WT | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




ズヴォリナの思し召し

朝から良く晴れて暑いだとか、今日の体育はプールだから嫌だなとか、起き抜けはそんなことをぼんやりと考えていた。しかし、今はそんなことよりも気がかりなことを見つけてしまい、鏡の中の自分とにらめっこをしている。


「よりにもよって、何でここなの......」


伸ばされた前髪が両サイドに流れ、わずかに見えるおでこ。その真ん中でぷっくりと膨れ上がったニキビがこんにちはと元気よく挨拶している。もう少し左右のどちらかにずれていたなら前髪でも隠せたのだが、しっかりとセンターで分け目がついてしまっているからこの位置ではどうすることもできない。軽く化粧で隠しても、この暑さとプールのダブルコンボでは早々に意味をなさなくなるだろう。


「大仏ってあだ名になったらどうしよう」


そんないらぬ心配をしてしまうくらい大きなニキビに、朝からテンションはだだ下がりだ。せめてもの救いは彼氏や想い人がいないということだろうか。もし好きな人にこんな顔見られたら立ち直れないところだっただろう。きっと、多分。


「......そうでもないか」


今までの彼氏を思い浮かべてみたけれど、告白されたから付き合っただけでベタ惚れしていたわけじゃないからか、ニキビ顔などさほど気にならなかった。まぁ、その程度の想いだったからこそフラれたんだけど。ほろ苦い過去を思い出しながらのらりくらりと身支度を整え、重たい足を引きずるように登校する。気分のせいか今日の暑さはより鬱陶しく感じた。


「おはよー」
「葵ちゃんおはよーって、なにそのデカいニキビ! ヤバいウケる!」


顔を合わせて早々に気にしていた通りの反応をされてさらに気分が落ち込む。ケラケラと笑い声をあげる友人は記念にとか言いながらスマホを向けて来たので全力で阻止した。デコだけだからと言われてもSNSにアップするつもりだろうから許可することはできない。


「もー、気にしてるのに」
「ははっ、ごめんって。でもこれは葵ちゃんにもやっと好きな人が出来るってことだしいいじゃん」
「は? なんで?」
「え? 知らないの? 想い想われ、振り振られ、でしょ」


そう言って友人はおでこ、あご、左頬、右頬と順番に指をさしていった。あぁ、そのことか。どこかで聞いたことはあるけれど、所詮はジンクスやら占いやらの類で当てにならないものだ。


「そんなわけないでしょ。今までもニキビくらいできてたし」
「いやいや、これは中々にでっかいしさ。ついに本気の恋が始まる予感がするでしょ」


私よりも楽しそうにあれこれと妄想を繰り広げている友人は一人で楽しそうだ。こっちは痛いほど膨れているニキビに対してそんなにポジティブになれやしないというのに。まして、本気の恋だとかはよくわからない。
いいなとか、嫌いじゃない程度ならわかる。一緒にいて楽しいし、話したいとは思うけれど、それが友人としての好きなのか異性としての好きなのかは違いがわからない。だからいいなと思う人から告白されて付き合ってみても、俺の事そんなに好きじゃないでしょと言われてフラれてしまった事は、過去に一度きりではない。


「胸がときめく人に出会ったらちゃんと報告してね!」
「はいはい、ときめいたらね」


本当にそんな人に出会えるものなら出会いたいところだが、今はそれよりもこのバカでかいニキビが気になってしょうがない。本当に、なんでおでこの真ん中なんだろうか。どうにかしたかったが結局どうすることも出来ず、一日中うつむいて過ごすくらいしか私にできることは無かった。そんな過ごし方をしていれば出会いなんてあるはずもなく、ときめくどころの話ではないのは明らかだ。


「早くトリオン体になりたい」


ボーダー隊員の特権であるトリオン体になってしまえばニキビのない肌を取り戻せる。いつもなら誰かを誘って楽しくしゃべりながら一緒に向かうところだが、今日は我先にと足早に校舎を後にした。じっとりとした暑さは容赦なく皮膚に汗玉を作っていくけれど、こちらもトリオン体になってしまえば関係ない。あと少し、あと少し、と急いた気持ちで走っていれば想定されるのは衝突事故だろう。


