことある事に高宮さんへと話し掛けた。


「は?何で私が。そのくらい自分でやりなさいよ」
「えー。俺の唇奪ったクセに〜」
「っな、なに言ってんの!」


ギロリと睨む視線だって、あの時の事を持ち出せば一瞬で無くなり、かわりに赤く染まる頬。
何これ、ギャップ萌えってやつ?今までそんなの興味無かったハズなのに、高宮さんの狼狽える姿とかを見ると可愛いとか思っちゃうあたり、俺って性格悪いのかも。


「ほら、ちゃんと授業始まる前までに返してよね!」
「ククッ・・・ありがと」


こうやって怒るべき事はちゃんと怒るけど、最後にフォローする優しさを持ち合わせてるところとか。高宮さんと話す度に知らなかった一面を知る事が出来ていつの間にか気になる、という曖昧な気持ちは恋愛感情へと変わっていた。
それを自覚したのは、高宮さんの色々な表情をもっと見たい、俺にだけ見せて欲しいといった独占欲を感じた時。一度でもそう思ってしまえば、もう認めざるを得ないよね。


「高宮さん、この5問目なんだけどさ」
「ん?何かおかしい所あった?」


ノートを返す口実に話し掛けて、会話のネタに聞かなくてもいい問題の話をする。なんて随分と必死だなと自分でも思うけど。指をさした部分を覗き込んできた高宮さんと自然に距離を詰めれるんだから、悪くない。


「んー?どこ?」


下を向いた時にサラリと滑っていく髪の毛はさわり心地が良さそうだし、チラリと見え隠れする項にもつい目を奪われてしまう。


「及川?」


一向に反応しない俺にしびれを切らしたのか、訝しげな表情を浮かべながら顔を持ち上げた高宮さんだけど、思いの外俺が近くにいたからだろう。バチッと至近距離で視線が交差した瞬間、椅子を鳴らしながら慌てて距離を取られた。
あからさまなその行動につい笑ってしまって、ニヤニヤと口元が緩むのが抑えられない。


「どうしたの?もしかして、思い出しちゃった?」
「・・・もう、からかうのはやめて。あの時の事は謝ったじゃん」
「からかってるわけじゃない」


眉を下げて困ったように言う高宮さんに対して、浮かべていた笑顔を意識的に消した。
少しでも本気が伝わるようにした行動だったけれど、どうやら功を奏したらしい。
俺の雰囲気が変わったのを感じたのか、高宮さんもどこか緊張した面持ちになったのが分かる。


「もっと俺の事意識してよ」


そう、別にからかっていたわけじゃないんだ。
ただ、あの事故で起きたことを忘れないように。
俺みたいに、意識するキッカケになればいいと思って逐一会話の中に挟み込んでいただけ。


「なに・・・?」
「俺が高宮さんの事好きって言ったらおかしい?」
「え・・・え?嘘、だって今まで・・・全然・・・」
「キスした日から気になって仕方なかった」


そこまで告げると、漸く俺が本気だと伝わったのか高宮さんの頬と耳が赤く色づく。こうやってすぐ赤くなるところも可愛い、だなんて今言ったら怒られそうだけど。
あの日と同じ、授業と授業の合間の十数分の休憩時間。
クラス中では至るところで会話がなされ騒がしいというのに、そんな中で告白するなんて全くの想定外だ。
もうちょっと話してからとか、これでも色々と考えていたんだけどな。
まぁ、でもいいか。


「好きだよ」


俺がキスから始まったように、彼女もこの告白から始まってくれればいい。なんて、そんなのは俺の願望にすぎないけど。
告げたからには、今以上に攻めさせてもらうからね。

さて、本領発揮といこうか。


write by 神無



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