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餅を焼くならきつね色

それは本当に些細な気持ちからだった。


「犬飼くんこの間はありがと〜!」


甘ったるい声で澄晴に近づく女性の手には明らかに手作りと思われる焼き菓子が可愛くラッピングされている。先日のお礼だと言って差し出すその子は、ちらりと横目で私を確認してから満面の笑みで澄晴へと顔を近づけた。


「ありがと。でもおれ甘いの苦手だから友達とでも食べてよ」
「あ......そうなんだ」


差し出された菓子を受け取らずにごめんねと綺麗な笑顔で返す澄晴に、何も言えなくなった彼女はバツが悪そうに教室を後にした。去り際に私を鋭い目で一瞥していくのを忘れずに。
こういった視線を受けるのは初めてではない。というか、よくある事だ。私が澄晴の彼女だというのが気に入らないらしい。それほど澄晴はモテる。そしてそれは、澄晴本人も自覚していることだ。だから私が不安になっただろうタイミングでは必ず視線が合い、問題ないと伝えるためか微笑みながら手を振ってくれる。それだけじゃなく、異性と二人きりにならないように絶妙に気を配ってくれているし、呼び出されたりした時には今から断りに行ってくるねと報告もしてくれる。
それでもやきもちを焼いてしまうのは澄晴に惚れていると自覚させられるようで恥ずかしくもあり、私ばかりが惚れているのではないかと不安になってしまう。
だからだろう。
知らぬ間にペンケースに入れられていた『昼休みに第二音楽室に来てほしい』なんて、見慣れない字で書かれたメモをみて澄晴も嫉妬してくれたらいいのにと、そう思ってしまったのは。


昼休み。お弁当を食べ終えてすぐに第二音楽室へと向かう。
澄晴にはあえて何も伝えていない。これが告白とも限らないし、告白だったとしても後で報告すれば少しはやきもちを焼いてくれる澄晴がみれるかもしれないから。そんな些細で浅はかな思いだった。


「来てくれてありがとう」
「え? このメモ、部長だったんですか?」


第二音楽室に入ると待っていたのは同じ吹奏楽部の部長だった。もしかしたら告白なんかじゃなく、部の用事かもしれないとも思ったが、その懸念は一瞬だった。私を見つめる部長の顔が、恋する男の子そのものだったから。
あぁ、これはちょっと身近な人過ぎて断った後が気まずいな。そんな私の思考などまったく気づいていない部長は、顔を赤らめたまま私へと近づいてくる。


「ずっとキミが好きだったんだ! 犬飼なんかと別れて僕と付き合ってくれ!」


私彼氏がいるので。そう言おうとした言葉を飲み込んだ。予想だにしなかった告白に、この人は何を言っているのだろうかと思わず眉を顰める。
私たちが付き合っていることは隠してもいないし、クラスメイトや友人から広まっていて周知の事実ではあるが、あえて言いふらしたりしたわけでもなければ学校でベタベタしたりもしていないから知らない人だっている。部長も知らなくて呼び出したんだと思っていたのに、知っていて別れろと言ってくるなんて。


「何言ってるんですか部長......別れてだなんて」
「彼はキミをないがしろにし過ぎなんだ。ボーダーだか知らないが度々学校も休むし、恋人がいるくせに女子と仲良くしたり。彼はキミにふさわしくない。僕ならずっとそばにいてあげられる。キミもそのほうがいいだろ?」
「勝手に決めつけないでください」


私にお構いなく詰め寄ってくる部長に鳥肌が立つ。怖い。このまま逃げてしまおうかと足を引いたところで教室のドアが勢いよく空き、そのまま後ろから抱きしめられた。


「はーいそこまで」
「犬飼!? お前がなんでここに」


その声とぬくもりと匂いが恐怖で震えていた私を落ち着かせる。伝えていないのに何でとか、そんなことよりも澄晴が来てくれたことに安堵の声が漏れる。そんな私を落ち着かせるように頭をなでてくれる澄晴に部長は怒りを露わにしている。


「っ、離れろ犬飼!」
「それを決めるのはお前じゃないだろ」


そう言ってぎゅっと抱きしめる力を強めた澄晴はきっと笑みを浮かべているのだろう。部長の顔が怒りで真っ赤に染まっていくのがわかる。部長には悪いことをしているとは思うけれど、正直、澄晴の行動が嬉しくてたまらない。