「ぎゃぁ!?」
「おっと、大丈夫?」


なんとも可愛くない悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。ぶつかってしまった人は転倒したりしていないようで、こちらの前方不注意なのに怒るどころか心配して手を差し伸べてくれている。良い人だと感心しながら差し出された手を取り、相手の顔を確認して納得してしまった。
ボーダーの顔である嵐山隊の一員で、ボーダー屈指の名サポーターである時枝充くん。特別仲がいいわけではないが、同じ年なのにかなりの活躍をしている彼を、同じサポーターとしても一方的に尊敬している。そんなに接点がないから数えるほどしか会話もしたことない私相手にこの優しさだ。彼ならば相手が誰であろうと同じ対応をするのんだろうなと想像できてしまう。


「ありがとう時枝くん。本当にすみませんでした」
「いえいえ。怪我はない?」


こちらとしては痛めたところはないので大丈夫だと返したけれど、気遣うように手足を確認した時枝くんの視線がある一点で止まった。一瞬どうしたのだろうと疑問符を浮かべそうになったが、時枝くんの視線がおでこに向けられているのを察し、慌てて手で額を隠した。


「あーいやコレは関係ないやつなので気にしないで。むしろこいつのせいで走っていて衝突したというか、見られたくないというか、だからその、うん。なんでもないんです」


あんなに気にしていたのに一瞬忘れていたニキビ。こんな顔を肌も髪の毛もサラサラつやつやの時枝くんの前に晒してしまうなんて恥ずかしすぎる。男の子にしたらニキビくらいで大げさだと思われそうで居たたまれなくなって、聞かれてもいないのに無駄に弁解してしまった。恥ずかしすぎる。
呆れさせてしまったかと思ったが、時枝くんは特にツッコむこともなく大丈夫ならよかったといってすぐに視線を外してくれた。


「それじゃ、誰か来る前に早く行こうか。おれの後ろに居れば前から来る人には見られないですむよ」


うそでしょ? そんな対応できる男子いる? いや、目の前にいるんだけどさ。私の知ってる同じ年の男子たちとは違う対応にため息をつくほど感心してしまう。日頃から市民やマスコミから注目される立場の人間はこうも違ってくるのだろうか。お言葉に甘えて少し後ろをついて歩けば、さりげなく私が歩きやすいよう歩幅を調節してくれるし、完璧では?
早くトリオン体になりたいと急いでいたはずなのに、この贅沢な時間が長く続けばいいのになんて思ってしまった。


「トリガーオン!」


本部の扉をくぐって早々に換装し、うつむき加減だった首を伸ばすようにぐっと顔を上げる。無いとわかっていて触る額は、やっぱりさらりとしてニキビどころか汗もないのが嬉しくて、つい口物が緩んでしまう。


「時枝くんありがとうございました!」
「どういたしまして」


この程度で役に立てたなら良かったよと優しく微笑む時枝くんを拝みたくなった。そのまま流れで一緒に奥へと足を進めている途中、自動販売機の前で不意に時枝くんが足を止めた。


「ちょっと待ってて」


外は暑かったし、喉でもかわいたのだろう。先に行ってではなく、待っててだったので大人しく時枝くんの後ろ姿を眺めて待つ。動くたびにさらりと揺れる髪が羨ましいくらいに綺麗で見とれていたからか、振り返った時枝くんに微笑まれてドキッと胸が弾む音がした。


「お待たせ。はいこれ。早く治るといいね」


手渡されたのは先程買ったばかりのビタミンたっぷりのジュースで、私にこれを渡してしまえば、時枝くんの手の中にはなにも残らない。


「トリオン体なら効率よくビタミン取れるのいいよね」


高宮さんはニキビがあっても可愛いけどねと殺し文句をさらりと残し、時枝くんは先輩に呼ばれて呆気なく去っていた。
一体なんだったと言うんだ。手の中のジュースを握りしめて呆然と見つめるしかできなかった私の頭の中では、遅ればせながら大きな鐘が鳴り響いた。


「ふはっ、これがトキメクってやつか」


なるほど、これは初めての感情だ。今までの彼氏には申し訳ないことをしたと、今なら理解出来る。
頭の中の鐘は、未だ鳴り止むことはないく、自然と上がってしまう口角を抑えることができないまま友人へとメールを打った。

ニキビ占い、恐るべし。

write by 朋



[ back to top ]