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スーパーノヴァに憧れて 前編

いつも飄々としていて掴みどころのない男。それが迅悠一だった。
彼の持つ副作用のせいだろうか。いつもどこか達観した様子で、私が何をしようと驚いた素振りは見せない。口では「驚いたな〜」なんて軽く言うことはあるけれど、その表情はへらりと笑みを浮かべていてとても驚いたようには見えなかった。
付き合い始めた時ですら、視えていたと言わんばかりの態度だったのだ。まあ、あの時は見た事のない笑顔を浮かべていたけれど。せめて一度くらいと思いつつも、未だに悠一の感情を揺さぶる事は叶わないでいる。

コンコン、と控えめにノックをして中からの返事に耳をすますが、いつもなら直ぐに聞こえる間延びした声がいつまで経っても聞こえてこない。確かに自室に戻ったはずなんだけど、聞こえなかったんだろうか。
「悠一、入るよ?」と控え目に声を掛けながらそうっと扉を開ける。積み上がったダンボールはいつも通りの光景だが、真っ暗に落とされたままの照明と人の気配を感じない部屋に首を傾げた。換装して例の暗躍とやらにでも行ったのだろうか。
出掛けるなら一言声を掛けてくれればいいのに。そう思って部屋を後にしようとした時、ベランダでゆらりと人影が揺らめいた。


「どうした?」


ゆっくりと足を進めれば、風に吹かれたカーテンがふわりと膨らむ。視界を遮るそれを手で押さえると、悠一がこちらへ背を向けたまま声を掛けてきた。
置いてあるスリッパに足を通して悠一の隣に並ぶと、人ひとり分の距離を空けたせいか、サァッと風が肌を撫でていく。


「こっちの台詞なんだけど。何してるの?」
「何も? 外見てるだけ」


悠一の視線を追えば、僅かな照明に照らされる本部が見えた。周りは警戒区域のため人工的明かりはほぼなく、かなりの距離があるというのにその存在感を示している。地上が暗いからなのか、空の明かりが眩しいくらいに映った。


「……疲れた?」
「うーん、どうかな」


何となく分かっていた。悠一は今、干渉して欲しくないと思ってる事を。その証拠に、顔を覗き込むようにして見てみても私に視線が向けられる事は無い。大規模侵攻に備えるためにずっと見続けていたのだから、全てが終わった今は休息を取りたいんだろう。
彼が見ている無数に散らばる星は過去であり、未来を映すことは決してないから。
スッと鼻筋の通った綺麗な横顔を見ながら思う。普段、この人の瞳には何が映っているんだろうか。
視ようと思えばどこまでも視えてしまうのか。視たくなくても勝手に視界に入ってくるのか。最悪から最善までの無数の未来といくつかの分岐点。それらが混在する視覚情報は、自分なら何が本当なのか分からなくなってしまいそうだ。


「悠一」
「ん?」
「私、ここにいてもいい?」


悠一と付き合う時から思っていた事がある。
自分が先導した未来の結末全てを抱えて背負い込んでしまう彼の負担を少しでも請け負いたい。最悪から最善へ変えるために尽力する彼の事を支えたい。疲れた時、羽休めの為に肩を貸せる存在でありたいと。
だけど、そう思うことすら烏滸がましかったのかもしれない。
大規模侵攻を経た今、悠一にとってそんな存在になれているかと自分に問えば、答えはノーだからだ。


「いいけど……どうした?」
「ううん。ありがとう」
「風邪引くなよ?」
「それはお互い様だね」


私が突拍子もない事を言ったからだろうか。あれだけ合わなかった悠一の視線が向けられて、その瞳が真意を探るように揺らめく。悠一の隣にいてもいいのか。それは今だけじゃなく、未来も含めての問いかけだった。多分悠一には、私が隣に居る未来もそうじゃない未来もどちらも視えているような気がする。今は許されても、未来がどこに転ぶかは私には分からない。

それ以上言葉を交わすことはせず、二人並んでただ外を眺めた。
ゲート発生のアラートはどこからも聞こえてこない。静かな夜だ。さらさらと穏やかに流れる川が時折ちゃぷんと揺らめいて、水面に映る月がぐにゃりと歪む。いつぞやに陽太郎が釣れないと泣いていた事があったけど、どうやらちゃんと魚はいるらしい。
そうして穏やかな時間を過ごしていると、少し強く吹いた風に肌寒さを覚えた。身体を少しずらして悠一との距離を埋めると、左側からの風が途切れると同時に、触れた部分からほのかに温もりが伝わってくる。
いつまでもここに居ても邪魔だろうし、そろそろ戻ろうか。そう思って踵を返そうとしたが、ふと思い立って真横の悠一の腕を強く手前に引く。そして掴んでいる腕を支えにして、グッと爪先に力を入れると自然と縮まった身長差。驚いたようにクリッと見開いた悠一の瞳を映した後、柔らかそうな唇に焦点を定めて視界を閉じた。
一秒にも満たない触れ合いの後、「おやすみのちゅー」なんて恥ずかしさを誤魔化しながら言ってみるけれど、ぱちぱちと瞬きをしている悠一を見て閉口する。いかにも驚きました、といった表情は初めてみるもので、私の方が驚いてしまった。


