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君といるだけで

  今日は朝から彼氏の様子がおかしい。いや、生駒達人という人は普段からおかしいと分類されやすい人種だがそういうことではなくて、いつもと様子が違うという事だ。
 朝早くから私のところに来ること自体が珍しいのに、コレといった用事もないくせに一ヶ所に居続けるなんて前代未聞。いつもなら早々に誰かを捕まえて個人戦をしているはずなのに。


「ねぇ、今日はどうしたの? 」


 朝の挨拶代わりに私と一戦交えた後、しばらく他愛のない話をしてから作戦室へ戻ると告げた私にくっついてきて自身の隊室でもないのにゴロゴロと寛ぎながらうちの隊員にからむ。まぁ、ここまでなら今までにも何度かあった。だけど、私が部屋を出る時にも必ず着いてきて、何をするでもなくまた私にひっついて作戦室へと戻るを繰り返している。
 自分の隊へ戻らなくていいのかと聞いても大丈夫やとしか言わないし、私が誰かと喋る時には不自然なほど近付いてくるなんて、もはや怪しいとしか言いようがなかった。
 
 それなのに当の本人は不審がられる自覚がなかったのか私の問いに驚いたようで、変なポーズでピタリと動きをとめた。


「な、なんでや?」
「いや、分かりやすすぎるから」


 裏表なく真っすぐで素直な所は美点の彼だが、隠し事が全くできないというのは難儀なものだ。彼の性格からして悪い意味での隠し事ではないだろうと思うからこそ、毎回ツッコんでいいものなのか憚られる。今回はあまりにも不審過ぎるからツッコんでしまったけれど、見事に固まっている姿を見るとツッコんだのは失敗だったかとこちらが焦ってしまう。


「すまんな。とある極秘任務中やねん」
「それは大変だね。私も何か手伝う? 」
「これは俺の任務や、問題ない。なんせ 極・秘! やからな! 葵はいつも通りに女子トークっちゅーやつをしとってくれたら助かる」
「……わかった、そうするね」


 これ以上ツッコんでほしくないのと、女子トークってのが必要なんだろうということは分かったけれど目的は不明のまま。だけどうまく切り抜けたと安堵している達人はいつも通りアホで可愛らしいからまぁいいか。
 達人のご要望だし、ちょうど近々遊ぼうと話していた綾辻ちゃんを訪れてみる。当たり前のようについてきた達人に嵐山隊が困惑気味だったけれどスルーしてもらうことにした。嵐山さんが居てくれたら達人の相手をしてもらえたのだが今は少し席を外しているらしい。残念だ。


「綾辻ちゃん、いま大丈夫? ちゃんと手土産もあるよ〜」
「やったーありがとうございます葵さん。それではお茶入れましょうか」


 手土産のお饅頭とお茶。ちょっと年寄り臭いけれど雑談にもってこいのお茶請けだ。淹れたてのお茶の香りが室内に広がるとなんだかほっこりできる。そんな中でも達人はそわそわしているけれど。気にしたら負けだ。鬱陶しいだろうけど我慢してね木虎ちゃん。
 あんこの上品な甘みに浸りながら達人ご所望の他愛もない女子トークを始めれば全力で聞き耳を立ててますって態度で近寄ってくるから綾辻ちゃんの顔が困っている。でも私も困っているから助けてあげられないの、ごめんよ。


「あ、そういえば近々遊ぼうって話、どうなった?」
「その話がしたかったんですよ。葵さんどこ行きたいですか?」
「え? 私が決めていいの?」
「もちろんです。葵さんもうすぐ誕生日じゃないですか。お祝いしましょ!」


 そういえば誕生日なんてものが近かったか。綾辻ちゃんのときにお祝いがてらテーマパークに連れて行ってあげたからそのお返しがしたいのだろう。律儀ないい子だ。なんて綾辻ちゃんに和んでいたけれど、視界に堂々と入ってくる達人の顔が興味津々になっていることで合点した。いったい誰の入れ知恵を解釈間違いしているのやら。

 無事に綾辻ちゃんとのデートの約束を取り付け、木虎ちゃんの辛抱が切れる前に退散した。核心に触れながらも結局欲しいものは口に出さなかったからか、見るからに気落ちしている達人に笑いがこみあげてくる。大方、プレゼントは本人が欲しがっているものにしたらどうかとか、女子に聞いてみたらどうかいうアドバイスを実行しているんだと思うけど、本当にこっそり調査するのが下手すぎるでしょ。


