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ゆるやかに欲情

 時計を眺めながら今か今かと終わるのを待つ。別のことばかりが頭を占めているせいで先生が話す言葉もほとんど頭に入ってこなかった。
 きっと、さっきの体育の時間のせいだ。運動して温まった体が教室の冷房で冷えたから。寒冷だか温熱だか知らないけど、稀にこうして出る蕁麻疹には辟易してしまう。原因は分かっているし、体質的にたまに起こるので別段心配はしていない。ただ痒いのだけがネックで、痒みを誤魔化すように机の上に置いてある鞄の端をギュっと握りしめた。
 そうしてやり過ごしていれば、いつも以上に長く感じた先生の話がやっと終わり皆そろって席を立つ。ポーチの中に入っりっぱなしになっていた塗り薬を手に持ち、トイレに駆け込もうと思っていた、その時。


「大丈夫?」


 教室を出る寸前、扉の前にいた充くんに声を掛けられて足を止めてしまった。具合悪いの? と問いかけてくれて、慌てて首を振る。もしかして、気に掛けてくれていたんだろうか。俯いて痒みを堪えている姿は傍から見れば具合が悪そうに見えたのかもしれない。申し訳ないと思いながらもうれしくて、少しだけ痒みを忘れられた気がした。


「大丈夫、ありがとう」
「あまり大丈夫そうに見えないけど」


 顔色を見るようにそっと前髪を避ける指は優しくて、そんな場合じゃないのにときめいてしまう。でも、まさか充くんに薬を塗ってもらうわけにもいかない。腕とかならまだしも、痒いのはお尻のちょうど下にあたる太腿だ。いくら付き合っているとはいえ晒せるわけないし、触れられるなんてもっての外だ。


「……薬?」
「あの、これは…」


 手に持ったままの薬を見られて、いよいよ困ってしまった。正直に告げるのは恥ずかしいけれど、そろそろ我慢も限界だ。それに、真っすぐ見つめてくる瞳からは逃げられそうにもない。充くんだけに聞こえるようにぼそぼそと理由を説明して、納得したように頷くのを確認したところで教室を後にしようとしたが、なぜか腕を掴まれて引きとめられてしまう。


「おれが塗ろうか?」
「えっ、いや……自分でできるよ」
「でも見えないでしょ?」
「それはそうだけど、充くんに見せるのもちょっと……」


 際どい場所を自ら晒すのは、ある意味全部脱ぐよりも恥ずかしいかもしれない。しかも薬を塗ってもらうってことはまじまじと見られるわけだ。そんなの絶対に無理。
 力なく首を横に振ると、掴まれたままの腕を引かれて教室の端へと移動させられる。一体どうしたんだろうと首を傾げていれば、くるりと振り返った充くんの胸の中へと導かれてしまい、咄嗟に腕を突っ張った。


「ちょ、教室だよ!」
「もう誰もいないよ」
「ええ……」


 少し話していただけなのに、みんな帰るのはやすぎやしないか。じゃなくて、誰もいなくても教室じゃだめでしょう。そう言っても「ここ、死角だから」と聞き入れてもらえずに結局温もりに包まれてしまった。


「これなら見えないでしょ」
「それはそうだけど…」
「薬、貸して?」


 本気で嫌がっているわけじゃないのを見抜いているからか、引かない充くんに抗えず持っていたチューブ型の薬を渡す。
 でも、見せるわけじゃないといってもやっぱり恥ずかしい。これから触れられるのだと思うと顔を見ることも出来なくてじわじわと羞恥心が湧き上がってくる。隠れるように充くんの肩口へ額をつければ一方的に抱き着いているみたいになってしまったけれど、そんなことどうでもよかった。
 そうっと充くんの指先が足に触れた瞬間、手に触れている彼のシャツをキュッと握りこむ。充くんの指先。第一関節だけの僅か数センチ。なのに、冷えた太腿に触れられると強烈に意識してしまって、全ての神経がそこに集中しているんじゃないかと思うくらいに感覚が鋭くなってしまった。
 目で見えないからか、患部を探すように這っていく指。なぞられた部分には温もりが残り、じわじわと広がっていくようだ。やがてぷつぷつと膨らんでいる部分を見つけた指は薬を塗布するために動きを変える。他の場所よりも柔い肌を押し込みながらゆっくりとなぞり上げられ、ぴくりと体が震えた。
 ただ薬を塗ってくれているだけなのに。こんなこと思っちゃだめなのに。意識すればするほど指の動きを敏感にとらえてしまう。いっそのこと痛いくらい乱暴に塗ってくれてもいい。そうすればこんな不埒な考えも吹き飛ぶだろうから。
優しく肌をなぞられると、どうしても思い出してしまう。充くんの指が与えてくれる感覚を。ほら、指先がほんの少し上の方に触れただけで、誤魔化せないくらいに体が反応してしまった。


「みつるくん、もう……いい」


 ありがとう、と告げるために開いた口は声を出すまえに塞がれてしまう。理性的な充くんにしては珍しく余裕のないキスだった。食べるように唇を奪われて、舌を差し込まれる。いくら死角になっているとはいえ、ここは教室だ。誰に見られるともしれない場所でキスなんてするべきじゃない。――分かってる。充くんも、私も。それでも、お互い絡め合う舌を止めることはできなかった。


「はあ……」
「ごめん」
「ううん……私も、同じだったから」


 余韻を残して離れていった唇を追いかけたくなるのを堪えて強く抱きつけば、それ以上の力で抱き締められた。どくんどくんと力強い鼓動はどちらのものだろうか。荒い呼吸と欲を押さえつけるように腕に力をこめる。
 静かな教室でどのくらいの間そうしていただろうか。心音が穏やかになり、どちらからともなく体を離した。


「もう大丈夫なの?」
「……痒いのは治まったけど」
「うん」
「いろいろ……大丈夫じゃない、かも」


 中途半端に引き上げられた熱は体の中で燻っていて、これを解消できるのは目の前の充くんしかいない。
 

「そうだね……行こうか」


 どこへ、と明確な言葉は無かったけれど向かう先は何となくわかって、優しく私の手を取ってくれたその指先にそっとキスを落とした。次に触れられる時はきっと――。


**
痛くする/塗り薬/羞恥心



ついったで募集してたちょっとえっちなワードパレット2弾です。またまたえっちとは…?と首を傾げる結果になりましたけど、初めてのとっきーは楽しかったです!
write by 神無
title Bathtub



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