「部長。なにを言われても、私が好きなのは澄晴なので別れるつもりはありません」


だからごめんなさい。そう告げた私よりも、私を抱きしめている澄晴を睨みつけて舌打ちをした部長は、暴言を吐き捨てて出ていった。普段まじめで温厚な部長とはかけ離れた姿に驚くばかりだ。


「身の危険を感じるから、部活辞めようかな......」
「そうしてくれるとおれは安心だけどね」


残念ではあるが、青春のすべてをかけてってほど情熱的に取り組んでいたわけでもないし、なにより身の安全の方が大事だ。先生もそれとなく説明したらわかってくれるだろう。


「葵」
「ん? なにっ、んんっ!」


名前を呼ばれ体を捻って振り向いた矢先、そのまま唇をキスで塞がれた。学校でキスをするなんて今までなかったのにと驚いている間にも澄晴の舌が口内へと侵入し、どんどん深くなっていく。抱きしめていた腕も緩められ、いつのまにか正面から抱きしめられた状態になっていた。久しぶりのディープな口付けに、鼻から甘ったるい声が抜ける。わざとらしく水音を立てながら絡めとられた舌が呼吸を乱し、力が入らなくなった膝が限界を迎えてその場に座り込んだ。


「ねぇ葵」


ぼんやりと腑抜けた私の顔を澄晴の両手が覆い、上を向かせる。目の前でほほ笑む澄晴に、ぞくりと悪寒が走った。確かに笑顔なはずなのに目が笑っていなくて、口角の上がった口元以外、怒っていることを隠していない。


「なんで言わなかったの」


視線を外すことさえ許さないと言わんばかりに、息がかかるほど目の前に澄晴の顔が迫り、呼吸が止まる。その瞳は確かに嫉妬の色が見えるけれど、こんな状態を望んだわけではなかった。


「手紙見つけた時もちょっと嬉しそうだったでしょ。そんなにおれを怒らせたかったの?」


どうやら初めからすべてバレていたらしい。違うと言いかけたけれど、なにも違わないだろうと言葉をひっこめる。普段から鋭い澄晴を誤魔化せるはずがない。これはちょっとした好奇心と嫉妬にかられた代償だ。


「澄晴に、ちょっとやきもち焼かせたかっただけなの」
「そう。満足した?」
「......後悔した。ごめんなさい」


澄晴は私にわざと嫉妬させたことなんてない。むしろそうならないようフォローしてくれていたのに、私はそんな澄晴を傷つけた。言い訳のしようもない。もしかしたら嫌われてしまっただろうかと不安に駆られていたところに、澄晴から呆れたようなため息が漏れた。


「やきもちなんて、しょっちゅう焼いてるんだけど」
「うそ!? 全然そんな感じないのに?」
「かっこ悪いでしょ。事あるごとに嫉妬してんのバレたら」


おれ結構心狭いよなんて言って笑うから、本気なのか冗談なのか掴み切れないけれど、澄晴が私の事を好きだという気持ちは伝わってくる。それが不安だった心に染みたようで、目頭が熱くなった。


「ごめん、ね。来てくれてありがとう」
「来るのは当たり前。それと、おれもごめん。苛立ち過ぎた」
「ううん。怒らせたのは私だから。でも、もう二度としないからね」


澄晴の気持ちを疑っていたわけじゃない。あまりにもモテる澄晴に不安になって、自分に自信が持てなくなっていただけ。でも、澄晴も一緒なんだとわかったんだから、不安に思う必要なんてないんだ。

先に立ち上がった澄晴が差し出してくれた手を取れば、力強く引かれた反動で再び澄晴の胸の中へと納まる。そのぬくもりを堪能していたいがそろそろ昼休みも終わってしまう時間だ。名残惜しいが離れようとした私の耳に、くすりと含みを持たせた笑みが聞こえた。


「気を付けてね。次があったらおれ、何するかわかんないから」


優しい口調のはずなのに、血の気が引いたように背筋が凍る。何するのかなんて、想像するのも憚られるほどだ。畏縮する私をよそに、行くよと歩き出した澄晴は何事も無かったかのようにいつも通りの自然体なのが余計に怖くなる。
もう二度と好奇心に駆られて彼を怒らせることなどしないと、改めて心に誓うのだった。

write by 朋


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