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欲しい関係はたったひとつ

「暑い……」


 部屋の気温は一体何度だろうか。むわりとした空気とじめじめとした湿気が体に纏わりついて、本日何度目かの台詞が口からこぼれた。
 耐用年数が過ぎたエアコンが壊れたのはつい先日のこと。慌てて新しいのを購入したが、業者が提示した取付工事の日程は一週間も先なのだと親が悲痛な表情で教えてくれた時、くらりと眩暈がした。
 風機が送る風は生温くて快適とは言い難い。近くに凍らせたペットボトルを置けば幾分かはマシだけれど、外から入り込む日差しに負けている。キャミソールとショートパンツで出来るだけ涼しさを求めても暑いものは暑いし、首に巻いた冷感タオルだって気休めにしかならない。
 ちっとも進まない宿題のプリントが腕に張り付くのが不快で、衝動的に近くのトートバッグへ色々と詰め込んで部屋を飛び出した。


「おかーさん、研磨のとこ行ってくる!」


 避難先は数軒先の幼馴染の家だ。たったの数十メートルなのにギラギラと主張する太陽の熱がジリジリと体へ降り注いで熱をもったコンクリートへどろりと溶けてしまうような気さえした。



「こんにちはー」
「あら。いらっしゃい。聞いたわよ、エアコン壊れたんだって?」
「そうなの……もう死にそうで」
「今あの子いないけど、もうすぐ帰ってくるだろうから部屋で待ってる?」
「うん! ありがとう」


 遠慮しないでエアコン付けなさいね。という声に満面の笑みで頷く。やはり持つべきものは幼馴染だ。小さいころから家族ぐるみの付き合いだし、もう一人の母と呼べるくらいの気兼ねのなさが心地いい。
 勢いよく研磨の部屋の扉をあければ、閉め切っていた部屋の空気がむわりと廊下へ流れ込む。その不快感に「うえ……」と眉を顰めつつ、エアコンのスイッチを入れた。


「はあ〜……」


 外に出るために羽織ってきた薄手のカーディガンを脱いで、扇風機とは違う冷たい風を全身に浴びる。当たり前にあるものだから気づけなかったけれど、エアコン素晴らしいな。有り難さしかない。みるみると下がっていく部屋の気温に汗が引いたのを感じると、座っていたままだった体を漸く動かした。
 そういえば、研磨の部屋に来るのは久しぶりかもしれない。部活が忙しそうで時間が合わなかったからなあ。でも、家具の配置とかは全然変わってないかも。漫画が少し増えたくらいかな?
 ぐるりと見渡した部屋は散らかっているわけではないが、生活感に溢れている。脱ぎ捨ててあるシャツや、沢山伸びた配線。充電中のゲーム機。いつ来ても変わらない雰囲気に安心感を覚えつつ、投げだしてあったトートバッグを引き寄せた。

 ちっとも進まなかった宿題のプリントもあっという間に終えてしまって、ベッドの上に寝ころびながら本棚から拝借した漫画を読んでいると微かに聞こえてきた階段を上る音。研磨が帰ってきたのかも。そう推測するのと同時に開かれた扉。


「お疲れ〜。お邪魔してまーす」
「……は?」
「うちのエアコン壊れちゃってさ。もう地獄だよ地獄」
「何してるの?」
「だから、エアコン壊れちゃったから……避難?」


 スマホ片手に呆然とこちらを見た研磨だったけれど、私との会話の後にスッと表情を消してしまった。これは研磨が怒った時に見せる顔で、何か地雷を踏んでしまったのかと慌てて体を起こして座りなおした。
 連絡も入れずに来たから? 我が物顔でベッドに横になったから? 勝手に漫画を読んだから? 思い当たる節はありすぎるくらいあるけれど、私たちの間では今更なことばかりでいちいち腹を立てるようなことでもないはずだ。私だって他の子にはこんな不躾に色々したりしないし、許されると分かっているからこそやっている。


「えっと……何か嫌だった?」


 それでも変わらない研磨の表情に恐る恐る口を開けば、呆れたような大きなため息を一つ落とされてしまう。


「服」
「え?」
「それ、男の前でする恰好じゃないから。しかもベッドに寝るとかありえない」
「……ごめんなさい」


 だって研磨だし。暑いから。今更じゃん。そんな言い訳がぽんぽんと頭の中に浮かんできたけれど、声に出すのはやめておいた。研磨の様子がいつもと少し違うので、言えば更に機嫌を損ねる気がしたから。
 置いてあった七分袖の薄手のカーディガンを羽織れば、漸く及第点をもらえたのか私の隣へ腰をおろして手慣れた動作でスマホを充電器へと繋いでいる。そのままアプリを立ち上げるのを見て、いつもの研磨だと安堵の息を漏らした。


「まさかとは思うけど」
「んー?」
「他の奴の前でそういう恰好しないよね?」
「え? うーん……てっちゃんの前ではするかも」


 置きっぱなしになっていた漫画を手に取り、ぱらぱらとページを送りながら読み途中だった場所を探す。会話よりもそちらの方に気がいっていたので、研磨の問いかけによく考えもせずに答えてしまった。
 それがいけなかったのかもしれない。