「え、どうしたの? 視えてたでしょ」
「いや……読み逃した」


まさか、とか。可能性は低かった、とか。珍しく狼狽える姿は実力派エリートらしくない。さっきまでの空気がガラリと変わって、思わず笑いが漏れてしまった。
図らずしも、悠一の動揺する姿が見れたというわけだ。


「まいったな……」


首の後ろへ手を当てながらポツリと落とした言葉は本当にまいった、という感じで。いつもは私が一方的に翻弄されているから、どこまでも珍しい悠一の姿に溜飲が下がる思いだった。
勝手に緩んでしまう口元を隠すこともせず見ていれば、徐に顔を上げた悠一が私をその瞳に映す。これは――視られているんだろうか。瞬きひとつすること無く注がれる視線に、こくりと息を飲んだ。


「言うのやめようと思ってたけど」
「……ん?」
「さっき、なんか変なこと考えてただろ」
「え、なんで?」
「色々考えるだけ無駄だって」


先程までが嘘のように相好を崩すと、私の頭の上に大きな手が乗せられる。後頭部の丸みに沿って撫でていく途中、指先が項に触れて肩がぴくりと跳ねたが、それを意にも介さず背中まで到達すると、緩やかに悠一の方へ導かれた。


「葵はおれから離れられない。……おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「なに、それ」
「まあ、サイドエフェクトが無くても分かるけど」


この雰囲気のせいか、それとも耳元で悠一が喋るからか、どくんどくんと鳴っていた心臓がどっどっ、と速さを増す。ぴたりと密着しているところから悠一に伝わってしまうんじゃないかと思う程だ。


「おれが離さないから」


耳に注ぎ込まれた言葉に、あれだけ煩く鳴っていた心臓が今度は止まるかと思った。悠一はいつも曖昧に濁す事が多くて、直接的な言葉を使う事は殆どない。だからこそ、嬉しさよりも驚きが勝ってしまって開いた口が塞がらず、間抜けな顔になる。


「変な顔になってるぞ」
「だって、悠一が」
「おれのせい?」


はは、と笑い声を上げた悠一は未だに呆然とする私の腕を引っ張って部屋の中へと招き入れた。足から抜けたスリッパがあちらこちらに転がったが、それを整える時間は与えてもらえずにこの部屋唯一の家具といってもいいベッドまで連れてこられる。
何をするの? なんて聞くほど純情ではない。かと言って、自分から仕掛けるほど慣れてもいない。だから、促されるままにベッドの上へ乗り上げ、私を跨ぐようにして続く悠一の姿をジッと見つめていた。ぎしり、と二人分の重さでベッドが悲鳴を上げる。


「こういう時、視えると困るよな」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
「この先が……視えるから?」
「葵が嫌がってないのも分かるし?」


むしろ、と続けた悠一の口を咄嗟に手で押さえて塞ぐ。何だろう、この口車に乗せられてしまった感じ。結局何が困るのかは教えて貰えてないし、余計な事を言ったせいで恥ずかしい思いをしただけになってしまった。視えているだろうに、視えている内容は言わない。悠一はいつもそうだ。ボーダーに関する事は別だけど、こと個人に対しては余程の事じゃない限り口には出さなかった。

カーテンを引いていないせいで月明かりが差し込み、暗闇の中でも悠一の姿がぼんやりと見える。私を見下ろす色素の薄い瞳は吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗で視線を離せずにいると、その瞳が柔らかく細められた。
手首を掴まれ、押さえていた手をゆっくりと外される。視線は私へと向けたまま見せつけるように手の平へ唇が押し当てられた。今まで私の手によって隠れていた口元が楽しそうに弧を描いているのが見えて少し悔しかったけど、逆らう事は出来そうにない。悠一の指が絡められてシーツの上へと落とされるのもされるがままだった。
トリオン体とはどこか違う、生身の温かい指先に頬をするりと撫ぜられれば自然と目蓋が降りてしまう。その直後に望んでいたものが唇へと与えられて、期待だか高揚感だかが体の奥の方から込み上げてきた。
外にいたからだろうか。少しカサついている唇をちゅっと吸えば、お返しといわんばかりにするりと口内に侵入してくる舌。舌と舌が触れ合った時、背中をぞくりと何かが伝っていくような感覚がした。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。

write by 神無


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