「っで、達人は私の誕生日はお祝いしてくれるの?」
「あかん! あかんねん!」
「なにがあかんの?」
「葵の誕生日はサプライズをバシーっと決めて「達人かっこいー」って言われたいねん!」 


 自分がサプライズには向いていない人種だと認識していないんだろうな。そのサプライズはすでにサプライズじゃなくなっているなんて露程も思っていないだろう達人は話題を変えようとしているのか、急に食堂の話を切り出した。まぁ突拍子もない会話に飛ぶなんて日常茶飯事だから驚くことでもないけれど。


「なぁ、今日の日替わり見たか? あれはないやろ。トンカツにカレーうどんやで? カツカレーうどんでええやん。なんでわけたん?」
「後乗せサクサク派がいるからじゃない?」
「シミシミ派への喧嘩か? 買うで?」
「私は後乗せサクサク派だけどね」
「ならしゃーないな。けどなんでや? シミシミのが絶対ええで?」


 シミシミがいかにウマいかを淡々と語りだした達人はもうサプライズの事なんて忘れてしまったのだろう。私がシミシミで食べてみると告げれば満足したのかご機嫌で自身の隊へと戻っていった。すでに誕生日直後の休日は会う約束をしているし、サプライズしてほしいわけでもないからいいけどね。


「いっそ、こっちからなにかするか」


 喜んだりうなだれたりと忙しい達人の姿が目に浮かび、クスリと笑いが漏れる。その姿がプレゼントってことでも十分だ。さて何を用意しようかと考える足取りは軽く、当日まで指折り数える日々はあっという間に過ぎていった。



「待っとったで!」


 ピンポンっと音を鳴らすと同時に勢いよく扉が開かれた。言葉の通り、私が来るまで玄関先で待ち構えていたのだろう。それほど待ち焦がれてくれていたのだと思うと素直にうれしくなる。
 挨拶もそこそこに中へと引き込まれ、背中を押される勢いで部屋へと通される。一人暮らしの小さな部屋の一人用のテーブルには、すでに似つかわしくない大きなケーキが鎮座していた。


「え?! すごいケーキだね」
「せやろ? 力作やねん」


 どうやら達人の手作りのようで、確かによく見ると歪な形をしているし、何よりケーキに添えられているたこ焼きが怪しさを最大限に醸し出している。真面目に「俺の才能ヤバない?」とドヤ顔で訪ねてくるのだからウケ狙いではないのだろう。女の子にモテるために料理の腕を磨いていたのは知っているからケーキを作れること自体は驚かないけれど、このセンスには驚くしかない。あるいみサプライズ成功と言えるだろう。


「すごいね達人。ところでなんでたこ焼き?」
「前に葵が俺のたこ焼きウマいってゆーてたからな」
「言ったけど。確かに達人のたこ焼きおいしいけど…ぷっ! あはは! だからって合わせちゃうんだ!」


 ウマいもん同士を合わせたらウマい。それが達人理論らしい。本当に予想外のことをしてくれる。お腹を抱えて笑う私になぜか満足気な達人にさらに笑いがこみあげる。あーもー、こーゆーとこ好きだな。


「は〜笑った。ありがとね、達人。」
「実は中に敷き詰めたイチゴで葵って書いてん。見えんけど」
「あははは! それは見えないね! でも愛は感じた」
「せやろ? 愛はイチゴよりたっぷりやで」
「うんうん。たっぷり入ってそう。ありがとう。お礼にこれを授けよう」
「お? なんや? プレゼントの請求書か?」


 カバンから取り出して渡したのは私からのサプライズ。達人への感謝と愛をたっぷり綴った手紙だ。受け取ってすぐに手紙を読みだした達人は、私の予想通り驚いてうれしがって、そして泣いた。いや、本人的には泣いてへん! ってことらしいけど、あれは泣いてた。


「達人落ち着いた?」
「あかん。おれのサプライズが霞むわ」
「そんなことないよ。びっくりケーキだったよ」
「いーや、足りひん。足りんぶんは……俺で補うしかないな」


 貰ってくれと言って私をぎゅっと力強く抱きしめ、深い深いキスが送られる。先ほどまでケーキを作っていたせいだろうか。達人からはいつもよりも甘い香りがした。

write by 朋


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