「やめて」
「……ええ?」
「いつも思うけど、葵は無防備すぎだから」


 本日二回目の表情に、いよいよどうしたものかと首を傾げる。今までは何も言わなかったのに急にどうしたんだろうか。虫の居所でも悪いのかと思ったけど、だからといって人に当たったりするような人じゃない。
 思わずさっき名前を挙げたもう一人の幼馴染にヘルプを要請したくなったけど、真っ直ぐに私を見つめる瞳からは逃れられそうにない。つまり、どうにかしてこの状況を切り抜けるしかないということだ。


「何怒ってるの? 怖いよ〜?」


 へらりと笑いながら冗談のふりして誤魔化せば、呆れた顔で仕方ないなって、いつもみたい笑ってくれるだろうと思ってた。でもそんなのは私の願望でしかなくて、何も変化が見られないまま手首を掴まれる。
 ぱさ、と音を立てて漫画が滑り落ちていったが私も研磨もお互いを見つめたまま視線を逸らすことはない。


「おれも男だよ」
「……分かってるよ」
「分かってないでしょ」


 ねえ、本当にどうしたの? 変だよ。いつもはどこかやる気のなさそうな瞳が私を射抜くように見つめてくる。研磨に掴まれた手首が熱くて、エアコンで冷えた肌にじわじわと熱が侵食してくるみたいだ。
 とん、と軽く肩を押されれば、体勢を崩して背中からベッドへ倒れてしまう。さっき寝転がるなって言ったのは研磨なのに。なんて、私の上に跨った研磨を見て何も言えなくなってしまった。


「……研磨、どうしたの?」
「嫌?」
「嫌っていうか……ちょっと怖いよ」
「そう」


 返ってくるのは答えになっていない答え。戸惑う私を余所にゆっくりと体重がかけられて、距離が縮まった。
 少し長い研磨の髪が重力でさらりと垂れ、窓から入る日差しに照らされてきらきらと透き通るような色へ変わる。そんなことを考えて現実から目を逸らすことができたのも僅かな間。吐息すら届きそうな距離で言葉が落とされれば、嫌でも意識せざるを得なかった。


「もう一回言うけど、おれ、男だから」
「……うん」
「安心しないで。無防備にならないで」
「研磨なのに?」
「うん」
「そんなの……無理だよ」


 何で研磨が急にこんなことを言い出したのかは分からない。でも、幼いころから兄妹のように育ってきたのに今更そんなことを言われても無理な話だ。隣に研磨がいればどうしたって安心してしまうんだから。
 そんな自分の思いを正直に伝えたけれど、研磨の望む答えでは無かったらしい。その証拠にぎゅっと眉間に皺が刻まれた。


「おれの中ではもうずっと、葵は女だよ」
「なに――っ、」


 当たり前のことを。そう続けようとした言葉は他でもない研磨によって防がれてしまった。重ねられた唇が声も吐息も奪っていく。
 あまりにも突然の出来事に思考が停止して、何をされているのか理解するのに時間が掛かってしまった。やっと研磨にキスされているんだと分かった時には既に温もりが離れたあとで、今にも泣き出しそうな研磨の顔が映る。


「嫌だったら殴っていいから」
「ちょ、けん……」


 ――私はなんて馬鹿なんだろう。ここまでされないと研磨の態度も言葉の意味もなにもかも分からないなんて。いや、分かろうともしなかったのかもしれないけれど、結果的にあんな顔をさせてしまった。
 何度も何度も触れる唇は優しくて、ほとんど無理矢理始まったキスなのに抵抗する気なんて起きなかった。驚いたけれど、嫌じゃない。
 それがどうしてなのか分かるような気がするのに、キスが考えるのを阻んできてあと一歩のところにある答えにたどり着けない。


「ん、研磨……」


 もう充分分かったから、そろそろ勘弁してもらえないだろうかとキスの合間に呼んだ名前。なのに、どういう受け取り方をしたのかキャミソールの隙間からするりと入ってきた手に驚いて咄嗟に両腕を突っ張った。


「っ、待って! ちょっと……待って」
「はあ……分かった?」
「分かったから、待って……お願い」


 手の平が触れた胸板もかたくて、私とは全然違う。手の大きさも力強さも、研磨の言う通り男の人のものだった。そして何よりも、太ももに触れている硬くなったもの。それに気づいてぶわりと体温が上がる。


「……ごめん」
「え?」
「ちょっと強引だった」


 さらりと髪の毛を撫ぜる手は優しくて。いつもの研磨のようだけど、やはりどこか違う気もする。


「葵」
「ん?」
「好きだよ」


 まだこの気持ちが研磨と一緒のものか分からないけれど、ドキドキと落ち着かない心臓がほんの少しの未来を示しているような気がした。

**
硬くなる/他の奴/冗談のふり


ワードパレットを使ってちょっとえっちなSSを書くというものに挑戦しました!キャラとお題選びはフォロワーさんからです。
ほぼ初めてに等しい研磨なので、ちゃんと研磨になっているかどうかは目を瞑ってほしいんですが、こういう試みはあまりしたことがなかったので楽しかったです!リハビリも兼ねているので、少しずつまた書けたらいいなと思っています。
write by 神無
title/Bathtub


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